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【ハイファンタジー 西洋・中世】

守られなかった命令

作者: 小雨川蛙

 

『その子を守りなさい』


 それが私に与えられたあなたの最期の命令でした。


 元よりそのつもりでした。

 私はあなたを愛していましたから。


『血を繋ぎなさい。いつの日か、必ず汚名を晴らすために』


 だからこそ、私はあなたのその言葉を理解が出来ませんでした。


 あなたは女性として生まれ、道具として操られました。


『ガキでも構わない』

『知恵がなくとも構わない』

『器量がなくとも構わない』

『お前が子供さえ産めれば』


 幼い頃から、あなたが受けていた侮蔑の数々。

 あなたは忘れたわけではないでしょう?


 あなたの下にやって来る男は皆、あなたの血だけを求めていました。

 あなたを愛している者など一人としていませんでした。

 私以外には。


 あなたは見事に役目を果たしました。

 あなたは男児を産みました。


『この子は呪われた子』


 生まれたばかりの我が子を見てあなたは言いました。

 強き家に生まれた者だけが持つ血統。

 それに巻き付く数えきれないほどのしがらみ。

 あなたは我が子が進む道を分かっていました。


『どうせ、逃げられない。ならば、進むしかないの』


 その諦めに私は寄り添えませんでした。

 私は貧しい生まれでしたから。


 そして。

 この子がまだ自我さえも曖昧な時期に、あなたは政争に巻き込まれ命を奪われました。

 死の間際、私に我が子を任せながらあなたは言いました。


『血を繋ぎなさい。いつの日か、必ず汚名を晴らすために』


 私には理解が出来ませんでした。


 無念は分かります。

 しかし、汚名を晴らすことは本当に必要ですか。

 親ならば我が子の幸せを願うべきではないのですか。


『必ず私の名誉を回復させなさい』


 血走った目でそう告げるあなたを見て悟りました。

 私の愛したあなたはもうずっと昔に死んでいたことを。




「母さん?」


 そして、今。

 私はあなたの言いつけを破って故郷の漁村に居ます。

 あなたの残した息子と共に。


「どうしたの?」


 あなたの息子はとても優しく育ちました。

 こうして独り、あなたを想っているとすぐに寂しさに気づくのです。

 声に出さずとも、目で語らずとも、涙を零さずとも。

 人の苦しみを理解することが出来る、とても優しい子に育ちました。


 自らの内に流れている血の強さも意味も知らないままこの子は生きています。

 そして、私はこの子が何も知らないまま生きて死ぬことを願います。

 あなたの命令を破ります。


 分かっています。

 私はあなたを愛していましたが、私もあなたと同じ女性として生まれましたから。


 辛かったのでしょう?

 悔しかったのでしょう?

 苦しかったのでしょう?


 男達にいいように利用されたことが。

 乱暴されて無理矢理子供を孕まされたことが。


 だからこそ、意味を求めたのでしょう?

 こんな目に遭うだけの理由がないといけないと思ったのでしょう?


 分かります。

 分かっています。

 苦しいほどに。


 だけど、私は自らの意味のためだけに我が子の生さえも歪めてしまうあなたを理解出来ません。

 それをしてしまったら、あなたもまた男達と同じになってしまうのではありませんか。


 だから私は。


「お母さん?」

「ん。ごめんね。ちょっと疲れていたみたい」

「本当?」

「うん、本当」


 あなたの子供は私の嘘に気づきました。

 けれど、私の嘘を真実にしてくださいました。


 優しい子供です。

 かつてのあなたと同じように。


 お許しください。

 あなたの最期の命令を守れなかったことを。


 お許しください。

 変わってしまったあなたを愛し続けることが出来なかったことを。


『いつの日か、必ず汚名を晴らすために』


 あなたの言葉は私を生涯縛り苛むことでしょう。




 数百年後。

 とある考古学者が『悪女』と呼ばれていた女性の解釈を変え得る書物を偶然にも発見した。

 彼は直ちにそれを発表したがメディアはそんなどうでもいい書物よりも、考古学者が『悪女』の遠い子孫であることをよほど面白おかしく喧伝したそうだ。

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― 新着の感想 ―
 縛られる運命に愛ある語りが光る綺麗なラスト…からの皮肉。笑  けれど最後に付けられた未来にこそ、政争に巻き込まれ人の業を知る者が血に告げた命令の本意があったようにも感じられますね。
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