3.3日目「ぐるぐる回って(後編)」
その言葉は救い、あるいは希望。
少なくとも、彼女の『一度還った』という発言は依頼の成功を示していた。ひとまず安心。
「……よかった」
安堵と嬉しさから優しい息混じりの声が漏れる。ユングさんの髪の隙間をなぞる指先はくすぐったくも感じてきた。
しかし、どうやって成功したのか。ほぼほぼ不可能に近い挑戦であって、私自身成功した感じがしない。だって、私が覚えてる最後は、目の前に迫るクロの光線だけだったもの。
「なぜ、お前は生きていて、依頼も成功したのか……分からないという顔をしているな?」
ユングさんは軽快な声で私の心情を当てた。まるでダーツのど真ん中みたいに。いや、ジャストだったから、20のトリプルかな。コクリと私は頷く。
「それは……まぁ、分からないです。」
「ふふっ、無理もない。なんせ、活躍したのはそやつだからな」
「え……クロですか?」
ユングさんが指を指した方向には、ひっそりと、場違いながらも佇んでいる、蓋の閉まったレザートランクがあった。閉まっているということは、既にクロはあの中に戻っているということ。
緩んで開いていた手が握られギュッと汗が滲む。仮にクロがあの状況から打開できたとして、あっさりし過ぎではないか?しかも、正直言って、クロでも無理と思ってしまった。
しかし、ユングさんは一言、こう言った。
「面白いことになこやつ、入りおった」
「入った?どこにですか?」
「我の身体の中にだ」
「え……つまり、内側からってこと……。えげつな」
「我も意外だったのだ。まさか内側が弱点とは……ふはは、やはり無敵というものはないのだな」
こういうのは玉に瑕と言うべきなのか。完璧にも少なからず弱点はある。人間と同じように。今回はそれに助けられたよう。
その後、一体どうやってクロはユングさんを攻略したのかを聞いてみた。しかし、なかなかえげつない方法だった。考えたくもない。簡単にほんわかに言えば、でっかいとけとげの雲丹がそのまま体の中に入り込み、中から貫通してくるというもの。考えただけで背筋が凍って、朝に食べたトーストを吐きそう。
「しかし……一つ、嘘をついた」
ユングさんは少々残念そうに、喉を鳴らしながら言う。
「実は、完全には還れておらぬ」
「えっ?でもさっき還れたって言いませんでしたか?」
「そうだな……お前に分かりやすく言うのならば、不完全だった、というべきだ。」
「え、え?ちょ、私の安心は?どういう……」
「む……つまり、お前は我のことを殺しそびれた。それだけのこと。力不足、というやつだ」
その言葉に私は困惑しつつあり、同時に罪悪感と自分への怒りに押し潰されそうになった。よくわかってない現状、『約束』に固執している自分が期待を裏切ったこと、力不足という事実への怒り……。
しかし、そんなことを考えていてもどうしようもない。とりあえず、事実を確認することにした。
「力不足なのは分かりました。でも不可解なことが一つだけ……」
「なんだ?」
「クロのあの、レールガンと言うべきかは分かりませんが、なんでアレは跳ね返って来たんですか?」
「むぅ、我の体質、というよりかは勝手になってしまうものだ。自分では死ねない身体なのでな、死が我を拒否する。」
「……それ説明になってますか?」
「分からぬか?もしかして、お前頭はそこまで良くないのか?」
「はっ、なんですかそれ。」
高笑いするユングさん。まったく、こっちはそんな気分にすらなれないのに。
でも、不思議と心が安らいだ気がする。彼女よりのやさしさ?昔から人の好意には鈍感と言われるが、これは優しさなのか普通に貶してるだけなのかは分からない。だって、ユングさんの顔はまだ胸で隠れてて、表情よりそっちのほうが気になるんだもん。
「しかし、よく頑張ってくれた。褒めて遣わすぞ?一度死んだとは思えん執着だった!」
「そりゃどう……も?」
「して、我はもう帰ることにしよう。と言っても、帰る場所などは特にないがな。また来るぞ、我は。」
有無を言わさずユングさんは翼を広げ、激しい風圧と共に去っていった。
そんなあっさり?もっとこう……粘られるというか、怒られるものというか、言い表すことが出来ないことをされるのかと。もしかして、意外に陽気で優しかっただけの人なのか?
「──目的が増えたなぁ、私。」
まだ始まって数週間の『何でも屋』だけど。仕事というからにはプライドあり、恨みあり、理想あり。これからの目的に『彼女を完全な意味で殺す』という目的が増えた。
これ以上の成長を。
──そして
「てか、やっぱそっか。……死んだか、私」
まだまだ、成長の余地はある。前向きにはなれない性格だけど、いい締め括りなんじゃない?ポジティブなだけ、マシ。
鼻には冷たい風が通りすぎ、何事もなかっかのような森はざわめきを繰り返す。ちょっと割れたメガネは薄い日光を反射していて、新たな私を歓迎していた。
レザートランクを拾い、そっと砂汚れを払う。この子がユングさんに入り込めたのは、『殺意』がないからかな。それとも、感知されなかったのか。まぁ、分からないけど。
後悔先に立たず。でもチャンスはある。もとに戻っても、向上心を忘れない限りは。
「と言っても……何しようかな」
そんな模索の一言は何処かに消えて、森のざわめきが邪魔してくる。後は、明日の自分に任せよう。
だから、今日はとりあえず。
「……帰って、寝ようっ」




