始まり/"自称"考古学者兼発明家
──もしも、忘れていたことを思い出せたら。
──もしも、何かに為ることができたら。
──もしも、あの時の約束を叶えられたら。
──それは、どれだけよかったことなのか。
──だから俺は、それらを、追い求めるだけ。
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真っ白なキャンパスのような、そんな何にもない世界で。
「俺」は目の前の彼女と話す。
「なぁ、どうして。」
「何が?」
「何で、俺を選んだの。」
「んー……世界に対して未練がなかったから?それに、あんたならやってくれるかなって。」
「……そうなんだ。よく覚えてないけど。」
空間が割れる。……そろそろ時間のようだ。
「また明日会える?」
「もちろん。でも、ちゃんと過去は振り返りなよ?明日会うのは、それから。」
「…………分かった。じゃあ、またいつか。」
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【ヴァルネア期 3412年】
「……おっと、いけない!もう開店時間が近い……!」
パチリと目が覚め、ベットから飛び起き、バタバタとリビングに出る。簡単な朝食を三人分作り、開店準備を終わらせて、喉につまらせながら掻き込んで食べる。そして鏡の前で指を「パチンッ」と鳴らした。二分ほど後、後ろの寝室の扉が床の軋みの音と共に開く。
「っああ、シャックス、セーレ。おはよう」
「んん……まだ眠い……ボクお布団大好き……」
「セーレも……でも、大丈夫……。」
二人はフラフラしながらちょこんとテーブルの席に座り、美味しそうに朝食を食べる。
「私」も二人の前の方に座る。
「ねーねーお姉ちゃん!やっぱりお姉ちゃんの作るご飯、ボク大好きー♡」
「セーレも……好き……。」
「あははっ、そっか。そりゃあ嬉しいね。」
私の目の前で二人の可愛いがもぐもぐと朝食を頬張る。
前の二人は私から見て、右に座っているのが「シャックス」。見た目は中性的な幼さがある顔と上半身で、白い羽を持ち、腕は翼、鳥足のハルピュイア娘。身長は……だいたい142センチだろう。甘えたがりで、可愛いやつ。
そして、シャックスの隣に座るのが「セーレ」。見た目は完全に黒髪美少年であり、瞳の色が金色である以外は人間の外見だ。身長は……シャックスより少しだけ小さい。大人しいが、同じく甘えてくるやつだ。
「「ごちそうさまー!」」
二人が朝食を食べ終え、皿を下げたあと、「私」は二人とともに接客スペースへ向かう。リビングや寝室がある居住スペースと、店として仕事をする接客スペースは繋がっている。もちろん、客からは覗けないようになってる。シャックスとセーレの二人はいつもの定位置のカウンター下にしゃがみこむ。
「……毎回思うんだけど、そこにいるのはなんで?」
「え~?だって、お姉ちゃんのお仕事姿一番近くで見たいんだもん!」
「……セーレも、見たい」
「まぁ止めはしないけど……頭ぶつけないでね?」
他愛もない話をした後、私は。
「……よし!今日も『何でも屋 ゆめの』開店だ~!」
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人間たちの住む「マグナス大陸」から、霧に包まれ隔離された知られざる人外、つまり「魔物娘」……まぁ、基本的には「亜人」と呼ばれる者たちの島「エディアル島」。
数週間前に、人間のいないエディアル島に、「人間が経営する店ができた」と噂になった。正にそれは正しく、エディアル島のほんの数人の人間が経営し、依頼や相談を受ける店、それが「何でも屋 ゆめの」だった。なんとも矛盾している。
「なんで人間が!?」や「そもそも見たことがない……」、「てか、ここに人間って来れるの?」など、様々な話題が飛び交ったが、初日の5分だけのプレオープンで数人が確認しにいった内、噂が本当だと知り、エディアル島はその店の話題で尽きなかったという。
エディアル島に住む亜人は基本的に、マグナス大陸の方に行ったことはなく、そもそも人間自体を見たことがない方が多かったことから、珍しさや貴重さがあったのも、話題が広まった理由の一つだろう。
そんな「何でも屋 ゆめの」は複数の人間が代わりがわりに、一人ずつ店番が変わっている。プレオープンの5分。通称「伝説の5分間」"だけ"はこの何でも屋の「店長」が接客を。そして、今日はこの私、『ダリア・フレースヴェルグ』が店番だ。
「……ボクさ、毎回思うんだけど……お姉ちゃんっていっつもクマがあるよね~」
「あー……まぁ、発明が楽しすぎてつい……かな」
シャックスからの質問に私はそっと答える。正直寝不足だ。スチームパンク風に憧れてコートを古い考古学者みたいにして、発明に取り組んだが、試行錯誤しすぎた。眠い。それでも、店の入り口の扉には「開店中」の看板が。
そして、カランカランと入店ベルが鳴る。
「……わっ!?ほ、本物の人間……あっ、あの!ここが何でも屋……で、あってますか!?」
本日の魔物娘のお客さんは、かわいらしい角とウサギ耳がついたアルミラージ娘のリーファちゃん。初来店のようだ。
「そうだよー、ここが何でも屋で間違いないよ。それで、本日はどんなご用件で?」
「あっあの……わ、私……友達が出来なくて……ど、どうすれば友達が出来るのか、そ、相談しに来たんです……!」
ちょっと意外な相談だった。もちろん、「何でも屋」であるから、依頼事だけでなく相談も受け入れてるのだが、亜人も人間のような悩みをするものだと、私は思った。
「……友達?出来ないの?」
「は、はい……私、人見知りで……ほかの子に話しかけようとすると、どうしても萎縮しちゃって……」
「んー……なるほど。じゃあさ……この二人に相手してもらうかな?」
ちょうどカウンター下にいたシャックスとセーレを引っ張りだす。見た目はリーファちゃんのような幼さに似ているよだったから。
「えっ、ボクたち!?でも、お姉ちゃんの頼みならいいよ~!」
「……(コクン)」
「えっ、ええええ!?い、いきなりそんな!?」
「大丈夫大丈夫、ほら、リーファちゃん、この子たちが練習台だと思ってさ、一歩踏み出してみよ?」
彼女に判断委ねるために優しい声で。友達って、一概にバカに出来るものではない。だからこそ、自分から踏み出すことが何よりも大切。
声をかけてからなんて、後から考えればいいだけだから。
彼女は少しだけ間を空けた後、コクンと頷いた。そして、カウンター横のイスに二人と一緒に座った。私はそれを横目に見る程度。
「…………友達、かぁ。…………はぁ。」
不意に、脳裏に二人の友人がよぎる。一人は小さい頃からの男の親友。もう一人は不思議ちゃんなところもあった女の親友。大体は三人でいた。日常も、暇なときも、祭りも、あらゆる時も一緒だった。
「…………会いたいな。約束、果たせなかったし。積もる話も……あるのになぁ。」
──二人はもういない。「いなくなってしまった」というよりは「消えてしまった」の方が正しい。あの時、二人は──
カランカランと入店ベルが鳴り、思考を遮る。
「…………ん?……あなたは。」
入店してきたのは、大人の女性で、貴族がつけるようなつばの広い黒めの帽子に、グリーン・カーキのロングコートという、異質な服装。ハーフアップの灰色に近い白の髪はどこか上品さを感じさせるものだった。
「……む?今日は"その姿"なのだな、ダリア。」
「そっちだって、大人の女性って感じの見た目じゃないですか、"ダンタリオン"さん!」
──"ダンタリオン"。「ソロモン72柱」における第70柱の悪魔。老若男女の顔を持ち、あらゆる知識を持つ存在……なのだが、今やこの店の常連であり、良き友人だ。しかし、本来悪魔というものはこの世界に存在するにはするのだが。「ソロモン72柱」という枠組みは「無い」。
つまり、このダンタリオンのような存在は「この星の外」、つまり「天外」から来たものと分かる。
「悪魔来たら生態系終わるって。てかなんでそんなに天外からすんなり来て店に来てんの!?普通にヤバイって……」
「む?我はただこの店の客として来ただけだからな、なんの問題も無いであろう?」
「いやまぁそう、そうなんだけど……!」
「まぁ、我の目的は元よりお前だ、"特異点"。ただ、様子を見に来ただけだ。」
『私たち』が"特異点"と呼ばれるのには訳がある。
─それは、出身が「日本」であるからだ。
よくある異世界転生ライトノベルもの……かと、思ったのだが不自然な点がある。
「どうしてこの世界にいるのかが分からない」
善行や悪行を積んだ訳でもなく、死に絶えた訳でもなく、神様に選ばれた訳でもない。
誰かに呼ばれたりもない。ここに存在する理由も分からず、自分は自分としてここにいた。
その代わり、何故か大体のことは出来るようになった。不思議な感覚。やったこともないのに、何故かできた。「自分が知らないときに経験した?」という可能性はありそうだが、よく分からない。ただ、持っている力が強いこともあるが故に、ダンタリオンやその他の悪魔……例えば、シャックスやセーレに目をつけられた。
シャックスとセーレもダンタリオンと同じく「ソロモン72柱」の一柱だ。二人は単純に私たちに惚れたのもあるが、興味が出るよりもとから友好的だった。
「……おい、聞いておるかダリア。まったく、話の続きだというのに。」
「……あっ、ごめん。えっと、どこからだっけ」
「はぁ……今は『お前のいた地球における我ら悪魔はどのような存在だったのか」を聞いておる」
「あ、そっか。えーと、悪魔は……」
思考で遮った会話を再開させる。ダンタリオンさんは天外から来た存在であり、あらゆる学術の知識があるからといって、自分達がどのように地球という別の星で語られてたのかは知らないらしい。
毎回、この話は長く続く。一番長い時は六時間も付き合わされた。その時は「地球の遊戯」が話題だった。探求心がすごいのは分かるが、勘弁してほしい。
「だからこうして……こう伝わってて……」
長々と話してる間にもお客さんはやってくる。なので、来たお客さんには相談、依頼したい内容を紙に書いてもらい、後日行うというもの。
──そして、数時間後。
「……だから、グリモワールや翻訳された本次第では解釈に違いがあるの。でも、根幹的な部分は同じ、ということ……。……ねぇ、もういいかな。閉店時間なんだけど。うちはそんな夜間までやってないから。」
「……む?もうそんな時間か?いやはや、時間の感覚が掴めなくてな。」
彼女はスッと立ち上がった後、「お話代金」と称して硬貨を置いていったあと、去っていった。
「……あの、お話、終わりましたか……?」
ちょこんと、リーファちゃんがシャックス、セーレと共にこちらを覗いてる。
「あ、えっ!?もしかして話し終わるまで待っててくれたの!?あ~……そっか……それは申し訳ない。どう?お友達になれた?」
「うん!ボク、リーファちゃん好きになった!」
「……セーレも。リーファ、友達……」
「ふ、二人と話すのとっても楽しかったです!わ、私、なんだか友達づくり、出来そうです!」
三人はワイワイと、笑顔で、楽しそうで、昔の自分を見てるような気分になった。でも、この三人を見るからこそ感じることもある。一言で言うなら「尊い」。やべーかわいい。
「………ははっ。……そうだ、リーファちゃん。今日はもう遅いから、泊まる?ご飯と寝床はあるよ。」
「えっえっ、いいんですか!?……じゃ、じゃあ、ご迷惑じゃないなら……!」
その日の夜はプロ顔負けの料理が並ぶ食卓を四人で囲んだ。三人は楽しそうで、私は嬉しいことこの上ない。
「ごめんね、今日は三人で私の寝室のベット使ってもらえるかな?もしぎゅうぎゅう詰めだったら、一人こっちに来てソファで私と寝ることになるけど……」
「ボクは大丈夫!セーレも頷いてるし!」
「わ、私も大丈夫です!」
「そっか、じゃあみんなおやすみ。また明日ね」
ダリアはソファに座って少しだけ休憩したのち、依頼、相談の書かれた紙に目を通す。
「…………面倒だけど、今日は残業かな。」
他の三人は仲良くベットに潜り、まるで学生の修学旅行の夜のように、恋バナやお話をして瞳を閉じた。ダリアを照らすのは人工の太陽のようなライト。三人の眠りを照らすのは月夜の光。どちらも、彼/彼女らを祝福してるようだった。
そうして、残業を終えたダリアは朝と同じように鏡の前で指を「パチンッ」とならす。寝間着に着替え、ソファに寝転がり、今日も瞳を閉じて、夜が夢の世界に案内してくれる。
ゆっくりまどろんで、そしてあの世界に。
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「やっと来たのね。遅いわよ」
こんばんは、名も知らぬ彼女よ。まだ数回だけの、顔も分からぬ彼女よ。
初めまして。俗に言うぺーぺーの「薬缶」です。
暖かい心で見守っていただけると幸いです。
拙い部分もあるとは思いますので、よろしくお願いいたします。