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出会い

『雨森について』に出てくる二人のお話。

どうして出会って、どう関係が変化していくのか。

雨森について知るために繋がっていく。

 今日から念願の高校生の仲間入りとなる。

 念願といっても憧れの人を追いかけていたわけでもなければ、どうしてもここがいいと決めて入学したわけでもなかったが。それでもBは中学を卒業し、なんとなくで決めた高校にこれから通うことになる。なんとなくの決め手はただ制服が可愛かったからと言う理由だった。Bは眠い目をこすりながらなんとか身支度を始める。着替えて、ご飯を食べて、それから少しだけメイクもした。

「あ、お姉ちゃんわりぃ!学校に化粧して行こうとしてる!」

「うるさいなあ。あんたにもしてやろうか?」

「ぎゃー!!」

 朝から元気よく絡んでくる弟を軽くあしらいながら髪も巻いていくことにした。なんとなくで決めたとはいえ、完全なる新しい環境に少し浮かれているのも事実。実際制服が家に届いた時から、この制服を着こなせるような人間になりたいと思っていたから。なので、勉学への期待や勇気よりも先に身なりへの気合を固めていた。

 ある程度の身支度が終わり、時間を確認するとそろそろ家をでなければいけない時間になってしまっていた。Bは少し慌てながら服装の最終チェックをし、持ち物も確認すると家を飛び出した。幸いにも走らずに駅に着く時間には出ることができたようだった。そのことにホッとし、スマホに繋がれた有線のイヤホンを耳に入れて歩き出す。今日はよく晴れていて念の為と用意した上着は少し暑く感じられた。駅の近くまでなんだかんだ何事もなく歩いてきたが、ここまでくる途中に同じ制服を着た人は見かけなかった。電車はひどく混んでいて、座るのは諦め扉の近くで立って乗ることにした。ふと周りを見回すと、やはり高校の制服らしいものを着ている人が多く、同じ制服同士なのに会話もせず少し間隔をあけて立っている人なんかもいて、二人は違う学年なのだろうかと意味のない考察をしたりで、学校の最寄りまでの時間を潰す。



 混雑した電車からやっと解放され、手鏡でさっと前髪の確認をしてあと少しの道のりを歩いていく。ここら辺までくると同じ制服の人もちらほらと見かけるようになり、念入りに確認していたからそんなはずはないと思いながらも、きちんと通学ルートが合っていたことに安堵した。学校の門をくぐり下駄箱で靴を履き替え、最初に目に入った廊下の壁にはクラス表が貼り出されていた。その壁の周りには多くの生徒が覗き込むようにして立っており、少し人がいなくなってから見ようと思っていた矢先にちょうどいいスペースが空いたのでそこへと歩み寄った。A組から順に生徒の名前を辿って行く。なかなか見つけることができず唸っていると、すぐ真横から小さな声で「あった」と声が聞こえた。Bの周りにいたほとんどの生徒は無言で確認し、無言で去っていく中聞こえたその声に反射的に横へ顔をあげて声の主を確認し、ほんの少し時間がゆっくりと流れた。

 視線を向けた先にいたのはBよりも頭ひとつ分ほど上にある小さな顔だった。それも恐ろしく整った顔。自覚はなかったがきっと見惚れていたのだと思う。Bはクラス表に表記されている文字列に人差し指を置いたまま、数十秒が経っていた。そこでやっと、後ろにいた生徒が軽くBにぶつかってしまったことでようやく視線をクラス表に戻すことができた。気がつけばあれだけいた生徒たちもすっかり減ってしまっていて、慌てて自分の名前をまた確認すると、BはC組に名前があった。そして見惚れていたようなあの時間を頭の中に思い浮かべながらそそくさと廊下を歩き出した。なんかすごい人と同じ学年になってしまったのではないか。じっと彼女の顔を見つめていたのはバレていたのだろうか。でも視線が交わることはなかったから、バレてなければいいな。初日からBの脳内は素性の知らぬ美女のことでいっぱいになってしまっていた。彼女は一体何組になっていたのだろう。名前なんかも当然知らないので当てようもないが。そんなことばかりを考えながらC組に入り、黒板に貼ってある座席表を確認する。Bの席は教室の奥の角。一番窓側の席であった。Bは昔から窓側が好きだったため、そのことに歓喜しながら自分の席へと向かっていく。そして隣の席に座っていた人物を見てまた時がゆっくりと過ぎることとなる。

 隣の席には先ほど見惚れていて、Bの頭を支配していた彼女の姿があった。まさか同じクラスだったなんて。それに私の隣の席だなんて。気まずさ半分、嬉しさ半分の気持ちでそっと席に着く。どうしよう。別にどうもしなくていいのに。Bはこの機会を逃したり、無駄にしてしまうのはなぜかダメなことのように思えて仕方がなかった。でもどうしたら良いのか。まず連絡先交換か?いや、それはかなりハードルも高いし先走りすぎている気もする。じゃあ挨拶から?挨拶ならきっと自然な流れだろう。でもなんて切り出そう。「おはよう。えっと・・・。」脳内でできすシュミレーションはそこで止まっている。

「おはよう。隣の席同士よろしくね」

 シュミレーションの最中に聞き覚えのある声が右耳を掠める。驚いて隣の席へ顔を向けると、彼女と目が合ってしまった。目が合ったと言うことはきっと間違いなくBにかけた言葉なのだろう。

「お、おはよう!こっちこそよろしくね!」

 少し間を開けたあとにようやくでた言葉は不自然になってはいなかっただろうか。まさか彼女から声をかけてくれるなんて。まるでファンサをもらった人のように心の中で喜んでしまう。一方の彼女はBの返事に気を悪くした様子もなく、嬉しそうに少し微笑んだあとに黒板の方に向き直ってしまった。ああ、もう少し何か話せたらよかったのに。そう惜しく思えてしまうほど彼女はBにとって魅力的だった。

 Bはこれまでの学生時代を振り返っても友達と呼べる存在はいるが、それは同じ班になったから話すようになったから、小学生の頃から仲が良かったから。などの、自分からアクションを起こすことで仲良くなった経験は乏しかった。その経験の浅さがここにきて仇となってしまっているように感じられた。あの子とはなんで仲良くなったんだっけ、なんの話で仲良くなったんだっけ。そんなことを考えてもきっかけは基本相手からのアクションだった。Bはその相手からの話題に相槌をうち、乗れそうな話題に便乗していただけだったと思う。元々そこまで社交的な性格ではなかったこともあり、こればっかりはどうしようもないことのように感じた。

 Bは悶々と彼女への次の一手を考えていると、席に座っていた彼女に話しかけに来た生徒がいた。そりゃあこんな美女に声をかけないわけがないよなと、視線を少し彼女の方へずらすと背の高いショートヘアの男子が彼女と話しているようだった。

「いやー安心した。同じクラスじゃなかったら絶望してたわ」

 男子の発言を盗み聞きしてわかったが、どうやら二人は初対面ではないらしい。初対面にしては馴れ馴れしく、ラフすぎる。

「私も安心したよ、改めて仲良くしてね」

 なるほど、きっと二人は中学からの友達なのだろう。あえて同級生の選んだ高校と被らないようにここを選んだBは少しだけ疎外感が心に広がる。でもBは後悔はしていなかった。なぜなら自分で決めたことだったから。自分がそうと決めたことで後悔はしたく無かった。

 その後も二人は当たり障りのない会話をしていたが、担任がクラスに入ってきたことで中断された。そしてホームルームが始まり、いよいよ高校生活が幕を開けた。




 簡単な自己紹介や、クラスの目標などを一通り決めてその日はやり過ごした。カバンの中に大量に詰め込まれた教科書に頭を抱えるが、帰りの電車でせめて座れることを祈ることしかできなかった。収穫は教科書だけではない。自己紹介のおかげで彼女の名前を知ることができたのだ。彼女の名前はA。収穫といってもこれしか今日は獲得することができなかったが、Bはそれだけで満足だった。名前を知ることは今後につながる大きな一歩。

 Bは彼女の名前を忘れないように頭の中で何度も反芻させる。名前まで素敵だと思ってしまうのはやり過ぎだろうか。

「Bちゃん、だったよね?」

 歯の奥でAの名前を噛み締めていると、彼女から声をかけられて慌てて声の方へ向く。しみじみとしていて気が付かなかったが、AはBの机を挟んだ前に立っていた。

「うん!呼び捨てでいいよ」

「わかった、私のことも呼び捨てでいいよ」

「わかった!」

 お互いちゃん付けがなくなると一気に友達感が出てきて嬉しくなる。しかしAは気まぐれにBに声をかけてきたのだろうか。

「今朝、廊下でずっと見てたよね」

 Aにそう話題を振られ内心ドキッとする。どうか、どうかクラス表の話であってほしい。

「あー・・・。うん、全然自分の名前が見つからなくてさぁ」

「私のことも見てたでしょ」

 また心臓が大きく音を立てた。やっぱりそっちの意味だったのかと。どうしよう揶揄われるかもしれない。

「もしかして知り合いかなって思って!」

 大嘘である。友達なわけがない。なんせBは過去の同級生と進路先が被らないようにしていたから。でも素直に「はい、お顔に見惚れてました」なんて馬鹿みたいに言えるわけもなかった。

「あぁ、そうだったんだ。でも初対面だよね?」

「う、うん、勘違いだったみたい!」

「そっか」

 良かった。Aはそう言うことで納得してくれたようだった。ここからさらに疑われたらなす術がない。

「そうだ!せっかくだし連絡先交換しようよ!」

 Bは思い切りに違う話題へとハンドルを回した。急転換すぎるが、Aは「いいよ」と快く受け入れてくれて安心した。お互いにスマホを取り出し、QRコードを読み取る。

「追加できた!うさぎのアイコンが表示されたら私だよ」

「こっちもできたよ。あ、ほんとにうさぎだ」

「家で飼ってる子なんだ〜!かわいいでしょ!」

「うん、Bに似ててかわいい」

 は?

 思わず耳を疑う発言にまた心臓が跳ねる。言い慣れたように口にするのではなく、自然と口から出てきたような言い方に顔が熱くなっていく。そしてなんていじらしい人なのだろうと思った。もしかして相当な人たらしなのかもしれない。・・・いや、決めつけてしまうのは相手に失礼なのでその考えは頭から消去した。そして顔が赤いのを誤魔化すために咄嗟に新しいトークルームにスタンプを送る。

「じゃ、じゃあなんかあったら連絡してね!」

「うん、ありがとね」

 そんなやりとりをしていると帰りの電車がそろそろ来る時間になってしまった。

「あ、そろそろ電車の時間だ」

「ほんとだ。一緒に駅まで歩かない?」

 声のトーンや表情を見るに、アンニュイにも見えるし静かなのにAは思いの外次々と提案をしてくれる人だった。そして素直にそれらが嬉しかった。初日からここまでしてくれるAをただのクラスメイトとして片付けるなんてことは絶対にしたくない。それは単にAの容姿が整っているからとかではなく、初めて自分から友達になりたいと思ったからであった。きっと私たちは最高の仲になれる。というか絶対そうなるようにしてやる。Bは心の中で決意した。あの時初めて見て心が大きく動かされたのは、きっと彼女が私にいい力を与えてくれるからだ。

「うん。じゃあ帰ろっか!」

 決意を固めたBは元気に返事をし、荷物をまとめると二人で学校を出た。



「ただいま」

「お帰りなさい!学校はどう?楽しかった?」

「うん」

「良かったじゃない!お友達はできたの?」

「うん」

「それは女の子?」

「うん」

 帰宅したAは家にいた母親からの質問攻めに遭う。

「あぁ、良かった!雨森さんとは会えたの?」

「うん、同じクラスになったよ」

「安心したわ〜、男の子とはお話ししたの?」

「してないよ」

「そうよね!恋人は作らない約束だものね」

「うん」

 Aの家はいつだって母親の機嫌によって、温度が変わってゆく。



 一方でこちらも帰宅したBは、スマホの画面を見つめながら何気ない話題をAに送信しても良いか心底悩んでいた。

『雨森について』は完全に読まなくても、これだけで一つの物語として楽しめるように作りました。

まだ続いていきます。

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