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 渡す物がすべて集まったのを確認すると、一息つこうとアリアはメイドにお気に入りのハーブティーを淹れるように頼んだ。と、イライラしながら待っていたセレンが文句を言う。


「やだ、またそれなの、辛気臭い。ちゃんとしたお茶にしてよ」

「疲れた時にはいつもこのお茶を飲んでいるの」


 暗に”忙しいのだから、文句を言うなら帰れ”と圧をかけるとセレンは渋々うなずいた。妹がしかめ面をしながらもハーブティーを飲んだのを確認すると、アリアは話を切り出した。


「ファディアス様からいただいたプレゼントはこれで全部よ」

「ふぅん、思ってたよりも少ないんだ。まあいいわ。ライからのプレゼントはいつだって素敵だもの。私が全部もらって大事にするわ」


 ライル・ファディアス伯爵令息は姉妹の幼なじみで、アリアの元婚約者だ。セレンとライルが熱心に婚約を望んだことで、アリアは自ら身を引いた。

 晴れてライルと婚約したセレンは、アリアが隣国に留学するために荷物をまとめていると聞きつけると“ライからのプレゼントを全部ちょうだい”と強請った。集められたプレゼントを見つめてうっとりと微笑むセレンの姿に、彼女がライルを愛していると告げた時の言葉を思い出す。


「アリアと違って私はいつだってライを愛しているの。もちろん、ライだって私の気持ちをわかっていていつも応えてくれてるわ」


 セレンにとって“恋人たちの愛”とは“お互いを一番大切な相手として、いつも深く想い合う”ことなのだという。だから、愛する人が他人に贈った物にこめられた想いも1人占めしたいのだ。

 ――アリアには最後までまったく理解できなかったが。

 いささか無作法だが爽やかな味わいのハーブティーを一気に飲み干すと、アリアは立ち上がった。


「じゃあ、プレゼントは部屋に送っておくわ。運んでちょうだい」

「え、な、ちょっと待ってよっ。もう、ひどいわっ」


 使用人たちがさっさと物を運び出すと、まだ物欲しげに部屋を見回していたセレンは慌てて追いかけていく。その姿を軽蔑した目で見ていたメイドがドアをきっちりと閉めるとアリアは礼を言った。


「ありがとう、リリ。もう用は済んだから、今度からは部屋に入れないで」

「かしこまりました。よろしければ、お茶のお代わりはいかがでしょうか?」


 気遣うメイドにアリアはテーブルに残されたカップを見た。セレンのカップの中身が空になっているのを見て、にっこりと笑う。


「ううん、大丈夫よ。ごちそうさま。さて、続きをしましょうか。おじいさまもおばあさまもこちらで用意するから、気に入っている物だけ持ってくればいいと言ってくれたけれど。かえって何を持っていくか悩ましいわね」

「ふふ、そうですね。毎日お使いになっている物はあった方が良いと思いますよ。アリア様がかわいがっているあの方は心強い味方になってくれるかと」

「う、確かにそうね……。いいの、皆に笑われてもミーちゃんは私の大切な友だちなんだから」


 アリアは幼い頃からかわいがっている猫のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめると、引き続き仲の良いメイドと留学先に持っていく物を選び始めた。不愉快な記憶()を思い出させるようにいつまでも残り香をただよわせていた2つのカップは忠実なメイドによって片づけられた。


―――


 アリアとセレンはシンディ伯爵家の双子として生まれた。

 姉妹は美貌の母から受け継いだ金の髪に桃色の瞳の瓜二つの容姿をしているが性格は正反対だ。大人しいアリアは自分が興味のあることを追いかけることが好きで、お喋りで活発なセレンはいつも人に囲まれて賑やかに過ごしたがる。時には自分のわがままに無理やり巻きこんでくるセレンをうっとうしく思うこともあったが、アリアも人懐っこい妹を好いていた。

 姉妹が10歳になった時。サルエル侯爵家で開かれたお茶会で次男のベルナードと、父方のいとこでファディアス伯爵家の3男のライルと出会い、婚約した。2人は黄金を溶かしたような髪に空色の瞳のそっくりな美しい見目をしていたが、姉妹と同じく性格は正反対。王子様のように優しいベルナードにセレンは夢中になり、物知りなライルとアリアはいろんな話をして笑い合った。

 婚約者同士が馴染んだ頃、4人で集まって会うことになった。

 アリアは4人でのお茶会を楽しみにしていたのだが、聞き上手なライルに気を良くしたセレンが1人で喋りつづけるのにすっかりうんざりしてしまった。しばらくしてから、気をきかせた母がお客様のおもてなしにと伯爵家の特産品のハーブティーを運んでくると、それまでアリアと同じく聞き役に徹していたベルナードが歓声を上げた。


「ああ、すごくおいしい。はちみつの濃厚な甘みが舌の上でとろりと溶けていくのに、ハーブのおかげで後味はさっぱりしている。まるで飴細工を食べているようだ」

「まあ、ありがとうございます。このハーブティーは新作で、お客様に出すのは初めてですの。気に入っていただけてうれしいですわ」

「そうなんだ。実は母は植物が好きでね。シンディ伯爵夫人が作るハーブティーやジャムは絶品だとよく褒めていて、密かに楽しみにしていたんだ。こんなに素晴らしいお茶を一番に飲めるなんてうれしいよ。……そうだ、工房があると聞いたのだけれど、見せてもらうことはできるかな?」

「ええ、もちろん。ご案内しますわ」


 目をキラキラと輝かせるベルナードにアリアもつられて笑う。セレンは渋るもライルも行きたいと言い出し、4人で作っている工房を見に行くことになった。

 ベルナードとライルは熱心に工房や植物のことを尋ね、勉強をサボっていたセレンが何も答えられないこともあってすべてアリアが説明した。セレンは大人しく付き合っていたが、お土産を手にして上機嫌な2人が帰ると怒り狂った。


「ちょっと、アリア!! 今日はベル様と会える貴重な日だったのに、何で邪魔すんのよ!!」

「邪魔なんてしていないわ。ベルナード様もライルもとても楽しんでらっしゃったし、セレンだってお茶会の席ではたくさん喋っていたじゃない。私も気の合う方とお話ができてとても楽しかったわ」

「そんなの優しいベル様のお世辞に決まってるでしょ! アリアが空気を読まずに出しゃばったせいで大恥かいたじゃないっ!! またベル様になれなれしくすり寄ったら許さないからっ」


 あまりの暴言にあぜんとしたアリアをにらみつけると、セレンは足音を立てながら出て行った。

 残されたアリアはだんだんと怒りと悲しみがこみあげてくるのを感じた。

 隣国から嫁いできた母は植物学の知識を活かして、領地の職人たちと一緒に領地の植物を使ってお茶やポーションなどを作り、品を気に入った貴族と取引している。アリアは幼い頃から母を手伝っており、時々ベルナードのように興味をもったお客様を工房に案内している。

 きっと母はサルエル侯爵親子が興味を持っていることを事前に知っていて、お茶会の話題と娘の嫁ぎ先への縁繋ぎを兼ねて新作のハーブティーを出したのだろう。母の予想通り、ベルナードもライルも予想以上に気に入ってくれたのは喜ばしいが。セレンが伯爵家の家業のことを何も知らなかったことに頭が痛くなる。


(まあ、特産品のことはこれから勉強していけばいいわよね、たぶん……。でも、ベルナード様と話したぐらいで嫉妬されるなんて。先が思いやられるわ)


 セレンはお気に入りの物への執着が激しい上に、自分が一番でないと気が済まないところがあり、特に双子の姉のアリアには何かにつけて張り合ってくる。婚約者のベルナードの関心をとられた上に、話に置いてけぼりにされたのが気に入らないのだろう。これからもベルナードと会うたびにセレンに嫉妬されるのかと思うと、アリアはすっかり憂鬱になった。

 その後、控えていたメイド達からお茶会の顛末を聞いて激怒した母がセレンを呼びつけ「我が家の家業の基礎の知識すら答えられない上に、妹の失態を見かねて手助けしたアリアにやつあたりするなど、それこそシンディ伯爵家にとっても人間としても大恥です! 反省なさい!」とこっぴどく叱って、泣きわめくセレンを部屋に閉じ込めて再教育を施すと宣言した。

 同じくセレンに振りまわされている兄に聞いたアリアはこれで少しは大人しくなると良いなと思いつつも、わがままな妹が生真面目なベルナードとうまくやっていけるのか不安を感じた。


―――


 アリアの心配は半分当たった。

 ようやく母に許されたセレンは癇癪を起こしたことを謝り、アリアも許したことで姉妹の仲は元に戻ったが。セレンは「ベルナードともっと一緒にいたい」と寂しがるようになり、次第に「ベルナードが冷たい」と愚痴をこぼすようになった。

 最初は励ましていたが、いつまで経ってもベルナードへわがままを言い続けるセレンにうんざりし、思い切って彼にどうしてほしいのだと尋ねた。すると、セレンは「恋人たちの愛はお互いを一番大切な相手として、いつも深く想い合うこと。だから、愛するベルナードともそうなりたい」のだと夢見るような顔で言った。

 夢見がちな妹が大好きな恋愛小説の恋人たちに憧れ、それを婚約者のベルナードにそっくりそのまま求めることにアリアは頭を抱えた。

 ベルナードと仲の良い兄曰く、彼は将来侯爵家を継ぐ兄の補佐をするために少しずつ仕事を任され、今は手一杯なのだという。それでも休みの日やセレンが侯爵家に来た時には会う時間を設け、こまめに手紙を送ってきているそうだ。

 アリアから見ると十分すぎる程にセレンを大切にしていると思う。しかし、人1倍愛情を欲するセレンはそれでは満足できずに、ベルナードに自分が望むように愛してほしいと頑なに訴えつづけている。セレンの甘えたがりとベルナードの献身的な優しさが悪い方に向かってしまった。


(セレンの甘えたがりには困ったものだわ。でも、それだけベルナード様を本気で愛しているのね……)


 おそらくセレンとベルナードの仲を心配する母や兄が知れば、相手の都合を考えずに自分の想いだけを押しつけるセレンをわがままだと叱り、むしろ身分が上で忙しいベルナードを気遣いなさいと叱責するだろう。

 最初はアリアもそう思っていたが、話を聞いているうちにセレンはベルナードを心から愛していて、だからこそ自分を見てくれない彼にどうしたらよいかわからずにやきもきしているように思えてきた。

 それはアリアが婚約者のライルには持っていない激しい感情で。愛を見つけたセレンをうらやましいと思い、何とかできないか考えた。

 悩んだ末に思い切ってベルナードと仲が良いライルに相談すると、人の好い彼は快く2人の仲を取り持つことを引き受けてくれた。

 おかげでセレンも次第に落ちつき“喜んでくれるから”とベルナードを気遣うようになった。わがままなセレンの成長にアリアは感動し、ライルに深く感謝した。

 それからセレンはライルを師として仰ぎ、彼が家に来た時には顔を出してベルナードとの仲の相談を始めいろんな話をするようになった。兄は「姉の婚約者に馴れ馴れしくしすぎだ」と良い顔をしなかったが、アリアが「セレンとベルナード様の仲を取り持ってくれているの」と頼むと、渋々見逃してくれた。

 そんなある日、セレンが「今度のパーティーで付けるブレスレットのデザインの相談にのって欲しい」とやって来た。アリアは不思議に思って尋ねた。


「ねえ、セレン。今度のパーティーは確かベルナード様が贈るって言っていたと思うのだけど……」

「ええ、そうよ。ベルは私の好きなデザインにしようって言ってくれたの。だから、いくつかアイデアを考えておきたくて、センスの良いライルに相談しにきたの。ライルがアリアに贈る飾りはいつも素敵だもの」

「はは、そう言ってくれるとうれしいな。俺で良かったら付き合うよ」


 セレンが甘えるようにライルを見ると、ライルはへらりと笑ってうなずく。しかし、アリアは悩んだ。

 ベルナードはいつもセレンの好みを調べて贈り物をしてくる誠実な人だ。だからきっと“セレンの好きなもの”というのは、セレンの意見を聞いてじっくりと話し合って決めるつもりなのではないかと思う。

 何より、すれ違っていたベルナードとセレンが一緒に過ごす良い機会なのだ。良い物を作りたいというセレンの乙女心もわかるが、ここは婚約者同士で1から話し合った方がお互いの思い出にもなって良いのではないだろうか。

 セレンの機嫌を損ねるととても面倒なことになるが、妹とベルナードの良い関係づくりのためだとアリアは勇気を出して説得することにした。


「それは素敵ね。婚約者へのプレゼントですもの、きっとベルナード様もセレンと一緒にデザインを考えるのを楽しみにしているんじゃないかしら。そういえば、最近は2人でお揃いの物を着けるのも流行っていると聞くし。ベルナード様ももしかしたらそう考えているかもしれないわよ?」

「それは、そうかもしれないけど……」

「お、確かにそうだな。言われてみるとベルの奴妙にはりきっていたし、きっと喜ばせようといろいろ考えてるんじゃないかな。良かったな、セレン。今までの分までベルにた~っぷり甘えてくるといい」


 セレンが好きそうな言葉を交えておだてるも、ライルのデザインが欲しいらしいセレンは渋い顔をした。しかし、ライルも同意すると、セレンは一瞬鋭くアリアをにらんで彼を上目遣いで見上げた。


「う~ん、そうね。今回はそうするわ。また今度相談に乗ってくれる?」

「ああ、いいよ」

「ふふ、ありがとう、ライル! 楽しみにしてるねっ」


 ライルがうなずくとセレンはぱっと花が咲いたように可憐な笑顔を浮かべた。強情なセレンが大人しく引いたことに内心ほっとすると、セレンはちらりとアリアを見てライルに気づかれないように口角を上げる。その意地の悪い表情に嫌な予感がすると、セレンはまた甘えるようにライルの顔をのぞきこんだ。


「あ、そうだっ。せっかく来たんだし、今アリアとライルの分も決めたらどう? 私も一緒に考えてあげるから」


(はあ、珍しくあっさり引いたかと思ったら、これなんだから)


 アリアのためと言いながら、自分の分もちゃっかりと作ろうとしているのだろう。何としてでも自分のわがままを通そうとする往生際の悪いセレンに、アリアは情けを捨てた。


「ありがたいけど、私もライルと2()()()ゆっくり話し合って作りたいわ。せっかくのプレゼントだから大事に使いたいし、その、こういう風に2人で考えて作るなんて初めてでしょ。だから、話し合って将来良い思い出話になるような素敵な物を作れたらうれしいなって思って……」

「そ、そうだな。俺たちもお揃いの物を作ろう。それに思い出かあ、ロマンチックで良いな……」


 少し恥ずかしかったが本心を口にすると、ライルも頬を赤く染めて照れくさそうに笑う。あえて2人を強調するとセレンは目を吊り上げるも、甘い空気にいたたまれなくなったのか。不機嫌な顔をしながらも帰って行った。


(はあ、良かった。それにしても、セレンったら何を考えているのかしら)


 アリアはうまく収めたことにほっとしながらも、セレンがライルへ向けていた甘いまなざしや、一瞬自分に向けた嫌らしい笑みに薄気味悪さを感じた。

 まさかライルが好きなのかと一瞬疑うも、セレンはアリアが話をしているとすぐに追い払いにくるぐらいベルナードに執着、もとい深く愛しているのだ。きっと優しいライルに甘えているだけだろうと思い直す。でも、不愉快なので、アリアは今後はセレンを近づけさせないようにしようと決めた。

 その後、ライルに会わせなくするとセレンは案の定アリアに文句を言ったが、兄に「おまえが好きなのはベルナードだろう。いつまでもアリアの邪魔をするんじゃない」と辛辣な言葉をぶつけられ、2人の間に割りこんで来ることはなくなった。

 アリアとライルは友人のような関係を続けていたが、その平穏は数年後、突然セレンとベルナードの婚約が解消されたことで終わった。


読んでいただきありがとうございます!

(25.2.24)投稿から1週間以上経ちましたがたくさんの方に読んでいただき、ポイント・リアクション・ブックマーク・誤字報告をいただきありがとうございます! とてもうれしいです。

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