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「アンナ。稀人としての率直な意見をお伺いしたいのですが、冥界の……神籍、平籍についてどう思われますか」


 ザナは掌の上で飴を転がしながら、目を伏せる。


「神籍、平籍について……」

 その問いに対して、アンナは語るべき言葉を持っていなかった。稀人として過ごしたのはほんの一日限りである。正直、冥界のことは知らないことが多すぎる。

 アンナは目の前の皇后を見つめる。この方の瞳は伏せられ、手にした飴を見つめているように見える。しかし、心はどこか遠くを見ているような風情である。

 発せられた問いにアンナがどう答えるか、緊張しているのだ。


「ザナさま。ごめんなさい。……私には、まだ分かりません」


 アンナは正直に答えた。相手の問いが真剣なのであれば、誠意をもって答えるべきである。


「まだ冥界に来てそれほど時間が経っていないのです。ですから……ザナさまのご質問には答えられません」


 その答えにザナは、ほうと息を吐く。


「そう……。突然、ごめんなさいね」


 そう言うと、ザナは掌で飴をころころと転がした。


「実は……わたくしは平籍の出身なのです」

「えっ!?」


 ザナは王族だという話ではなかったか。混乱するアンナの顔を見て、ザナはくすくすと笑みを零した。


「平籍のものでも、神籍のものでも、王族に召し上げられれば王族としての資格を得ることができるのです。理論上では。」


 ザナはそこで一度言葉を区切る。


「王族が王族だけで過ごしていた時代は、一世代前で終わりを告げております。わたくしは、初の王族以外から資格を得た王族です。それだけに、色々ありました……」


 それはそうだろう、とアンナは思う。


(現代に当てはめると、歌舞伎や能とかの伝統芸能一家みたいなものなんだろうな)


 どこそこの一座、という先祖代々から伝わる伝統芸能一家があるとする。一家は血筋を大切にするため、婚姻を親戚同士でするのが常の時代があったのである。

 現在では一般人から結婚相手を見つけることが普通になりつつあるが、それでもテレビや週刊誌では連日騒がれるのが当たり前。一筋縄ではいかないものだ。


「平籍は平籍、神籍は神籍。現世での行いに応じて転生先が変わる冥界の成り立ちは、あるべき姿なのでしょうか」


 ぽつり、とザナが呟く。アンナがその言葉の意味を推し量る前に、ザナは言葉を重ねた。


「花蜜の飴……一度だけ、ナギが作ってくれたことがあったのです。味わいも、形も、この飴とは違いますが、今日はそれを思い出すことができました」


 ザナは指ですっと飴を摘まみ上げ、まるで大切な思い出を慈しむかのようにゆっくりと味わった。


「大変美味しい食事に、果物。それに飴も……本当にありがとう」

「こちらこそ、素敵な御殿にお招きいただけて、嬉しかったです」


 そう告げると、ナギは目を伏せたまま唇を持ち上げてみせる。


「……ナギは、稀人のことが好きでした。冥界に紛れ込んできたという話を聞くたびに、自らの足で会いに行き、御殿へ呼びつけ、現世の話を聞いていたのです。ですから、わたくしも真似をしてみようと思いました。……お会いできてよかった。アンナ、また来てくれますか」

「喜んで」


 アンナはひそかに決意する。


(神籍、平籍についてどう思うか……)


 次にザナに会ったときは、この問いに答えられる自分でいたい。王を演じるうえで必要そうだ、ということもある。しかし、この問いを無視できないのは。


(生き返っても、私はいつか必ず死ぬんだもの)


 冥界は、アンナの死後の世界でもあり、未来でもあるのだ。自分の未来の姿について、今から真剣に考えても遅くはないはずだ。

 和やかな時間が過ぎ、日も中天になろうという頃を見計らってアンナは御殿を後にした。


「本日は、まことにありがとうございました……!」


 御殿の入り口で、ミタマが頭を下げる。アンナはそんなミタマの肩にぽん、と手を置いた。


「こちらこそ、ありがとう。私、ザナさまのことが好きになっちゃった」


 かの皇后は、誇り高き美しい人。しかし、同時に愛しい夫の死に耐えきれぬほどの弱さを持つ人なのだ。その弱さがアンナは素直に愛しいと思った。


「またザナさまがつらそうにしていらっしゃったら、いつでも呼んでね」

「ありがとうございます……!」


 ミタマの目から涙が零れ、頬を伝って衣に落ちる。

 そのとき、アンナは後方から見知った気配が近づくのを感じ取った。振り返れば、黒い衣に、黒髪をなびかせてゆったりと歩く、麗人が一人。

 ヨミはアンナを認めると、軽く笑んでみせる。そのまま視線を後ろにずらした。ミタマの様子からおおよその事情を察したのであろう、ヨミは再びアンナに目を移すと、顔をほころばせて笑う。


「助かった。アンナ、お前のおかげだ」

「えっ……」

「一度食べ物を取ったなら、恐らく今後も取るようになるだろう。あの方はそういうお方だ。皇后はきっと良くなられる」


 あまりにも嬉しそうに笑うヨミの顔を、アンナは直視できなかった。

 ――その方は、きっとアンナのことがお好きなのですね。

 ザナの声が、アンナの脳裏に木霊しては消えていった。



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