第二章:メイクの向こうにあるもの
「よし、今日はアイライン……チャレンジしてみようかな」
小さなドレッサー代わりのテーブルに、てつ――いや、美由紀は、そっと腰を下ろした。
買ったばかりのメイク道具。プチプラだけど、ちゃんと選んだ。動画で見たあの人と同じブランド。いつもは無骨な指先が、今夜は少し緊張しながら、黒いペンシルを握っている。
「えっと……目尻をちょっと跳ねさせるんだったよね」
鏡の中の自分に話しかけながら、そっと手を動かす。でも、思ったより難しい。ラインはガタガタ、まぶたが震えて、すぐに曲がってしまう。
「やっぱり難しいなぁ……」
ため息をつきながら、クレンジングシートで拭ってやり直す。何度も、何度も。
けれど、その繰り返しの中で、少しずつコツを掴んでいった。
「筆先を寝かせると、スッと引ける……? あ、今の、ちょっとよかったかも」
鏡の中で、目元がほんのりと強調されていく。そのたびに、美由紀の中に新しい光が灯る。
次の日はベースメイクを練習した。ファンデーションの塗り方、コンシーラーの使い方、シェーディングで輪郭を調整する方法。最初は顔が真っ白になって、笑ってしまうような出来栄えだった。
でも、美由紀は焦らなかった。動画を何本も見て、ノートに書いて、道具を変えて、試して――
「今日の肌、ちょっと綺麗かも」
一ヶ月もすると、メイク後の顔は見違えるようになっていた。輪郭が自然に整い、唇には血色が宿り、眉の形も洗練されてきた。ウィッグを被り、ワンピースを身にまとうと、もう「てつ」ではない。
そこには、確かに「美由紀」がいた。
そして、鏡の前で静かに微笑んだ。
「私、少しずつ……美由紀になってるんだね」