第十三章:深淵の入り口
ある晩、サロンの控え室で、美由紀は黒澤にこう尋ねた。
「もっと深いところまで、行ってみたいです」
黒澤は、その言葉に一瞬だけ眉を上げ、しかしすぐに静かに頷いた。
「“深い”というのは、どういう意味だと考えてる?」
「……本当の自分の奥にあるもの。怖いけど、それを見つけたいんです。支配されることの先に、何があるのか知りたい」
黒澤は小さく頷き、言葉を選ぶように口を開いた。
「じゃあ次は、“服従”を選んでみる?」
「服従……?」
「そう。命令されるのではなく、自分の意志で“従う”という選択。そこに恥があっても、恐れがあっても、あえて飛び込んでみること。その先に、あなたが求めている“核心”があるかもしれない」
その夜のプレイは、サロン内の特別室――**「静室」**で行われた。窓も時計もないその部屋には、音を吸い込むような静寂があった。
美由紀はシンプルなドレスをまとい、裸足で床に跪いた。目の前には、黒澤が静かに立っている。
「今から、あなたにいくつかの“課題”を与えるわ。でも、すべて拒否していい。選ぶのは、あくまであなた」
その“課題”は、単純なものだった。
・名前を忘れること
・姿勢を崩さないこと
・言葉を奪われること
どれも、当たり前の“自己”の輪郭を少しずつ削ぎ落とすもの。
美由紀は、黙って頷いた。
ひとつずつ、服が剥がれるように、内面が剥がれていく。最初は羞恥。次に戸惑い。けれど、その先に――
「私って、消えていくようで、でも、ちゃんとここにいる……」
まるで、自我の輪郭が再構成されるような感覚があった。
黒澤はそっと、美由紀の額に触れた。
「よく、ここまで来たわね。あなたは、自分で“私を選んだ”のよ」