聖女さま御降臨
なろう生活2000日記念☆
――神よ。何故、これほど偉大な王を我らから奪おうとするのか。
魔族の襲撃を受けるようになって二年。
人間同士で争っている場合ではないと連合を組んで戦うようになって半年が経っていた。
その中心となり、王でありながら誰よりも数多くの魔族を倒し、武勇を誇るアレクサンドル。
無骨な鎧に包まれているはずの胸から背中に向かって、魔族の腕が生えている。
ずぼっと湿った音がして、アレクサンドルの血で染まった腕を引き抜いた魔族が、雄たけびを上げる。
「Wooooo!!!」
胸を張り腕を掲げた魔族の前で、アレクサンドルの大きな身体が、ゆっくりと傾げていく。
「嘘だと言って下さい! 目を、目をお開け下さい、我が君」
「あぁ、人はもう終わりだわ! 魔族に蹂躙されて、この世界は闇の手に墜ちるのよ!」
「ようやく魔族との戦いを互角に持ち込めたというのに。英雄であり偉大なる大王アレクサンドル様が身罷られてしまったら、この世は一体どうなってしまうというの?!」
神よ、あなたの子供である人の子の嘆くこの声が、あなた様には届いていないのでしょうか。
大王アレクサンドルは、我ら人間すべての、希望の光。
この偉大なる御方を失って、我らはこれ以降、どうやって魔族の手を退けることができましょう。
「俺が、おれが守るはずだったのに……」
がしゃん、と音を立て、膝をつく。
騎士団長として、誰よりも大王の傍で、お守りするはずだった。
命を懸けて、お守りすると誓っていたのに。
「うぉぉおおぉぉぉおおぉぉ!!!」
何故、神は我らへ救いの手を伸ばして下さらないのか。
唯一の主と見定めた大王アレクサンドルの命が尽きようとしている今、何故自分はまだ生きているのだろうか。
どうか、我らが王をお救い下さい。
その手段を持つ者を、今すぐ寄越して頂けるならば――
俺は今すぐ、この命を捧げることすら厭わないのに!!
≪≪それほどの想いがあるならば≫≫
「え? は? う、うわあぁぁっ!」
滂沱で顔を濡らした男の足元から突然の光が生まれる。
その光は強さを増し、ついには男の身体すべてを覆い尽くした。
真っ白になった視界の中で、男はその声を聴いた。
≪≪……お前自身がそれを為すが良い≫≫
倒れた王の後ろで、頽れ祈りを捧げていた男を見ている者など、誰もいなかった。
男だけではない。誰もが、今にもその命が尽きようとしている偉大なる王、アレクサンドルを見つめ、神へと祈りを捧げていたのだから。
誰もが、抵抗することすら諦めてしまった。
魔族の持つ得物により弾き飛ばされ、腕を失い、尊敬する大王と共に、神へと召されようとする者も、いた。
そんな中、男だけが突然自分の足元へ現れた不思議な強い光に驚いている時、男にだけ、その声は聞こえた。
≪≪我、今こそその力を貸し与えん≫≫
「?!」
光が収束した場所に立っていたのは、ひとりの少女だった。
神々しい美しい銀色の髪が足元まで流れている。
その髪の向こう側から、夜明け前の空のような濃い藍色に金色の星が飛んでいるような美しい瞳が見返してきていた。
そう。そんなことはあり得ないのに、その場にいる全ての者が、少女と目が合ったと確信した。
そうして、ピンク色をした花弁のような唇から鈴を転がしたような澄んだ声が聞こえてきても、それが人の発した声だと認識もできずに、ただただ恍惚として見ていた。
【完全防護壁】
少女が呪文を唱えると、光の壁が生まれ、魔族をその外へと弾きだした。
あっけに取られて動けなくなっている兵士たちの中を、少女が進む。
さらりと、少女が着ていた薄衣が靡き、ちいさな裸足の足が前へと動く。
一歩、一歩。
人々は少女の動きを遮ることもせず、偉大なる王へ近づいていく様子を見守った。
本来であるならば、誰何するべきであるし、なにより誰も知らない人物がいきなり王へ近付くことなど許される筈もない。王の傍に寄る前に、取り押さえられるべきである。
しかし。誰も彼もが、少女を驚かさないように、息をする事すら慎重に、音をたてないよう緊張しながらその動きを見守っていた。
そうしてついに、少女が王のすぐ横へと歩み寄って、その華奢な手を翳して何か知らない言語を唱えた。
【全回復】
少女の手から清廉なる光が降り注ぐ。
その柔らかな光は、命尽き果てようとしていたアレクサンドルの全身を優しく包み込んだ。
そうして、骨が砕かれ肉が潰れた右腕が指の先まですっかり元の姿を取り戻し、欠損していた左足が生え、抉れていた両の眼球を包む涼やかな瞼がゆっくりと開かれていく。
胸元へ大きく開いた穴すら、塞がっている。
「……俺は、死んでいなかったのか?」
呆然とした様子で半身を起こした偉大なる王アレクサンドルの姿に、人々は神への感謝を叫んだ。
「あなたは、聖なる神の御遣いか」
ざわざわざと、辺りから「聖女さま」「聖女様だ」と声が上がった。
気が付けば、光の壁の外にも魔族の姿はなかった。
「……俺達は、たすかった、のか」
「すごい! ありがとうございます、聖女様!!」
聖女様、聖女様、と滂沱の涙を流しながら兵士たちが少女の足元へと跪く。
「神の御遣いであらせられる聖女様に、心からの感謝を」
大王アレクサンドルまでもが少女の足元へ跪き、頭を垂れた。
…………。
「いや待て、待って。ナニソレ、聖女ってどういうこと?」
──?
「えぇ、なにこの長い髪! うわっ、俺の手、ちっちゃ! つか細い? ナニコレなにこれナニコレえぇぇぇ!!!」
鈴を転がしたような声で少女は叫ぶと、そのまま気絶した。
***
「ほう。そなたが、ゴルドだと?」
「はい。偉大なる大王アレクサンドルの剣にして盾、ゴルド・ドバルガでございます」
跪いて騎士の礼を捧げようとしたところで止められた。
薄衣一枚を身体に纏っているだけの今のゴルドが膝をついて騎士の礼をとってしまうと、いろいろと乙女として見せてはいけないモノが丸見えになってしまうのだ。
「アレクサンドル様がお倒れになられた時に、盾になれなかった自分を心より恥じました。そうしてこの身を贄として、神の慈悲を願う祈りを捧げました」
「その結果が、その美少女か」
「……神の御業を得るためには、仕方がないのだそうです」
あの後、気絶したゴルドは夢の中で神と対面した。
そうして言われたのだ。
「俺の祈りが続く限り。この地を護る結界は、消えないということでした」
正確には、ゴルドが死んでもその血筋が残る限りと言われた。
にんまりと、人の悪そうな笑顔をしていたのは、ゴルドの気のせいだったと思う。いや、思いたい。
どれくらい血が遠くてもいいのかは分からない。
だが、ドバルガの一族は忠誠心に篤い。むしろどれだけ遠かろうが自分と同じ血筋の者として、世界を護りたいという祈りを捧げ続けることくらいはしてくれそうだ。
「つまりあれだな。お前は一生涯、その姿ということだな」
「……御意」
どこか、遠くへ。
もしくは神殿へ入って、神への祈りを捧げて過ごすのも悪くないかもしれない。
試しに握った剣は、今のゴルドには重すぎて鞘から抜くことすら叶わなかった。
不甲斐なさ過ぎて布団に戻って大泣きした。
もう、敬愛する大王をお守りすることもできないのだと思うと、今すぐにでも、泣きたくなった。ぐっと唇を噛んで我慢する。
「そんな風に、唇を噛みしめるものではない。乙女の身体は、柔らかくできているのだ」
「!」
いつの間に目の前まで来ていたのか、アレクサンドルの大きな指が、つ、とゴルドの唇を撫でた。
いや、本来のゴルドの方が、手指は大きく、太かった。
だから、アレクサンドルの手で顎を掴んで上向きにされても、どうということはない、はずだ。
なのに、なぜ今、アレクサンドルの黒い瞳へと映り込んでいる少女の顔は紅いのか。
「神の御業で平和を手に入れた今、この国には慶事が必要だ」
「ひゃい」
黒い瞳に魅入られて、視線ひとつ動かせなかった。
「王族と神の御遣いである聖女との婚姻ほど、相応しい慶事はあるまい。なぁ、ゴルド、お前もそう思うであろう?」
「ひゃい……ふぇっ!?」
「ヨシ! 言質はとれた! 皆の者、婚姻の準備に入れ!」
「ばばっばばばかな! 駄目です、俺を誰だと思っているんですか。大男のゴルドですよ?」
アレクサンドルより頭ひとつ高く、身体は後ろに隠せるほどの横幅もあれば厚みもあるのだ。
王をお守りする為に鍛え上げた身体に自信はあるが、それとこれとはあまりにも別物である。
「だからなんだ。俺は穴さえあればなんとかなる」
「サイテイですね、アンタ」
「そうか? 俺は、最高の気分だ。お前以上に俺に尽くす存在はいないからな」
伴侶とするには最高だ。
そう耳元で囁かれて、ゴルドはそのまま床へと膝をついた。
婚礼は盛大で、その後の二人がどれだけ子沢山の大家族になったかは、一応の秘密とする。
お付き合いありがとうございましたー!
これからもよろしくお願いしますー( ´艸`)