4日目「戻れぬ夢」
眠りについた後の世界に。
ペラペラと本を捲る音が聞こえる。
周りは全部真っ白なのに。
ここにもあと何回来れるのかな。
ソワソワする。心音は聞こえない。
「ちょっと、動きうるさい。あんたの記憶読めないでしょ」
彼女は本を捲りながら苛立ちをほんの少し隠した言葉を発してきた。
「ごめんって。いやー、やっぱり毎回そわそわしちゃって。」
「そこの地球儀でも見てればいいじゃない」
「いやこれこそ異質じゃん……」
テーブルの横にある、くるくると回る地球儀。まるで地球の自転。蒼さを忘れた地球儀。白で塗りつぶされている地球儀。それについてる不思議な学校のミニチュア。
ユーラシア大陸、南アメリカ大陸、オーストラリア大陸、アフリカ大陸、北アメリカ大陸。社会の地理では常識中の常識。広大な大地の筈が緑なんてものは疎外され、不思議なほどに白紙。南極大陸だけはそのまんまだったけど。
そして、目線はこちらに向かないまま、彼女は言う。
「ふーん……中々腕は上がったんじゃない?あんたの記憶の本も読めるレベルになってきたわ」
「そりゃどうも。」
「ちょっと、珍しく褒めてるのよ。もう少し喜びなさいよ」
「だって今日の質問も終わったし、やることないから。しかも文句なんていつも言われるから。顔すら分かんないやつに。」
今日も今日とて夢の中。彼女が褒めるのは大層珍しいかもだけど、今はずっと地球儀を見てる。ムスーとしてるノイズの顔が見える。
もしかして、拗ねてる。そんな人間らしい面があるのか、こんなやつに。
「ま、いいわ。ともかく、記憶の本は出来事を記録するものだし。……それにしても、ウロボロスねぇ……。」
「……開店して間もないのに来たのさ。店って、新規をもっと取り入れて、リピーターをどんどん増やしていくものじゃない?怖いんだけど。」
「知らないわよ。運命ってやつなんじゃないかしら。」
他人事のように彼女は話す。事実、他人事だけど。空気を読まず地球儀は自転を続ける。チクタクと時計が忙しなく秒針を刻む音はなく、しんとした空気が漂ってる。
つまらない。けど、大切な場面。思考をまとめる時間でもあるから。
「──あ、そうそう。しばらく会えないから、そこんとこよろしく」
彼女は急に、なんの脈絡もなく言った。
「は、え?俺の頭の中にいた存在とかじゃないの、君」
「ンな訳ないでしょ。私はただの意思よ。」
「意思?」
「そ。だけどまだ秘密。言ったでしょ?あんたが思い出すまで、なのよ。」
彼女は本を置く。あの本がホントに自分の記憶だってのは未だに信じられないが、経験した出来事を本で読んでいるらしい。本の内容は三人称、ページ数は決まって10から300。本人が体験した内容の濃さによって読める割合や内容、出来のよさが違う……らしい。
しかしそれ以前に、会えないというのはどういうことだろうか。言葉通りの意味なのか。
「そうよ。しばらくね。ま、明日からは普通の夢よ。よかったわね」
「ナチュラルに思考読まないでくれません?でも……えーと、うん。なんて反応すればいいかな?とりあえず、寂しくなります?」
「もうちっと寂しくしなさいよ」
「ごめん……なさい?」
寂しくは特にない。よく知らないし、不思議と受け入れてしまうこの人。人かすら怪しいし。……しかし、どうしてだろうか。
──ほんの少し寂しいかも。
「あ、そうそう。これは忠告。あの、シャックス?って子。ちゃんと構いなさいよ」
「えっ?そ、それは勿論だけど……」
「そ。ならいいわ。じゃあね」
テーブルに置かれた本は淡い粒子になって消え、彼女は目を閉じた。
すると、彼女から嵐が発生した。と、思ったらすぐ止み、いつものように空間が割れる。
「……なんで嵐?」
そんな疑問に答えてくれる人はおらず、ゆめは終わった。その代わり、悪夢が迎えにくる。
引き戻される。記憶の逆流。嵐の中に今引き込まれてる。目を開ければ暗い海のそこ。久しぶりの普通の夢。でっかい怪物、白い鯨が上を泳ぐ。
「─────」
よく分からない鳴き声。
もしかして、呼んでたりして。
誰を?違う。これは「俺」なんだ。
──歩く。
海の底を歩く。鯨が死ぬ。
11歩。
森を歩く。下には赤い靴と人の足。
ステップ入れて13歩。
空の上を歩く。トランクが飛んでる。
15歩。
机の照明だけが明かりの部屋を歩く。沢山の書類が置かれた机と、床に転がる発明品。
同じく15歩。
何処かも知らない屋敷を歩く。白い鳩が窓の外に飛んでいた。
18歩。
どこもかしこもバットエンド。まるで人生みたい。誰かがハッピーエンドでいるのなら、その裏にいる数人はバットエンドを迎える。「人生楽しい」とか、「シンプル・イズ・ベスト」とかは勝者の思考だ。幸運なんだ。絶望するものなんだ。
「たら」と「れば」が多い人生には後悔ばかりしかない。経験者は語る、というやつだ。
「メリーバッドエンド」という言葉もある。誰かにとっては幸福であり、誰かにとっては悲劇である終わり。昔読み漁ってたアンデルセンの本で学んだ。
もしかしたら、この人生だって誰かにとっては幸福であるのかもしれない。一人で居たいものとか、飽き性の人とか。あっ、でも、そんな人がもし「俺」の人生を経験したら、「幸福」なんて思わずに死にたくなるのかな……?
そんな問いに答えるのは空虚。「おもう」か、「おもわない」の二択の質問の答えはいつまで経っても返ってこない。しかし、空虚は足を早めるように急かしてくる。
──トプンと、足が、身体が、頭が沈む。
泥に、地に、水面に。自分というものが深く、深く沈んでいって止まらない。
最後に、手を伸ばす。届きもしない豆のような光の粒に手を伸ばす。
──誰にもなれずにこのまま。
ーーーーー
「───て」
「─起きて!」
「お腹空いたあ!起きないとチューしちゃうよ!……さん、にー……!」
「……んぇ?」
「いーち!」
「……おはよう」
「えー!?なんで起きちゃうのー!」
バサバサと翼を広げ、胸にグリグリと頭を擦り付けてくるシャックス。かわいらしい顔が鼻と鼻がくっつきそうなぐらい近い。よくよく見るとセーレがシャックスを一生懸命に引っ張っているのが見えた。
どうやら、既に時計の針は12を回っており、暖かい太陽が既に窓から差している。昼過ぎであり、二人のご飯も作っていないし、洗濯も掃除もしてない。つまり何もしていない。深い眠りから力ずくで身体を起こし、疲れる自らの身体に鞭を打ち、急いでフライパンを振るい、簡単なものをつくりあげた。
「セーレも……寂しかった。」
「もーう!今日はなでなでと耳掻きしてくれなきゃ許さないからねー!」
セーレもシャックスもフクーっとハリセンボンみたいに膨らませてる。
……今日は、甘やかすので1日終わりそう。




