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「でもさー、ひどくない!? 私、結構頑張ったと思うんだけど!」


 アンナは敷布に転がりながら、傍らで火の始末をしにきたカノにぐちぐちと文句を垂れた。


「ヨミさまのお考えの通りになさった方が、カノはいいと思いますけれどね」


 カノはややあきれた口調でアンナを諭しにかかる。


「生き返りをするものが、冥界に首を突っ込まない方がいいとヨミさまはお考えなのだと思いますよ、アンナさま」


 テラの帰還をカノも知ったのであろう、いつの間にか「テラさま」とカノは呼ばなくなった。そのことに一抹の寂しさを覚えるアンナである。

 衝撃の告白から、はや三日。帰還したテラ王は着々と即位の儀の準備を行っているのだとかなんとか。準備が整い次第、アンナの退位の儀を執り行い、次期王として本物のテラを擁立する。そういう筋書きのようである。

 しかし、アンナと、テラ王との面会は行われないというのである。

 アンナにはそれが不服であった。


「そんなこと言っても、私だいぶ、この冥界について口を出しちゃったよ」


 平籍との約束のこともある。アンナ自身、冥界の仕組みについてはモノ申したいこともあるのだ。

 それなのに、本物が見つかったとたん、アンナは用済みとばかりに情報規制されているのは納得いかない。


「私だって、テラ王の顔くらい拝ませてもらっても問題ないと思うんだけど」


 実際、テラ王の不在時を守ってきた自覚があるアンナである。直接会って、なぜ失踪していたのか、今までどこで何をしていたのかを問い詰めたいと思うのは人情であろう。


「それよりもアンナさま」


 カノはこほん、と咳ばらいをする。意味深な様子に、アンナはぱちりと目を瞬かせた。


「私はテラ王にお仕えする官女でありますゆえ、テラ王がなにか問題を起こそうと画策しているようであれば、それをおとめするのも仕事のひとつ。ですが」


 カノはしれっとした顔で、燭台の火を始末していく。


「今、アンナさまはこの祭宮にお招きされている稀人、という立場になります。あなたさまのような稀人の行動を制限できるような権限は私にはありません。生き返りまであと数日でございます。今のうちに、なにか【しておきたいこと】があって、あなたさまが行動に移されたとしても、それは私のあずかり知らないことでございます」


 燭台を一つだけ残し、カノはぱちりと片目を瞑ってみせた。アンナも流石に飲みこみ、笑顔になる。


「カノ」

「はい、アンナさま」

「私、あなたみたいな人に出会えてよかった」


 アンナはくるりと起き上がると、カノに笑いかける。カノもアンナに微笑みかけると「おやすみさない」と声をかけ、部屋を出て行ってしまった。

 さて。

 そういうことなら話は速い。アンナはがばっと敷布から体を起こすと、夜着から衣に着替えをする。燭台をひとつ残していったのも、その燭台が手燭であるのもカノの計らいに違いない。


(ここまでお膳立てされておいて、まさか出かけない、なんて選択肢、あるわけないもんね)


 にやりとアンナは笑い、手燭を手に御殿を抜け出した。


「見てやろうじゃない。本物のテラ王の顔を」


 夜の闇に足を踏み出す。手燭の微かな火が、ゆらゆらと地面を照らし出していた。



 祭宮には四つの御殿がある。先王ナギの御殿、皇后ザナの御殿。アンナが過ごしていたテラ王の御殿だ。そしてもう一つ、現在は使われていない御殿があるとヨミから聞いている。もしテラ王が滞在するとすれば、その御殿であろう。

 手燭の明かりを頼りに石畳の道を歩き、広場まで来るとアンナはいったん足を止めた。アンナが祭宮で訪れた御殿は、皇后ザナの御殿のみである。端的に言うと、道が分からないのだ。


「まあ、なるようになるでしょ」


 石畳の広場から数本伸びた道、その中からまだ辿ったことのない道を選んで、アンナは歩を進める。

 幸いなことに、祭宮には限られた人しか入れない。たとえ夜の暗闇であったとしても、不埒者に襲われる心配がないのは嬉しい限りである。

 石畳の道を歩いた先には、これまた立派な御殿があった。幸運なことに、明かりがついている。


(と、言うことは、こっちで正解)


 しばらく使われていない御殿ということであったが、御殿の様子に少しも錆びれたところはない。この暗闇でも、屋根の瓦がぴかぴかと輝き、磨き込まれた柱も淡い光を受けて輝いているのが見える。

 アンナはそっと近寄ると、御殿の横に身を潜めた。丁度上には丸窓があり、中から声が漏れ聞こえる。


(さてさて、では王の顔を拝見、と行きましょうか)


 足音を殺し、そっと丸窓から中を覗き見ようとした時である。

 がん、という音とともに、アンナは目の前がちかちかと光るのが分かった。遅れてやってくる頭の痛み、ぐるぐると回る視界に耐えられなくなり、アンナは地に足をつく。


「な……」


 殴られたのだ。そう気づくのに時間はかからなかった。


(うそでしょ……なんで!?)


 ここは冥界ではない。祭宮だ。この中には限られた人しか入れないのではなかったか。

 そのまま膝裏を抱えあげられ、体が持ちあげられる。声を挙げようにも力が出ない。せめて霞む視界に犯人の顔を焼き付けてやろう、そう思っても、この暗闇が邪魔をする。


(やば……)


 そのまま、アンナはするりと意識を手放した。



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