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EP2 あほー これは緊急事態じゃぁ!


______2021年

 父が曳く屋台ラーメンは、令和の屋台と言う珍しさもあって、少しずつお客さんが来てくれるようになりました。

「駅裏なら兎も角、この界隈じゃ屋台がないのが良かった」

「やったね、お父さん」

メニューは醤油と味噌の二種類だけで、私ならこれに豚骨を加えたいところ。


 訊けば、豚骨は煮込むのに時間がかかるそうで。鶏ガラだって時間は掛かるでしょうに。

「煮込むほどに旨さが増す? スープを24時間煮込むって店はあるよね」

「俺はそこまでは。だけどな、なんとなくだけど、分かって来た事があるんだ。言葉で説明できんのが残念だよ」

 ほぉぉ?


 私も、父の仕込むスープ作りを見てはいました。でも同じ味を再現する事は出来ません。

「中華三千年、ラーメンとは実に奥が深いものだけれど、父はどうやってその極意を?」と思ったものです。


◇人生の転機は突然に◇

「東京ラブストーリーじゃないよ」

______2023年8月

 私が高校三年の夏。いつもの中華飯店でバイト中に、突然の訃報が飛び込んで来たのです。

「はいぃ~中華飯店。えぇっ! そりゃホンマでっか!」

 青ざめた奥さんの顔なんて、今迄見た事が有りませんでした。

『さては国税局のガサ入れが! 大将、あんたやっちまったな』

 大将もそれを訊いて大声を上げた。


「てーへんだ! おい麗美ちゃん。お父さんが救急車で愛地救急病院に運ばれたってよ! うちの出前のカブ使っていいから早く乗ってけ」

 は、はい!


 その時の私は、いつものメイド服。メイド姿のJKが、出前用スーパーカブ50ccで疾走する姿は、行き交う人の目を引きました。

「おぉカッケーぞ」

「あれで出前するのか! ええなぁ、俺も出前頼むか」

 急いでいたので、半ヘルが斜めにずれていました。


「おーい交通規則は守れよ~。原付は30kmだぞぉ~」

「あほー、これは緊急事態じゃぁ!」

 私はそれどころではありません。

『原付免許とっておいて良かったぁ! お父ちゃ~ん!』



______ところが。警戒中の白バイに追っかけられて、病院の前で確保されちまった。

「60km出てたよね」

「うぐ急いでいるんで、後でキッチリ、ナシ付けますけん」

「出前でそんなにスピード出したらいかんでしょ。死んじゃうよ」

「こ、これには、よんどころない訳がありまして、御代官様ぁ」

「誰が悪徳代官だって?」

「そこまでは言っておりやせん」


 私はかくかくしかじかと理由を説明すると、その白バイ隊員はこう言ったのです。

「なるほど、お父さんが。君の目は嘘を言っていないと思う。仕方ない。本官の一存で見なかった事にするから、早く行ってあげなさい」


「あ、ありがとうごぜぇやすシロ代官様!今度白バイを見たら、土下座してお見送りさせていただきやす! あ、今度ラーメン無料にしますけん」

 プっ


 警察が、まずお目こぼしをする事はまずない。

私が病院に駆け込む姿を見送りながら、そのシロ代官は呟いた。


「あの子、ひき逃げ事故で死んだ妹に似ていた。俺が白バイ隊員を目指した理由、改めて思い出してしまったな。それにしても今度、あの子の店のラーメン、食べてみたいものだ。どんな味がするんだろう。確か中華飯店だったか?」


_______愛地救急病院にメイド姿で飛び込むと、ICUの父は既に......。屋台を曳いている時に意識を失ったらしいです。

 そこには重い静寂が漂っていました。

麗美(うるみ)ちゃん!」

 母は私より先に駆けつけていましたが、私が飛び込んだ時は心拍計の波形は無慈悲な一本線。

「御臨終です」

 

 医師は母と私に静かに低くそう告げました。

この医師は今まで何度、同じ事を言って来たのだろうか。人の最後を見届ける医師も、慣れる事はないだろうけど仕事としては重い。

 私を抱きしめる母の手は震え茫然としていました。


「お母さん」

お父さんは、交通整理と屋台ラーメンの疲れが出ていたのでしょう。

『毎晩、嬉しそうな顔をして帰ってたのに』

 涙? 私は出て来ませんでした。もう私が父に代わって、一家の大国柱にならなければと言う覚悟がそうさせたのか。

私はこの瞬間、父の後をついで屋台ラーメンを曳く決心をしていたのです。

『思えば悲しいのに泣けなかった。でもさ、一人になった時は、思いっ切り泣いたんだよ』


______2024年4月

 高校を優秀な成績で(こまけぇこたぁいい)無事卒業した私は就職せず、暫くは大将の中華飯店でバイトを続けながら、密かに屋台ラーメン開業の準備を進める事に。

 「お母さんのパートと、私のバイト代で生活はなんとかだよね。あのね、私、父さんの屋台ラーメンを継ぎたいと思っててさ。どう思う?」

 私の突然の告白でも、母は驚いていないようでした。

『おや? 反対しないの?』


 「麗美、お父さんにも言ったけど、あなたがやりたい事をすればいいの。お父さんの転職を後押しした母さんが、あなたに反対する訳ないでしょ」

 やったぜ!

 お墨付きを貰いました。

「それで、屋台ラーメンはどう考えているの? まさかノープランって事は」

『ノーブラとノープラはまるで違う』

 そこで私は、腹に温めていた案を母に話したのです。


①ボロイけれど、お父さんの屋台を使うしかない。(あれも中古)

②当初は作れる量とセキュリティを考えて、19時からの営業で20杯分。

(実際、これでは薄利)

③メニューは醤油と味噌だけ。

④お代はワンコイン=500円(税込)で。

 (まぁ、こまけぇこたぁ......おつりが面倒なだけだよ)

⑤私は中華飯店のメイドスタイルで。

 麺なんだけど、中華飯店でも手打ち麺じゃない。その辺は今後の宿題。

「そりゃ、手打ちに勝る麺はないかな」


◇皮算用◇

「最初は純利益100円?としても、20杯で2,000円?かな」

 社会人となった私は、昼過ぎまで中華飯店でバイト。それから仕込みをすれば、体力的にはなんとかいけると、母と開業会議を重ねたのです。

「若さは力だよ母ちゃん」


 「ほう、麗美ちゃんが屋台で自立するの!? いいねぇ。若いもんは、その位の熱意と夢がなきゃなぁ。企業大手のOL目指すだけが人生じゃねぇ。なぁ春子」

「そうよ。私らも最初は本当に大変だったけどね~。だけど大きな会社なら、社内恋愛が魅力ってのもあるけれど」

「春子奥さん、私は色気よりまず行動したいんです」

「しかし勿体ねぇな。麗美ちゃんに惚れない男っているのか?」

『大将、褒めちぎっても何も出ないんですけどぉ~』


 中華飯店の大将夫婦も、私の屋台計画に賛同。なんと屋台に中華飯店のロゴを入れる事で、麺やスープを提供してくれると言う、思ってもいなかった事態に発展、開業準備は着々と進んでいったのでした。


「目標は20杯分だろ? うちは毎日100杯は売れる。それが120杯になってもな。まぁ中華飯店の移動販売店だと思えば安いもんさ。のれん分けみたいか? 俺の店にもこんな日が来るたぁ、思っていなかった」

何事もやってみなければ分からないのです。

「女は度胸! やってやれない事はない。やらずに出来る訳がない! それと人生はお金」

私、麗美の座右の銘です。


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