私の気付いた気持ち
「今日も一緒に寝る?」
「うん」
昨日と同じように一緒に寝ることになった私たちは、二人並んで私のベッドに潜った。電気を消すと部屋は真っ暗になり、藤咲さんの輪郭も消えてなくなってしまう。
私は隣にいるはずの見えない彼女に向かって、おやすみ、と声をかける。すると隣から、おやすみ、と返ってきて少しだけ安心した。
すると、布団の中で藤咲さんが私の手を握ってきた。突然のことにびっくりして肩が震える。
「藤咲さん?」
見えない彼女に問いかけると、小さいけれど、はっきりした声が聞こえてきた。
「私、お母さんと喧嘩したの」
「……喧嘩?」
「うん」
話の内容的に家出のことについてだろう。私は相槌だけは忘れず、静かに話を聞くことにして手を握り返した。
「進路のことでちょっと揉めちゃって。私は就職するって言ってるんだけどお母さんは進学しなさいって聞かなくて。私の家、お父さんがいなくてね、小さい頃からお母さん一人に育ててもらったの。だから家計がきついことも知ってるし、大学なんて行ける余裕だってないはずなの。私の学力じゃ奨学金も貰えないし、特待生にもなれない。だから私が早くから働いて少しでもお母さんの助けになれたらって思ってたのに、お母さんは進学しなさいばかりで。そしたら、私の助けなんか要らないって言われてるように感じちゃって。悲しくなって家を出てきちゃったの」
全部話し終えた藤咲さんの声は震えていて、布団の中で繋がれた手には力が入っていた。
「そうだったんだね。話してくれてありがとう」
私は繋がれた手に力を込めてギュッと握り返し、言葉を続けた。
「藤咲さんは優しいんだね。お母さんのことを考えてるのがよく分かったよ。だから、もう一度よく話し合った方がいいと思う。きっとお母さんも藤咲さんの気持ち、わかってくれるはずだよ」
「千代田さん……わかった。私、お母さんともう一度話してくる」
「うん、それがいいよ」
そこまで話したところで、私は気づいた。藤咲さんがお母さんと話し合って仲直りしたら、もう家出をする必要もない。そうなると私の家から藤咲さんがいなくなるということで、今みたいに一緒に寝ることもなくなってしまうということだ。
心がズキリと痛む。寂しい。
さっきから、なんだか変だ。普段思わないようなことを考えたり、なんでもないことにドキドキしたり。今だって、隣で藤咲さんが寝ていることにドキドキしている。昨日は何も思わなかったはずなのに。一体私はどうしてしまったのだろう。
横を見ると、目が慣れてきたのか藤咲さんの輪郭が見える。彼女の横顔が安心した表情を浮かべてスヤスヤと眠っている。いつの間に眠っていたのか、私の手を握る力が少しずつ緩んでいた。
私は握られた手から藤咲さんの温もりが一つも零れないよう、強く握りしめて目を閉じた。
次の日、学校が休みだった私たちは藤咲さんの家出のことについて話し合い、明日帰ってきちんと話をしてくるということでまとまった。
一晩経っても心の痛みは消えず、激しさを増すばかり。それでも藤咲さんを家に帰さないというわけにもいかないから、私は気づかないふりをしてバイトへ向かった。
「翔子ちゃん、どうかしたの?」
お客さんが少ない時間、やることもなく店番をしていると店長が話しかけてきた。この人は経理などもしなきゃいけないのに大丈夫なのだろうか。まぁ話しかけてくるということは暇があるのだろう。
「いえ、別に何もないですよ」
「そんな顔には見えないけどなぁ」
「気のせいですよ」
はぁ、とため息をついて気持ちを落ち着かせる。何もしてないと藤咲さんのことばかりを考えてしまって、憂鬱な気持ちになる。
「何にもない人はそんな顔でため息つかないと思うけどな」
真剣なのか面白がってるのか分からない顔で店長が食い下がってくる。きっとこの人は私が話すまでこの場を離れるつもりはないのだろう。私の隣に椅子を持ってきてどっしりと腰を構えてしまった。
このままうやむやにしていても鬱陶しいだけなので私は仕方ないと深くため息をつき、藤咲さんのことについて軽く話した。
「なるほどね。翔子ちゃんはその子がお家に帰っちゃうのが寂しいんだ」
「まぁ、そうです」
「どうして?」
「どうしてって、さっきも言いましたけどまた一人になるのが憂鬱なだけですよ」
「ほんとにそれだけ?」
この人は何が言いたいのだろう。もう全部話したというのに、私の中にはまだ何かあると言いたげなことばかり聞いてくる。
「あの、何が言いたいんですか?」
「翔子ちゃんの中にはもっとほかの感情があるんじゃないかと思ってね」
「他の感情?」
「そう。例えば、その子のことが好き、とか」
私が、藤咲さんのことを好き……? そんなことがあるのだろうか。だってまだまともに話し始めて三日しか経っていない。それなのに好きになるなんて、まるで私が軽い女みたいではないか。
「いやいや、私が彼女のことを好きだなんて、そんなことないですよ」
「どうかな。思い当たる節はあるんじゃないかな」
思い返せば、藤咲さんにドキドキすることはあったけれど。まさか、それが恋だというのだろうか。
「今その子のことについて考えてたでしょ」
「え!? 顔に出てました?」
「翔子ちゃん顔に出やすいもん。それに、今顔真っ赤だよ」
「えっ、あ、これは……」
「ふふ、なーんて、嘘だよ」
まんまと嵌められた……。
「そもそも思い返してみるように言ったんだから、翔子ちゃんがその子のこと考えるのは当然だよね」
確かに、冷静に考えればわかることだった。そんなことにも気づけないほどだなんて。もしかしたら私は本当に……。
「店長って、意外と策士ですよね……」
「まぁこれでも人生の先輩だからね」
もし私のこの気持ちが恋だというのなら、藤咲さんのことが好きならば納得のいくことも多い。この寂しいという気持ちが恋によるものならば、私はどうすればいいのだろう。
「店長。私、どうすればいいですか?」
「そうだねぇ。翔子ちゃんはどうしたいの?」
「どうしたい、ですか」
「具体的に言えば、その子とどうなりたいの?」
藤咲さんと、どうなりたいのか。いきなりそんなことを言われても、何もわからない。
「もっと一緒にいたいとか、もっと触れ合いたいとか、キスしてみたいとか」
そう言われて、彼女の顔が頭に浮かぶ。小ぶりな鼻や口が愛おしく感じる。そんな彼女とキスを……? 顔が熱くなっていくのを感じる。冬なのに変な汗が吹き出しそうで顔を仰ぐ。
「翔子ちゃん、顔赤いよ」
店長が笑いながらそう言うから、またからかってるのかと疑ってしまう。
「もうだまされませんよ」
「今度は本当だよ。翔子ちゃん、もうやること決まったんじゃないの?」
明日には藤咲さんは帰ってしまう。一緒に生活するのも今日が最後だ。学校で会えないわけではないが、この寂しいという気持ちは今しか感じることができない。それを、私は素直に伝えようと思う。そしてそれは、今夜しかできない。
「私、帰ったら彼女に伝えます」
「うんうん、それがいいよ。そういうのは勢いが大事だからね」
店長はそう言って、大人の笑顔で私の肩をポンと叩いた。