5日目「入国拒否。客引き未遂。」
シャックスとセーレを甘やかした日から2日後。
「いべんと、とやらはどうだ?」
「イベント……ですか?」
ほのかに茶葉の香りが漂う紅茶を一口、ダンタリオンさんは言う。香りは止まるところを知らないように、「僕」の鼻にほんの少し触れて消えた。
「そうだ。我の知識には、いべんととやらを行うことで、民衆は集まってくる……そうであろう?ネル」
「……その発想は無かったです。そうですね、イベント…開店セールとかもありますし」
「しかし、残念なことに我が知識の宝物庫は、行事の相談……というのは専門外なのでな。あまり期待はするな。しかしながら、少しならば助言ができるやもしれぬ。」
「では、こんな感じのは……」
どうしてこのような相談をしているのか。遡ること十分前の話。最近、少々客足が乏しい。元より、硬貨の概念が不思議と無いこちらの島では、幸いにも経営が傾くことはなく、助かってはいる。
しかし、このままではいけない。そこで、僕が思う博識で常識があり、頼りになる人物に相談することにした。その人物こそ、今目の前にいる悪魔ダンタリオンさんだ。
「何かヒントとなるものを聞けるのでは?」と膨れた期待を持って、店に訪れた彼女に聞いてる……ということ。
「露店とか、お祭りとかのは僕の故郷にありましたが……お店……ですし」
「なるほど……そうか。我としては、新規向けや、入りやすい環境を提供する……という考え方が思い付いたが。」
「確かに……初めての店入るには、勇気が必要。初めの一歩をアシストすることが大切……では、新規向けキャンペーン……とかでしょうか。」
「知らぬ」
「えっ」
「言ったであろう、返答にはあまり期待するなと。その知識はまだない。知ってることを言ったまでだ」
「……あー……分かりました。ありがとうございます、ダンタリオン様」
「専門的な知識を多く知ってる悪魔」とか「幻術の天才」とか言われている彼女は、僕にしては頼れる存在ではある。きっと、お祭りとかの知識は学術とはあまり関係がないから知らない……のだろう。
時計の針が午後3時を回った後、ダンタリオンさんはどうやら時間のようで、「では、また」と人間みたいに会釈して帰っていった。
「……初回費用無料とか?それとも、誰かに教えたり、招待カードを友人から貰うと特典がある……みたいな?」
一人でボソボソと呟きながら、意外に整った文字が並んでるメモ帳にペンを走らせる。開店セールはこの店には合っていないし、やるには時すでに遅し。となると、キャンペーンぐらいしかない。
「……普通のでいいのでしょうか。需要と供給、それとお客様からのニーズにあったものですから……」
頭をフル回転させる。カウンターの机をトントン、人差し指のぶつかる音だけがこの店に反響してる。亜人が好むもの。貴重で珍しいもの。こちらの島では常識ではないもの……。
………人間?
「……人間、つまり僕か?……いや、自惚れすぎ……」
「…………」
「……試す価値は、あるでしょうか」
ーーーーー
生暖かい日差しが指していて、防寒着を着るか着ないかで迷う気温。感覚で言うと季節の秋に近い。しかし寝やすい気温で、昼過ぎにはほんのり暖かいほど。
そんな中、太陽の下で「何でも屋 ゆめの」は今日も開店。
「………………」
するのだが。したいのだが。我ながら思いきってしまったと思う。お客様を集めるために、キャンペーンや客寄せをやることを決めた。シンプルだけど、効果のあることを。
例えば「初回費用無料」や「友達紹介」、一応「お持ち帰りのお菓子」など。
そしてまずは知って貰うこと、入るプレッシャーのない店と思って貰うこと。だから最後の「客寄せ」のために、僕はある服を持って、ある場所、正確には「街」に向かった。
その名も「プロスタシア」。この島唯一の街であり文化と技術がある。また、異世界らしく「魔王」が統治する「国」でもあり、自由で亜人だけの街……らしい。以前、この世界で目覚めて間もない頃、助けてくれた人から聞いた話でしか知らないですが。
「……これが、プロスタシア……ですか。とてつもなく門が大きい……。」
確かに聞いていた通りに「国」だ。まるで高層ビルのような高さの石壁が視界に広がる。この島にしては文化や技術が発展していると一目で分かった。
そして、まず入らなければならない。だけど、当然門番がいる。並んではないので、真っ先に入り口まで行けた。問題はここからだ。
見たところ門番は、やはり亜人であり身長も高い。恐らく207cmと言ったところであり、自分とは大違いだ。月とすっぽん、とまでは行かないが、ものさし一つぐらいは差がある。
すると、狼耳の生えた亜人の門番が検問のため話しかけてきた。
「……なんだか小さくないか、お前。まぁいいや、どこから来た?」
「あちらの森の方から」
「森……?ああ、ディルセナ森林からか。」
「ディルセナ森林って言うんですね」
「そうだ。もう一つ質問だが、どんな目的で来た?」
「目的は、お店の宣伝です。ディルセナ森林の方でお店を開業しております。ああ、名刺はお必要でしょうか?」
「めいし……?それは知らん。しかし、森林の方で店か。噂には聞いたことがある」
特に怪しまれたり、警戒するような視線は感じない。つかの間の安心に思わず胸を撫で下ろす。このまま行けば通行許可も取れるだろう。
「なるほど。事情は分かった。それを踏まえて言うのだが……ダメだ。」
「……なるほど。……なるほど?」
ふぅ、よかったです。大丈夫そう。足を大きく一歩を踏み出して、気を取り直し、店の宣伝を──
「だからダメだって。」
前に立ち塞がれた。
向こうに見える太陽が隠れて日陰が降り注ぐ。しかし、それ以前に言葉の意味がよく分かっていなかった。
思考が追い付いてくると、今、どうなっているかがやっと分かってきた。
───もしかして。
「……もしかして、駄目……って?」
「ああ。そうだ。」
「理由を伺っても……よろしいでしょうか」
「お前、可愛らしい顔だが匂いが違う。なんだか、甘美というか、長期間お預け食らった甘い果実のような、変な甘ったるい匂い。何者だ、お前。」
「……!!!」
「答えろ。さもなくば牢にぶちこむぞ?」
匂い……そうか!
見たところこの人は狼の何かの亜人。つまり……鼻が利く。確かに、普通の匂いと違うのなら、当然警戒心も強まる。
……てか、なんだろう、その甘い匂いというのはよく分からないけど。そんな匂うかな。
すると、門番が口を開いて言った。
「……?お前、耳と尻尾はどうした。毛は?目は?角は?」
「……申し訳ありません。僕は……その、人間なのです」
「人間……?」
面倒なことになりそうだが、観念して人間であることを明かした。なるべく穏便に、バレずに、お店の宣伝さえできればよかったのだが。
思わず眉間を押さえ、ため息をつく。焦りは特にないが、「これから面倒になりそう」という嫌な予感が脳の中で警鐘を鳴らしてる。
「人間……か。……あっはははは!!」
「!?」
突然笑い始めた門番。するとこちらを見て笑いが抑えれないようだった。
「人間だと?ありないだろ!だってこの島には人間はいないのが常識だろ?確かに、お前の来た方にある店……多分お前の店だろうが、結局あの"本物の人間がいる"という噂は嘘だと言われているんだからな」
「そうなんですか」
「ああそうだ!ましてや、お前男だろ?確かに、亜人には極稀に男の個体が生まれるとは聞くが……そういうやつは大抵お偉いさんだろしな。」
知らない情報が湯水の如く出てくる。亜人にも男の個体がいるのか。
それより、どうしたらこの門番は納得してくれるのだろうか。何か人間である証明は。
「どうしたら信じて貰えますでしょうか」
「ん?そうだな……例えば、お前を人間だと証明してくれるやつを連れてくるとかか?ま、そんなやついる訳ないだろ!あっははは!」
「…………」
「とりあえず、お前は怪しいからな。入れるわけにはいかないし、正体を明かして、無害であることを証明して貰わないとな。悪く思うなよ、これも門番としての仕事だからな」
「……分かりました。では、また来ます」
ペコリと会釈をして、プロスタシアから一歩一歩遠ざかる。まさか入国禁止とは。最悪を想定していたが、こうも思い通りになるとは。
とりあえず、僕は証明するための人を探さないとならない。
「……面倒に、なってしまったなぁ」
独り言は小さな風に流されていった。
道端の小石を蹴って、雑草を眺める。こいつはこんなに堂々としてるのに、僕は堂々と入れすらしなかった。
覚悟だって決めたが、それすら一旦お預け。そして、揺れていながら、腕に抱えられている服を見る。
「……今日は、恥ずかしくてもこれを着るはずだったんですけどね……」
今や遠くに見えるプロスタシアの街を眺めて、ポツリと。
まぁ、通らざるをえないメインストーリーのイベントだと思えばいい。ゲームにもよくある少し遠回りになるってだけ。
しかし、「証人」なら既に心当たりがある。自分を人間だと、無害であると証明できる人物。
またため息をついて拳をほんのり握る。
お世話になったあの人に。
「久しぶりに、会いに行きましょうか……!」




