EP8 謎の黒猫 策士だな<ノラン>
______なんだかんだ、その黒猫は閉店すると、私の家までついて来た。
「野良か。お前も厳しい渡世の荒波に生きているんだな。家で飼っても文句言われないよね」
なんて軽く考えていたところ、母も賛成してくれたので、この猫はマイ・ファミリアの一員となったのでした。
名前は野良から<ノラン>。そこはイタリアっぽく。
『ノランも今日から、麗美組の構成員になった。イタリアン・マフィアっぽくなっちまったぜ』
そのノランは、いつでもどこでも私の傍にいます。
「猫なんて気ままな生き物。どこでも行きたければ旅に出ていいんだよ」
イニャ ダメニャ
?
「なに? いま嫌って? まさか聞き違いだよね」
どこでも一緒のノラン。まるで私のボディーガードみたいだ。
営業中の屋台でも悪さをする訳でもなく、お客さんに愛想を使うので、益々私の屋台は評判になっていったのでした。
「招き猫ノラン」
しかし肝心の<昭和の味>とは何かが未だに分からない。
何がいけないのか足らないのか。悩みながらもお客さんが増えていき、屋台ラーメンは成功していると言っていい。
「私って結構サクセス ガール?」
ある時、父の日記を読んだ時、立ち寄った料理屋の事が書いてあった。
「これだ!」
そこには味噌、醤油、豚骨の感想が書いてあって、私は日記にヒントがあるのではと、股間にピンと衝撃が。
あへ
私は車の免許も取得したし、父の足跡を辿ってみるのも無駄ではないだろう。
そんな話を福山電池に話すと______悔しいけれど、他に相談出来る奴がいないんだよ。
「へぇ屋台を休んで、車で? それならボクの会社のロゴ入り営業車を貸しますよ。責任上ボクも同行と言うか、運転しますから」
ゲッ
『福山来るんかい! まぁ車を借りるんだから仕方ないか』
「じゃ、その話でヨロ、経費もヨロ」
シャァ~
どうもノランは反対しているように思える。
『ノランってどうも猫らしくないと言うか、むしろ人間に近いみたいな?』
まず父が食べたラーメン。一番近い地方を選んで出発する日が来た。
父は営業で地方ばかりを訪れていた。そこに昭和の秘密があるのかは分からない。当日、邪魔な福山電池は兎も角、ノランまでギャーギャー鳴いて煩い。
「仕方ねぇな。ノランも連れていくか」
チィッ
何故か福山電池が舌打ちしやがった。
『野郎、私を途中で手籠めにする腹だったのか! 運転は自分がすると言ってたし、ハンドルを握らせたら、そんなの美少女のピンチじゃねぇか』
しかし電動屋台をロハでくれたし......いくら私が美少女でも私の体一つ狙う為に、そこまでするとは思えない。
『臓器っていくらで売れるんだろ? 腸なんて切り売りするんか?』
◇昭和を求めて◇
______福山電池を二割信じて、私とノランを載せた軽ワゴン車は、北を目指した。
今更だけれど、私が住んでいる所は愛知県。そこには有名な味噌、醤油のメーカーが有る。それらを使用した中華飯店のラーメン。まずい筈がないのに、これは謎解明の旅なのだ。
目指したのは飛騨。ここには地味噌がある。
寒い地方で食べる熱いラーメン。父は寒さも関係しているのかと、日記に記していた。
飛騨は古い伝統が生きる街。
そこで食べる味噌や醤油ラーメンは、また中華飯店とは違う味を感じる事だろう。
ノランは店に入れる事が出来ないので、ワゴン車の中でお留守番。嫌がってギャーギャー鳴いてたけど。
◇古い町並みに似合う店◇
______私と福山電池は、古い大衆食堂っぽい店に入った。
格子のような木製扉をガラっと開けると、店内は少し狭く四人が座れるけれど、肘と肘が触る程の小さいテーブルだけが空いていた。
「そこでいいよね」
「ひなびた雰囲気がいい。ラーメンはある?」
かすり着物姿のオバぁちゃん、愛想がいい。
「おやおや、なんてお似合いのカップルだこと」
「いい店に当たったよね~麗美ちゃん」
「こちとら大迷惑なんですけど!」
「早くも痴話喧嘩かい? 本当に仲がいい事で。それで御注文は?」
屋台だろうと愛想は必要。私は嘘を言えるような玉ではないので、屋台の名前が<麗美組>になるほどだ。
「じゃ味噌で」
「ボクは醤油」
と注文したところで、一人の青年が入って来たけれど、開いているテーブルは、私達のところだけ。
「相席でお願い出来ますか?」
愛想のいいオバぁちゃんがそう訊くと、その青年は短く頷いた。
にゃ
?
私の前に座った青年は、やはり観光旅行者なのだろう。妙なつなぎのような上下がつながった服を着ていて、瞳が青くて大きく外人さんかと思った。
その外人さんも、私と同じ味噌を注文したけれど、小皿も欲しいと言った。
不思議に思ったけれど、熱いラーメンが苦手らしいのだ。
食べ終わると、その外人さんが財布を落としたと言うので、袖すり合うも何かの縁と思い、福山電池に支払いを丸投げしてやった。
「おい電池さん、ここは経費で人助けだよ。旅は股ズレって言うからな」
「し、仕方あるまい」
「センキュ ニャ」
お礼を言うと、その外人さんは店を後にしたのですが、どうも語尾にニャとか......どこか変。
「これから文無しでどうするんだろ」
私が心配しても仕方なし。
それはそうと飛騨の古い街並みと、穏やかな人情が心まで温かくしてくれる。
私達は互いに食べたラーメンの感想をメモしながら、ノランが待つワゴン車に戻った。
「ごめん ごめん ノラン。お腹空いてる?」
買ったキャットフードを差し出しても、プイと顔を背けてゲフっとゲップをしているのです。
「ノラン、あんた何か食べたんか?」
ワゴン車の中には食べ物は無いのですが、お腹がポンポンなのが妙です。
「病気?」
理由が分からない以上、早く帰宅した方が良さそうです。
「え? もう帰るんですか?」
納得出来ない福山電池より、私はノランが大事。夕方には中華飯店前に到着したのだった。
ノランは別に異常がないようで、その日は収穫らしいものもなく、ジ・エンド。
「ノランのせいで早く帰る事になってさ」
「まぁいいじゃない。飛騨の地味噌ラーメンは食べたんだから、何か掴んでいるかもよ」
飛騨の地味噌は深い味わいがあり、厳しい冬の寒さの中、生きて来た人々の歴史を感じるようだった。
それが昭和の味かと問われれば、全く答えを出せない私である。
「そんなに焦らなくても。麗美には時間があるのよ。馴染みのお客さんも居るんだから」
ニャ
「おいノラン、お前元気そうだな?」
ニャン
「こいつどうも変なんだよね。言葉が分かるみたいでさ」
「そんな馬鹿な。只の猫よ、猫」
するとノランは、母にスリスリするのだった。
「策士だなノラン......しかし妙に福山電池を敵視しているような? ま、こまけぇこたぁいい」