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 石畳の目抜き通りには、アンナが初めて冥界に降り立った時と同じように天幕が張られ、様々な品物が売られている。


「この目抜き通りに店を出しているのは、平籍の者ばかりだ」


 傍らにはヨミ。普段の黒い衣を着替え、一般的な緑色の衣を纏っている。


「平籍の人たちだけなの?」

「ああ。基本的に、神籍と平籍は交わらないようになっている。神籍が店を出すこともあるが、露店ではなく店を構えることの方が多い」


 対するアンナは紅色の衣を纏っていた。襟は抜かず、平籍風の着こなしに、化粧はほとんどしない。王を演じていた時とはがらっと雰囲気を変えている。

 皇后ザナの御殿を後にした二人は、冥界の視察に来ている。当然、そのままの格好では出歩けないため、変装をしているのだが、図らずもアンナは活躍することになった。

 ヨミはあまり、変装は得意ではないのであろう。一般的な衣を纏っていても、漂う威圧感までは消せはしない。目つきも鋭く、いかにも変装している然としてしまっている。


「うーん、なんでこうも偉そ……じゃなくて、立派になっちゃいすぎるんだろうなあ」

「偉そうで、悪かったな」


 ふてくされたように呟くヨミを眺めて、アンナは服の着方をちょこちょとこ直した。

 襟は抜かずにきっちりと。長い黒髪はひとまとめにして、目立たないように服の中に隠した。それだけでだいぶ威圧感が消え、ほっと一息ついたアンナである。

 それで、一緒に街へと繰り出した、というわけである。


「しかし、お前は……どこにでも馴染むものなのだな」


 化粧を変え、服装を平籍と同じように整えるだけで、がらりと雰囲気を変えたアンナはヨミの言葉ににこりと笑うことで答えた。


「まあね、それで食べていってますから」

「役者というのは、目立つことが仕事ではないのか」

「そうだけど」


 天幕をぶらぶらと眺めながら、アンナは言葉を紡ぐ。


「私の場合は、別。そうしなきゃダメな理由があったの」

「ふむ……」


 天幕は活気に満ちている。行き交う人々を眺めながら、アンナはヨミを見やった。


「平籍と神籍は交わらないように、って話なんだけど」

「なんだ」

「例えば、他にはどんなことが当てはまるの?」

「そうだな……」


 ヨミは少し考えるようにする。


「平籍と神籍では就ける職が決定的に違う。例えば冥府で働く者は全て神籍であるし、こういった店舗を出すにあたっても、神籍でなければ正式な出店の資格は得られない。この露店は、つまり、すべて違法だな」

「えっ!?」


 アンナは思わず声を荒げた。

 目の前の繁盛している露天を眺めると、とても違法だとは思えない。それに、この目抜き通りは宮城に続いている道なのだ。その道で堂々と違法の店を広げているとは、どういうことだ。

 アンナの言下の問いに気づいたのであろう、ヨミは苦々しく笑った。


「冥界の仕組みは、もはや形骸化しているのだ。だからこうやって堂々と店を出しているし、神籍もそれを咎めない。平籍の力がどんどん強くなっている」

「それって、悪いことなの?」

「だろう。そも、神籍、平籍の基準は現世での亡者の行いに準じている。善い行いをしたものは良い暮らしを送り、そうでないものはこの冥界で修行を積む。そうして転生を果たした現世で善い行いを積めるようにする。それが冥界の仕組みだ」


 アンナはその言葉に引っ掛かりを覚えた。何かがおかしい。しかし、その何かが分からない。

 ヨミは歩を進め、アンナが放り出された門まで足を運んだ。その門は変わらず固く閉ざされている。


「冥界はこの門より始まる。お前も見ただろうが、門番がいただろう。あの者たちも神籍だ」

「ふうん……」


 そうだ、とアンナは思い出す。


「そういえば、ここに放り込まれたとき、稀人の保護をしているっていう人に出会ったんだけど」

「なんだって!?」


 何気なく呟いた言葉に、ヨミは思いのほか食いついた。その剣幕にアンナは一瞬たじろぐ。


「お前、よく無事だったな……」

「あ、やっぱりやばい感じだったんだ」

「ああ」


 ヨミはそのまま門の壁に沿って歩き出した。アンナもその後ろをてとてととついて歩く。


「稀人は現世の記憶を持ったまま冥界に入れる貴重な人材だ。だからだろうか、神籍の者に人気がある。話し相手や教育係にぴったりだからな。冥界ではそれだけ、現世の話を知っている者は重宝されるんだ。そして、それを利用して商売を行うやつがいる」

「商売」

「そうさ。稀人の保護自体は悪くない。保護した若い者なら働き手として。年老いた者なら教育係として神籍の家に迎え入れられることが多かった。しかし、最近はその仕組みも形骸化し……その、なんだ」

「いいよ、濁さなくても。身を持って体験したから」


 その言葉に、ヨミはぎょっと目を剥いた。


「勘違いしないでよ。なにもされてないってば。未遂よ未遂」

「そうか……」


 あからさまにほっとしたヨミに、アンナは苦笑いする。


「稀人の待遇は悪くない」


 ぽつりと落とした言葉に、ヨミが首を傾げた。


「ここに放り込まれたときに、門番に言われたの。お前ならやっていけるって。それに、その後にあった人にも『稀人は保護されるものだ』って言われたんだよね」


 アンナは考えながら言葉を落とす。


「つまり、これって今の稀人の扱いがまともであるって認識されていることだよね? その……神籍に囲われることがイコール、保護であり、良い待遇である、って。でもさあ、それってなんだか……」


 アンナは言葉を濁す。ヨミは無言で歩いていた。先を促すこともなく、問いかけもしない。しかし、アンナの話すことを拒否するわけでもない。

 話し続けていいのだ。アンナはヨミの態度をそのように受け止めた。


「怒らないで聞いてほしいんだけど。あくまでも私のいち意見だから、この冥界の仕組みをあれそれ言うつもりは……ないんだけどさ」


 ごくり、とつばを飲み込んだ。


「神籍って……なんでそんなに偉いんだろうって思っちゃうんだよね」


 ヨミは無言である。そのままさくさくと歩いていくと、やがて建物が切れ、広い平原が見える。平原に無数に咲く赤い花が、風にそよそよと花びらを揺らす。

 鼻先を掠める甘い香りにアンナは思わず笑顔になった。


「この匂い、あの飴とおんなじじゃん!」

「良い鼻をしてるな。そうだ、お前に渡した飴は、この花の蜜が原料だ」


 見れば、空瓶を手にした男たちが数人。真剣な顔で花をくいっと傾け、一滴一滴密を集めている。

 ヨミは花畑をぐるりと回り、木陰にアンナを誘った。少し小高くなったその場所からは赤の花畑が一望できる。


「おおー! 絶景かな絶景かな」


 真正面には花畑、その奥には建物が密集した居住地域。右手側には宮城の屋根がうっすらと見えている。左手には冥界を隔てる巨大な壁が連なっていた。


「この壁ってどこまで続いてるの?」

「さあな。確かめた者はおらん。冥界を冥界として区切る壁だもの。神代の頃から設置されていたという話であるし、そうだな、どこまで続いているか、調べてみるのも面白そうだ」


 ヨミは笑みを零すと、懐から手巾を取り出し地面に引いた。


「まあ座れ。少し休憩にしよう」


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