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7日目「顔は見えないけど」


 今日は昨日の雨が嘘みたいなほど快晴。

 昨日の約束の通り、シロさんが『プロスタシア』へ同行してくれることになった。が、今日は外せない用事があるとのことで、明日に決まった。

 『俺』には特に用事はない。店も閉めているし、大して忙しくもないし。そんなことを、洗濯の準備、桶に水をためながら。


「にしても……暇だ。暇すぎる。」


 心地よさと安心感が渦巻くようなこの家でも、一つある問題……いや、この世界にも言えることなのだが、とても暇。

 ゲームも無い、ボードゲームやカードゲームなどの卓上の遊戯もない、盛り上がるような、揺られる電車の中で聞いた音楽も聞けない……。『異世界』というだけで刺激的ではある。しかし、慣れてしまえばその刺激も薄まってしまう、そんなことを身をもって体感していた。


 もっとも、この世界に来たときは暇なんて言葉、微塵も思わなかったが。いや、思うとか以前に思えなかった……。

 ともかく、何かする事はないか、と。そして、ふと二階に来て、ある部屋に入っていった。


 入った部屋は何も普通の部屋で、暖かい光が差し込む、掃除された部屋。過去に俺がシロさんに頼み、使わせて貰っていた部屋だ。あるのは一つのベッドと、タンス、机、本が並ぶ棚、ちょっとした蝋燭。そして……『パソコン』。


 不自然。絶対に合わない。こんなもの雰囲気ぶち壊しだ。


 「……相変わらず場違いだな、これ。ホント、なんであるんだコイツ。俺がこの家に来て、この部屋を借りて二日目にはあった。……ホントなんでだ?……まぁ、いいか」


 机の椅子を引いて座る。床の軋む音を聞きながら、迷わずパソコンのマウスに手を伸ばす。電源を付け、モニターに光が灯る。パスワードはかかっておらず、すぐに開けた。

 ……だからといってこれだけでは暇を潰せない。あれほど狂ったように見ていた動画サイトも無い、ゲームもソリティアやマインスイーパすらない。

 ただ───一つだけ、『メール』だけある。

 

 カチカチと、そのメールをクリックする。


「うおっ!?り、履歴999プラス……!?」

 

 このパソコン備え付けのメール機能で、登録されてある宛先は一つしかない。

 そして、宛先の名前は──『生徒会室』。

 不思議。あまりにも、不思議で不自然で。似合わない。


 『生徒会室』をクリックする。今、この部屋にはこの何も感じない機械の音だけ響き、その音は履歴999プラスの内容を知りたそうに。

 バーっと、打ち出される文章。どうやら1日ごとに一件を……いや、十件は打っている……?

少し怖くなり、思わず目を覆ってしまった。


「……やばいな」

 

 なんとか覚悟を決め、目を恐る恐る開く。そうして、目に飛び込んで来た文章。


《ねぇ。いつ返信をくれるのかな。僕はもう寂しくて堪らない。まるで果ての無い旅を続けているようで、君をずっと追い求めているんだ》


《きっと今頃はこの履歴は100件は超えているんじゃないないのかな?ふふっ、返信を待ってるよ》


《コーヒーがもう冷めてしまったよ。砂糖を入れていないブラック。大丈夫、コーヒーが冷めても、僕の愛は冷めないし、ずっと温かいままだからね。》


《最近、新しい趣味を始めたんだ。絵を描くことなんだが、これが意外に楽しくてね。気付けばスケッチブックが全て埋まってしまっていたよ。……もちろん、全部君で、ね?》


《僕は……》


 ……など、日々の話、『僕は』から始まるいくつもの話、狂ったような愛を伝える話……。


《会いに行きたいよ、まったく》でこの履歴は終わっていた。どうやらつい先日に送られたもののようだ。……これを送った本人は全て同じ人。嫌でも分かるほどに。

 おそらく、これは───

 そう思って、綺麗で埃一つないキーボードを打ち込む。……なるべく謙虚な文章で。


《お久しぶりです。"会長"さん。すみません、長らく返信が出来てなくて。最近忙しくて留守にしていました》


「……こんなもんでいいか……なっ!?」


《遅かったじゃないか》

《一体どれだけ待たせたと思ってるんだい?》

《心はずっと熱をもっていたけれど、この君に会えない苦しみ、君に分かるかい?》

《僕のことが嫌いかい?》

《ねぇ……》


 次々と打ち出される狂気じみた文章。ただ一文打っただけなのに、真面目に三秒で既読がついて返信されている。まるで流れの止まるところを知らない津波のように激しく、あまりの情報の多さに洪水が起きてしまいそうだ……!

 謙虚、謙虚な文章なはず。怒らせてないはず……!!思わず敬語だが……。


《あの、止まってください!》

《僕は僕は僕は僕は僕は……》

《………………》


 ──ピタッと更新が止まった。あれだけの勢いが嘘のように。逆に不気味でどうしようもない。

 今この画面の向こうの人はどんな顔をしているのだろうか、想像もつかない。しかし、この狂気じみた文章から伝わる感情は底の知れないものだった。だからこそ、更新が止まったのはとても不気味で不自然で、ヒュッと息が止まりそうだった


「……?更新が止まった…。なんだ?……」


 機械は沈黙を貫いていた。一つも更新されなくなって、一瞬のはずがとても永く感じる。

 ……すると、一つの文が送られてきた。


《すまん。コイツが暴走していた。履歴を見たが、中々だな相変わらず。》


 ……と、一文人が変わったように。


「……もしかして」


 そう思い、俺はまた一文打ち込む。


《もしかして、"副会長"さんですか?》

《そうだ。コイツが何か急に暴走し始めてな、驚いたよ。まさかお前が返事して、見ただけでコイツがモニターに顔をくっ付ける勢いでキーボードを打ち込んでいたからな》

《……それはご迷惑をおかけしました》

《いや、気にしなくていい。コイツにも悪気はないからな。それにしても、久しぶりだな。》


 『会長』と『副会長』。その役職の名前だけ知っている。このパソコンに初めてメールが届いたとき、役職の名前だけ言われたため、そう呼ぶことにしている。


《さて……今日はどうしたんだ?》

《あ、いや、久しぶりに開いたものですから。一つ返信をと思い》

《……なるほど?まぁいいか。こっちも暇してたとこだ、少し話でもしないか?画面越し、だがな》

《もちろん》


 ここで、俺と『副会長』との二人だけの話が始まった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一人称は『僕』だが、おそらく女性の『会長』。ところどころ狂気が感じられる文章で、もしかしたら愛が重いタイプなのかもしれない。もっとも、なぜそんな愛が向けられているのかは分からないが。

 逆に、ちゃんと男の口調と分かる『副会長』。話が通じるし、何より落ち着いている。二人とも顔は知らない。そもそも、知ることができない。何よりどんな人なのか知らない。


 しかし、二人は俺のことを()()()()知っているようだった。何故かは分からないが。考えて考えても唸っても、ただ静かな部屋の壁に吸い込まれるだけで、答えは出ない。

 今響いているのはキーボードのせわしない打鍵音だけ。こんな音、この世界には似合わないのに。


《そういえば、会長さんはどうしてるんですか?副会長さんは落ち着かせたり?》


 すると、とても予想外の返信が来た。


《ああ、落ち着かせた……まぁそうだな。とりあえず気絶させた。》

《!?》

《コイツはそんなんじゃ大して効かないから大丈夫だ。ある意味バケモンだからな。》

《いや……そういう問題なんですか》

《そうだな。コイツの場合はそうだ》

《えぇ……》


 人間じゃないのか?会長は。口が少し開いてしまっているのを感じながら、次の文を待つ。


《最近、元気か?》


 来たのはまるで父親が久しぶりに会った子に送るような心配の言葉。少々驚きつつ、キーボードを打つ。


《はい、元気ですよ?最近は特に問題は……ありますけど、楽しくやってます》

《そうか……》


 ……沈黙が続く。時間にして約2分。ホントに父親と話してる気分だ。この気まずい空気というか、まるで面と向かって話してるような。


《……お前は、今どんな顔をしてんだろうな。俺には想像もつかない。しかし……多分お前は俺らのことを忘れているだろう。だから残念だ、未だ会いに行けないのが》


 どういうことなのだろうか。画面越しの人物の顔を想像するのは、分かる。……忘れているんだな。この人たちも。


《あの……忘れているって、どのくらい》


 そんな質問に意味はない。


《さあな。お前の記憶のことなんて俺らには分からない。だが、俺が予想するに……いや、止めておこう。思い出すのも、頭の勉強だ。》

《ヒントは今度だ。だからまずは考えることだ。人間誰しも考えてなんぼ。お前ならできると、そう願ってる。》

《……そうですか》

《残念そうだな。それも仕方ない。なら、()()()だと思えばいい。俺らと、お前のゲーム。"思い出せるのか、思い出せないのか"。それを勝負するものだと。》

《なるほど……。》


 そう考えれば、まだ良いのかもしれない。思い出したいものが多くて困ってしまう。謎が謎を呼ぶ、そんなやりとり。


 何が目的か。

 何が知りたいのか。

 何がこの裏にあるのか。

 ……俺には考える以外に手段はない。

 ゲームなら、そう思えばいい。なぜなら……


《お前は確か……()()()()()()()()()()()()()

《…そうですね》

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