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EP3 売上500円 謎の客人第1号!


______2024年10月

 屋台ラーメンデビューは肌寒くなり、ラーメンが恋しくなる季節を選びました。

19時。バイト先の中華飯店を、オヤジさん夫婦や母に見送られて一人でいざ出発。

「麗美ちゃん......やっぱりメイド服で行くの?」

「お母さん、麗美ちゃんは(たくま)しい」

「あんた、それに麗美ちゃんは美人。きっと評判になるさね」

 そうだな春子。


 「ひぃ~ 屋台重いなぁ。でも女は度胸! でもこれじゃ足が太くなっちゃうかな~。まぁ、こまけぇこたぁいい」

 色気とは無縁の麗美だった。

ここだけの話、高校では結構告(こく)られていたのだが、最近は硬派な男子がいないと、父に嘆いていたのだった。


______さて目的地は父も商いをした団地の片隅で、迷惑にならないよう、控えめにチャルメラを吹いたのですが。

 しーん

 吹き方に慣れていないので、出た音はピぃープスゥー。とても屋台ラーメンとは思えない初陣となりました。


「うっ、窓から誰も覗かない。やっちまったな こりゃ」

19時では早すぎたのかもしれません。用意した20杯分の麺とスープは勿体ないけれど、21時まで待って駄目なら今日は閉店で御座います。

「宣伝もせず、そりゃ初日からうまくいく訳もなし。父はもっと遅くまでやってたし。広告宣伝費は......経費でって、赤字じゃどうにもならん」

などと考えていたところ、品のいい老人が通りかかった。

「ほう夜鳴きそばか?」

「いえラーメンです」


「なに? 夜鳴きを知らんのか? おねえちゃん。それになんやその恰好は? なんとも昭和で昔の喫茶店みたいやが、取り合えず醤油ラーメンを一杯貰おか」

 おほぉ!

『売上500円 第1号!!』

私は心の中でガッツ石松。

「御客人へい、おまち!」

 タン


「あのなぁ、屋台の大将ならそう言うがよ、なんとも任侠みたいで、おもろいお嬢ちゃんやの~。指突っ込んでるし」

「元JKです」

「はは、元は要らんやろ。そんなら俺は元イケメン青年だ」

「御老人、御尤もで痛み入る」

「どう育ったら、そんなセリフが出るんだ?」


 ぱちん

 老人の割り箸を割る音が緊張に拍車を。味は中華飯店のスープなので不味い筈はありません。

 ズ

 まずレンゲで老人がスープを運びます。

「ふむ、旨い。しかしこれは昭和の味ではないな」

 え?


「なぁお前さん、なんでこの屋台を曳いている? 理由は知らんが、この屋台の大将のラーメンは、懐かしい昭和の味がした。見覚えのある屋台だったから、もしやと思って久しぶりに食べてみたが、これはなんとも微妙だのう」

 ガ~ン


 最もシンプルだと思っていた醤油で駄目出し。私は思ってもいなかった。

『中華飯店と父のラーメンは違うのか?』


「あの、父のラーメンを食べたんですか?」

「父? そうか、あのオヤジさんの娘さんだったのか。そりゃ悪い事を言った。しかしな、どうせ屋台を曳くなら、オヤジさんのような昭和の味を極めたらどうだ? 旨いラーメンならいくらでもある。俺は屋台ならではの味は昭和だと思うが」

『平成生まれのギャルに、昭和って言われてもさぁ』


「でもでもですよ、昭和の味? が令和で好まれるかどうか、分からないじゃないですか」

負けず嫌いもあって、私は老人に食い下がったのです。


「若い! 若すぎるのう。今時、若い娘が屋台を曳こうとした志は良かった。じゃがそこまでするなら味にも郷愁が必要だと思わんか? せっかくメイド姿までしているんだ。味にも拘ったらどうだ? そして言うが、醤油味はラーメンの基本中の基本である事を覚えておきなさい」

『むぅ。でもこれ中華飯店の大将のスープだし、この爺さん素人だよ』


 私はどうして父のレシピを再現出来なかったのか。それを深く考えた事がなかったのでした。

「いづれにしても、あんたのお父さん、大将の作るラーメンには郷愁があった。それは何故か、娘さんならその訳が分かる筈だ。中華飯店の味とは違う何かがな」

『スープ、爺さん分かってたんだ』


 そう言って老人は五千円札を差し出すと、「これは線香代にしてくれ。そして生意気な老人が残念がっていたと、仏壇に報告してくれないか」

そう言い残して、老人は去って行ったのでした。

『ラーメンの達人なのか?......略して<ラーたつ>』


「昭和の味って......父は特別な材料は使ってなかったと思うし、何が昭和なんだろう?」

それから父を知るお客様が3人。懐かしがってラーメンを食べてくれましたけれど......。

「なんと言うか少し違うかな、いや決して不味いってわけじゃなくて、旨いんだけど」

3人が同じ事を言ったのです。

結局その日のお客様は4人でした。売上は11,500円。


 翌日のバイトで、その話を大将にすると。

「この業界、どの店も他店にはない味を模索しているよ。うちもそうだし、昭和の味ではシンプル過ぎて、客は喜ばないと俺は思うんだが」


 中華飯店の大将はそう言いました。

私もそう思うのですが、昭和の味を目指す事が、亡き父の意思を受け継ぐのなら、私もそうしたいと思うのでした。


2024年11月

______未だに昭和とは何か、平成生まれの私にはヒントすら掴めていませんでした。

「こうなりゃ、形だけでも昭和に近づけるしかない!」


 昭和と言えば、グループサウンズ(GS)やフォーク。合間に歌を歌えば......私、案外歌が上手くて、フォークギターも弾けるのです。ちなみにギターはイリヤの中古。

それに屋台と言えば、威勢のいい大将の「へい、らっしゃい」でしょ。

「ええぃ、ままよ!」

メイド姿の美少女大将が「へい、らっしゃい」とは、絵ずらとしても有り得ないのだが、私は男勝りで負けず嫌い。そんな軟な美少女ではないのです。



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