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泡沫リンク  作者: 内田るり
泡沫リンク
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第三章 世界はきみに満ちている

第三章 世界はきみに満ちている




「おはよう。いめ」

 真は相変わらず元気だ。

「その本は?」

 真は本を鞄から取り出すと、僕に見せた。

「浜野がハマりそうな本持ってきた」

「ふぅん」

「あ、後さ、風に聞いた噂なんだが浜野ってすげー足早いらしいぜ」

「え?」

 足が早い? 意外だ。

「五十メートルを六秒台で走るんだとよ」

「ご、五十メートル六秒台?」

 僕はまさに開いた口が塞がらなかった。

「ってことはだ。スポーツの話ももしかしたら興味持ってくれるかもしんないだろ」

「確かに」

 真はなんだかキラキラと輝いている。自分の領分と同じ趣味があるかもしれないとわかって気持ちが抑えられないのだろう。


「うう、いめ」

 真は酷く落ち込んだ顔をしている。何があったか簡単に予測がつく。

「スポーツの話受けなかったんだな」

「そうなんだよ、しかも陸上部に散々誘われて困っているみたいで」

「火に油を注いだな」

「そう、その話はもうしないでって言われた」

 真の作戦は大失敗に終わったようだった。心なしか眉が悲壮感たっぷりに下がっている。

「まぁ、そんな事もあるさ」

「……お前も例の銀髪の彼女に言われたらそう、平静を保てないだろ」

「あ、そうか、それで聞き込みの方はどうだったんだよ」

「地味に無視かい」

「そんなことより」

「……聞いた所、この辺にそんな女の子は居ないそうだ」

「まあ、当たり前か」

 僕は大して落胆はしていない。全身が真っ白な子がこの世にいるなんて信じられない。でも彼女の様子からすると確実に『存在する』。

「お前、そんな子と本当にあったのか? 白昼夢でも見たんじゃないか?」

 少し、ドキリとする。本当にただの夢かもしれないから。僕の理想が詰まった子が単純に夢に現れただけかもしれない。

 でも同じ夢を連続して毎日の様に見るだろうか。初めて夢を見た時からは数日の空きがあった。けれど、二回、三回、と繰り返している内に、段々間隔が狭まって(せばまって)今では毎日同じ夢を見る。

「おい、いめ! 何考え込んでるんだ?」

「彼女は『存在する』よ確実に」

 僕は俯いたまま呟く。

「そんな保証何処にも無いだろ! いい加減に目を覚ませ!」

 真が言う。そうだ。夢からは覚めなければ。現実は見れやしない。僕が一緒に居たいのは夢の中の詩と現実に居る詩とどっちなんだろう。

 また壁にぶち当たった。利亞と時世の時は真のフォローもあったし、現実に相談しやすい事柄だったから、なんとか切り抜けられた。けれど、今回は僕一人だ。詩は協力する気が無いようだし、誰かに本当の事を打ち明けるわけにもいかない。精々、頭がおかしくなったと思われるのがオチだ。

「真、僕は探すよ、詩を」

 僕は両目でしっかりと真を見据える。

「そいつ、ウタっていうのか。だから御鏡唄に執着してたんだな」

 真はまるで自分が痛いみたいに沈痛な表情をする。

「なるほど、そういう事ね。私に近づいたのは」

 そこには唄さんが居た。僕は居心地悪そうに目線を下に逸らす。

「なーに、重い顔してんのよ。私だってあんたの名前に少なからず興味が湧いてたんだからお互い様よ」

 唄さんはカラリと笑う。

「気になんないのかよ、唄」

「真は考えすぎ、私傷ついてないから」

 それでも心配そうに真は唄さんを見つめる。

「うーん。いめ言うことないのかよ」

 そうだった。赦されているからってこのままで良いわけがない。

「唄さん……ごめんなさい」

 僕は頭を下げる。すると唄さんは言う。

「いいのよ。私こそごめんなさい、気にかけてくれたのにあんな態度とって」

「あー! それは私たちにも言うべきなんじゃないかな!」

 利亞がこちらに寄ってくる。

「そうね、然るべき断罪を用意してあげるわ」

 時世は美しく微笑みながら恐ろしい事を言っている。

「う、わ、悪かったわね」

 唄さんがそういうと、利亞と時世がニヤリと笑う。

「私、苺のシェイク」

「私はアイスカフェラテ」

 二人は自分の要望を伝える。僕や真に対する断罪より遥かに優しい。

「わ、わかったわよ。今日の放課後で良いわよね」

「うん」

「お願いするわ」

 どうやら話は纏まった様だった。


「なんか、やっぱ女子は女子って感じだよなー」

 真が頭の悪そうなことを言っている。

「うん、そうだね」

 僕は適当に相槌を打つ。

「今、バカにしただろう」

「うん、そうだね」

「否定して下さい!」

 真は利亞達の方を向きながら言う。

「いや、唄って結構男からするとつるみやすいだろ」

「うん、確かに」

「でも女子の間に入ってると、やっぱ女子っつうかさ。そんな感じしねえ?」

 真に言われて僕も三人の方を向く。三人で楽しそうに話している。その中に居る唄さんは何と言ったらいいんだろう。女の子の表情で笑っている感じだ。

「何、真って唄さんにも興味あるの?」

 僕がそう聞くと真は固まる。

「は?」

「だって、唄さんを見る目がすごく優しいから」

「そんなわけ無いだろ、俺は浜野以外興味ない」

 真はきっぱりと断言した。

「そっか」

 どうやら僕の勘違いだったようだ。

「それよりいめ、おれは思うんだけど」

「やっぱりお前の言うウタって唄のことじゃないのか」

 真は昔の僕と同じ考えを言う。

「銀のカツラつけて会ってたとか」

 夢でカツラをつける……少し想像しにくい。

「目の色は?」

「カラコン」

「でも目つきとか全然違うよ」

「それはそうだろうけど……それでもお前は唄って名前に惹かれて、唄に近づいたんだろう?」

「うん」

「理由はなんだよ」

「ウタなんて名前、滅多に居ないから」

「そうだよな。だから『外見』なんて気にしなくてもいいのかもしれない」

 真に言われて気がついた。そういえば、詩は夢の中にしか居ないと、何度も言っていた。だから現実では容姿が『違う』のかもしれない。

「そいつの性格は誰に一番近いんだよ」

「……誰にも近くない」

「じゃあ、お前は性格を頼りに探せば良いわけだ」

「うん。真、お前すごいな」

「何だよ、今頃、俺の魅力に気がついたか?」

「やっぱり山にでも埋もれてろ。真」

「酷いね!?」

 確かに真の言う通りだ。現実に居るなら案外、黒髪かもしれない。

「うーん、性格か」

「どんな感じなんだ?」

「大人しくて、抑揚が少なくて、でも安心出来て、神秘的な感じ」

「フィルターかかってないかそれ」

「かかってない!」

 僕は力一杯断言する。

「なんかそういう女子ってこのクラスに居なくないか」

「そうかも」

 大人しい子は居るが、なんだか詩とは繋がらない。

「じゃあ、やっぱり他校の女子か」

「あ、でも何才なんだろ」

「なんでそんな肝心な事知らないんだよ」

 それはそうだが、どうしよう。後で聞いてみるとは言えない。

「見た感じ、十五、六才」

「ふーん、年下な感じか」

「うん、もしかしたら中学生かも」

 今夜、夢で聞いておこう。もしかしたらはぐらかされるかもしれないけど。

「じゃあ、俺も中学でそんな感じの女子居ないか調べておくよ」

「お前、中学生にもコネクションあるの?」

「他校の友人に妹がいるんだよ」

「ほんと、社交的だよな」

 僕は、ため息を吐く。なんで僕はこう、内向的何だろう。

「おい、何、ため息吐いてんだ、幸せが逃げるぞ」

「別にいいよ。そんな迷信」

「愛しのあの子との幸せも逃げるぞ」

 それを言われると辛い。

「う」

 僕は大人しく口を閉じた。

「お、効果絶大だな……今度利用してやろっと」

 真がぶつくさ何か言っている。

「何か言ったか、真」

「いんや、何も?」

 絶対嘘だ。

「それじゃ、また休み時間にな」

 時刻は八時二十分をさしている。チャイムの音が鳴った。


「よっし、昼飯のじかんだぞ」

 僕らは机を合わせる。その中には唄さんも居た。

「はあ、机の移動面倒くさいわね」

 唄さんはため息混じりに呟く。

「あら、こんなことでバテるのかしら。もうお年?」

 時世が喧嘩を売る。それに対して唄さんは顔を赤くして抗議する。もう見慣れた風景だ。

「二人とも元気いいね~。私、ヘトヘト」

 利亞は疲れをみせている。多分、英語の授業のせいだ。利亞は英語が大の苦手だから。

「そろったな」

 真が言う。

「頂きます」

 全員で手を合わせて言った。

「さて、今日の唄のご飯はどうかな」

 利亞はさっきまでの疲れは何処やら、唄さんのご飯をロックオンしている。

「私は人にご飯はあげないって言ったでしょ!」

 唄さんはなんとか唐揚げをガードする。

「隙有りね」

「あ!」

 時世が油断していた僕のほうれん草の胡麻和えを奪う。

「あーあ、いめと唄は今日も大変だな」

 真は一人、我関せず、僕らの動向を見守っている。しかし──

「ジャムサンドもーらい!」

 利亞が真のパンに手を出す。

「何っ!?」

「へへー、真が菓子パン持ってるなんて久しぶりだからね」

「くそっ! 俺の数少ない栄養源が~!」

 真は、利亞からパンを奪い戻す。

「うわ! ジャムの部分がねぇ!」

 なんという早業だろう。利亞はジャムのある部分だけ器用に食べていた。

「もぐもぐ、これで、もぐ、私の勝ちだねもぐもぐ」

「ちくしょう! 利亞、覚えてろよ!」

 そう言って、真は利亞の弁当箱にも手を伸ばす。しかし、すぐにかわされる。

「そう簡単には攻略出来ないよ。百戦錬磨の私に敵うかな」

「私は適うわよ」

 時世が横から、利亞の漬物を奪う。

「うわー! 時世の裏切り者ー!」

 そんなこんなで僕たちの昼休みは楽しく過ぎていった。


 そして放課後。

「真、今日部活は?」

「ない」

「じゃあ、一緒に帰るか」

「ああ」

 真は呟いた。

「なあ、いめ」

「なんだ?」

「ちょっと相談があるんだけど、良いか?」

「いいけど、なんだよ」

「いや、実はさ──」




『──と、いうことで、真と浜野さんの仲介役頼まれたんだ』

『そう、なの』

 詩はずっと俯いている。具合でも悪いのだろうか。

『詩、大丈夫か』

『うん』

 詩はパッと顔を上げる。どうやら大丈夫のようだ。

『で、詩。質問があるんだけど』

 詩は警戒の色を強める。

『……何?』

『詩って何才?』

『二ヶ月とちょっと』

 それは夢の中で居た時間だ。

『そういう意味じゃあなくて』

『……十六歳』

 詩は渋々といった感じで教えてくれた。

『そっか』

『イメは?』

『僕は十七歳。少し年上だね』

『そうなんだ。イメは年上なんだ』

 詩はボーッとしながら返す。どうしたんだろう。

『詩?』

『あ、なんでもないよ』

『なんか、今日はおかしいけど、どうかしたの?』

 すると、詩は顔の前で手を振る。

『だ、大丈夫。イメ……心配してくれてありがとう』

 そしてそっと微笑んだ。

『(か、可愛い!)』

 僕は詩を抱きしめたい衝動にかられたがなんとか押さえる。

『……イメ?』

 今度は僕の顔を覗き込みながら首を傾ける。

『(だから、何でそう、いちいち動作が可愛いんだ!)』

 もう大分限界だった。抱きつき魔と思われてもいい。僕は詩に手を伸ばす。


「…………」

 また肝心な所で目が覚めてしまった。空気を読んで欲しい。

「ふぁぁ~あ」

 僕は伸びをすると、今日の面倒な事が頭を過ぎった。「浜野との間を取り持って欲しい」そんな真の相談事。何故かわからないが、少しの嫌悪感とかなりの面倒くささがあったが、真には今までフォローをたくさんしてもらったし、その恩義を返すにはそのくらい手伝うのは当然だとも思う。

「寝目~、ご飯出来てるわよ~」

 一階からお母さんの声がする。僕は今までの思考を中断して、支度を済ませ、一階に下りる。「おはよう。お母さん、お父さん」

「おはよう寝目」

「ああ、おはよう」

 二人に挨拶を済ませると、僕は自分の椅子に座る。

「頂きます」

 今日は納豆だ。


「あ、おはよう唄さん」

「おはよう、紺生……なんだか浮かない顔ね」

 そうだろうか。僕自身はいつも通りだと思うのだが。

「え、そう?」

「うん。なんか一日悩みましたって顔」

「えぇ~、昨日は僕そんな悩んでないよ」

「じゃあ、いつもは悩んでるの?」

「利亞」

「まあ、寝目君、繊細だしね」

「時世」

 朝はいつもバラバラなのに今日はみんなほぼ同じ時間に到着したようだ。あのスポコンを除いて。

「うっす、おはよう!」

 と思っていたら、真も到着した。

「あら、真君、今日は早いのね」

「いや~目が冴えちまって」

 十中八九、浜野さんとの事だろう。

「好きな人の事でも考えていたのかしら?」

 時世は恐ろしい。真もかなりびびっている。顔なんて青くなって小刻みに震えている。

「そ、そんなわけないだろ」

「あら、可愛い野うさぎは目の錯覚かしら」

「ひぃいいいいいい」

 ひぃいい、思わず僕も心の中で叫ぶ。

「このくらいでびびるなんて男ってアホね」

 唄さんは腕を組んで余裕そうな表情をしている。しているが、頬を伝う汗を僕は見逃さなかった。……唄さんもびびっている。

「え、何? やっぱ、真って好きな人いるんだ」

 この中でまともに動けるのは、能天気な利亞ぐらいだ。

「と、とにかく、違うからなっ! 俺は違うからな!」

 真は捨て台詞を叫んで、自分の席に向かう。

「じゃ、じゃあ僕も、そろそろ準備しないと」

 そそくさと、真の後に続く。

「イメ」

 利亞に腕を引き寄せられる。そして耳元で囁かれた。

「好き」

 僕は耳を真っ赤にして席に向かう。そして今度は反対側から囁かれた。

「好きよ、寝目君」

 もう僕に構わないでください!

 助けを求めるように唄さんの方を向いたら、目線を逸らされた。自分で何とかしろとっ!? どうしたらよいだろうか。僕は詩の事を考える。すると、自然と口角が上がる。でも火照った頬はさらに赤くなり、心音も勝手に暴れだす。

「はぁ、朝から疲れる」

 僕はまたため息を吐く。このペースじゃ幸せなんて一つも残っていないんじゃないか?

「うぉ、いめ……赤りんごってこういうのを言うんだな」

「うるさい」

 僕はこれ以上見られまいと下を向く。

「おー、隠しても耳真っ赤。あはは」

 わらうな! とツッコミたかったが、今の僕にはそんな余裕も無い。

「おはよう送田君、紺生君」

「は、浜野、おはよう」

「おはよう浜野さん」

 真は思いっきりどもって、顔を赤くしている。僕は内心クスリと笑う。さっきのお返しだ。

「これ、借りてた本返すね」

 浜野さんに僕が貸していた本だ。

「うん、面白かった?」

「うーん、私にはちょっと合わなかったかな」

「そっか」

 また真に睨まれている。だから、そんな顔するなって。お前も混ざればいいだろ、ぼそりと呟く。

「浜野この本、面白かったぜ」

 どうやら気持ちが通じたようだ。真も会話に混ざる。

「本当? 良かった」

 浜野さんは微笑む。

 あれ、何でだろう。僕はその微笑みに疑問を感じた。違和感がある。でも、何が違うのか言葉に出来ない。もどかしい。

「そういえば、浜野さん、放課後空いてる?」

「うん。空いてるけどなんで?」

「ちょっと、話があるんだ」

「話?」

「そう」

「わかった」

「放課後に教室に残ってて」

「うん、じゃあね紺生君、送田君」

 浜野さんは笑顔で手を振って自分の席についた。

「これで、良いんだろ?」

 僕は真を見る。真は赤くなったり、青くなったり、一人で百面相をしていた。

「あ、ああ。ありがとな、いめ」

「お前、浜野さん相手だとどもりすぎ」

「しょーがねーだろ、お前は愛しの詩ちゃんと普通に会話できるのかよ」

 抱きしめたい衝動はあるが、緊張はあまりしない。

「真よりはマシだと思うよ」

「ふーん、やっぱり会話してんだな」

 真が何か呟いた。でも僕には届かない。

「何か言った? 真」

「いんや、何も」


「はぁ、恋って切ないものだな……」

 昼休み、真がぼやいたら、全員が大爆笑していた。勿論僕もだ。

「こりゃ、明日は台風かな」

「あられかもよ」

「地球最後の日かもね」

「ていうか真気持ち悪っ!」

 利亞がみんなの気持ちを代弁してくれた。

「何、みんなして馬鹿にするんだよ」

 それは真だからとしか言い様がない。

「まぁ真だしね」

 みんなの意見は見事に合致した。

「それにしても、そろそろ意中の相手を教えてくれても良いんじゃないかな、真君」

 利亞が何やら言っている。

「いや、あんま言いたくないんだけど」

「相談に乗れるかもよ?」

「いいや、もういめにアドバイスもらったしな」

「ええ~、私達だけ除け者~!?」

 利亞が不服そうに話す。

「まあ、付き合う事にでもなったら紹介するよ」

「お、その反応は自信アリ!?」

「利亞、お前ほんとうるさいな!」

「いーっだ」

「あんた達、漫才してないで、そろそろ片付けないと時間やばいわよ」

 唄さんが冷静に指摘する。

「あ、ほんとだ!」

 みんなで撤収作業を開始する。


「よし、そろそろいい頃合かな」

 放課後の教室、僕は外で隠れていた。何故かといえば、少し気になるからだ。真に許可をとっているわけではない。だからこそ慎重に距離をとって、隠れている。


 ガラリ、真が教室の扉を開ける音だ。

「あれ、送田君?」

「あ、あーっと、浜野」

「紺生君、私に用があるんじゃないの?」

「あ、そこは悪かった。実は用があるのは俺の方なんだ」

「送田君が?」

「ああ」

 少しの沈黙。

「浜野」

「うん」

「俺、俺は──」

「…………」

「俺は浜野が好きだ!」

「え」

「付き合って下さい!」

 真の声は心に響いた。僕は思わず胸を押さえる。なんで盗み聞きなんてしているんだろう。僕は自分に呆れた。

「私、私は──」

「え……浜野? どうして泣いてるんだ」

 僕は口角を上げていた。何故?

「だって、私は紺生君が、話が、あるって」

「なんだよ、それ、じゃあ」

 真が呆然としているのがドア越しでもわかる。

「私は──」

 急に目の前の扉が開く。浜野さんが開けたんだ。僕は浜野さんを見る。泣いている。彼女は真のせいで泣いている。

「……イメ」

「え」

 その時、浜野さんと詩がダブって見えた。

「詩……?」

 浜野さんは泣き笑いしながら逃げていく。早い。とても僕じゃ追いつけない。でも走る。彼女を追いかける。一人になんてさせない。

「っ浜野さん!」

「いめ、なんでお前が此処に!?」

 後ろから真の声が聞こえるが無視する。今は彼女が大事なんだ。

 そういえば、詩も逃げるのが早かったなと、今更納得する。浜野さんは詩とは外見が全く違う。セミショートの茶髪に茶色の瞳、丸みを帯びた体つき、背は僕より少し低いぐらいだ。

 だから詩は現実には存在しないなんて言ったんだ。それはそうだ、詩と浜野さんは似ても似つかない。でも精神面ではどうだろうか。僕は浜野さんを追う。


「はぁはあっはあはぁ」 

「はぁ、浜野さん、はあ、やっと追いついた」

「どうして、追ってきたの? 紺生君」

「それ、もうやめようよ」

「それって何?」

 浜野さんの瞳からぽろぽろと涙が頬を伝う。『僕のせい』で泣いているんだ。

「夢の中でも外でも僕の前ではそんなじゃなくても良いんだ」

「……紺生君は私を見つけてくれなかった」

「ごめん、必ず見つけるって言ったのに。でも聞くよ、あなたは詩ですか」

「……はい。私は詩です」

 すうっと、表情が無機質になる。抑揚も少ない。やっぱり詩だ。

「そっか……僕はイメです」

「やっぱり、紺生君がイメだったんだね」

「うん。でもなんで浜野さんはそのままの姿じゃなかったの?」

「あれが、私の理想の姿……だからだと思う」

 外見の願いは反映されるんだ。何しろ夢だしな。

「浜野さんが失望するって言ったのは、外見が違うから?」

「ううん、私だって知ったら失望すると思ったから」

「そんなわけないよ、浜野さんはとても魅力的な女の子だよ」

「……ありがとう、イメ大好き、付き合って欲しい」

 その時、屋上の扉がガラッと開く。

「おい、これはどういう事だよ、いめ」

 そこには真が居た。

「真、ごめ……!」

 ガンっと頬に衝撃が走った。……僕は呆然と頬を押さえる。頬はずきずきと痛む。

「浜野がお前が探してた詩だっていうのはわかった」

「う、ん」

「でも、お前夢の中の詩に恋してたんだろ?」

 真の言いたいことがわかる。でも僕は頷くことしか出来ない。

「うん」

「俺は浜野に、浜野愛衣に恋してるんだよっ!」

「送田君それは、私が好きって意味だよね?」

「そうだ」

「でも送田君が見てきた浜野愛衣は偽物だよ」

「それでも、全てが嘘ってわけじゃないだろ!」

「そうかも、でもオクルダ、私に恋出来る?」

 浜野さんがまた(少し表現がおかしいが)詩になる。すると真はたじろぐ。

「浜野……今までの態度が全部偽物だったんだな」

「そうだよ。オクルダ、それでも私が好き?」

「わからない、でも浜野は浜野なんだ、それだけは変わらない」

 僕はどうだろう。浜野さんの見た目の詩……じゃない、浜野愛衣さんを好きかどうかだ。

「浜野さん、僕は詩の外見含めて、詩が好きだった。だけど浜野さんはちゃんと詩の部分があるんだよね」

 そういうと、浜野さんはニコリと笑う。

「うん。イメ。性格はほとんど私」

「でも、今すぐに浜野愛衣さんを好きだとは言えない。もう少し待ってもらえるかな」

「わかった。待ってる」

 少し寂しそうに言う。

「そうだ」

「何? 浜野さん」

「これからは愛衣って言って」

 僕は単純に嬉しかった。だから応える。

「わかったよ、愛衣」

「ありがとう。イメ」

「おい、俺に言うことはないのかよ、いめ」

「覗き見してごめん」

「ああ、俺も殴って悪かった。それでも浜野、お前を諦めたわけじゃない」

「わかった。明日からは普通の私で登校するね」

 それは良いのだろうか。浜野さんが頑張って築き上げたコミュニティを壊しかねない。僕は心配そうに見つめる。

「大丈夫。元からすごく仲の良い友達はいなかったから」

「悪いな、浜野。でも俺は本当の浜野を知りたい」

「うん……わかった」




 僕は目覚める、白い白い世界で。

『イメ』

『詩……じゃない、愛衣』

 詩はすっかり愛衣の外見になっていた。

『なんで僕達はこんな夢を見るんだろう?』

『それは……私にもわからない』

『そっか……明日、本当に良いの?』

 僕が一番不安な事を尋ねる。

『大丈夫。イメは傍に居てくれる?』

『居るよ。絶対に』

『……私、不安だった。イメが本当はイメじゃなかったらどうしようって』

『でも、もうわかったでしょ? 僕は紺生寝目だよ』

 彼女は不安そうな顔をしている。まだ信じられないのかもしれない。僕だって信じられない。あんな真っ白な子が実在しているなんて。

『ねえ、イメ。抱き締めて』

 愛衣は少し甘えん坊だ。そんな事実が嬉しくて、僕は思わずニヤける。

『あ、今、イメ。変な顔してた』

 簡単にバレてしまった。

『いや、だって、二人きりだなーと思って』

 僕はほんの少し嘘を吐く。本当の事なんて恥ずかしくて言えない。

『あ、ふたり、きり』

 愛衣も今気づいたのか頬を赤らめる。それからその顔を隠すように僕に抱きつく。

 ドクン、ドクン。

 心臓がうるさい。破裂してしまいそうだ。詩は僕より小さかったから誤魔化せたが、愛衣の外見をしている時は身長にあまり差がなくて、ダイレクトに心音が重なる。

 ドクン、ドクン。

 重なってどちらのものかわからなくなる。

『ねえ、愛衣はいつ僕の事好きになったの?』

 耳が熱い。

『高校一年生の時』

 喉が渇く。

『なんで好きになったの?』

 頭に血がのぼる。

『私のこと、泡みたいだって言ってくれて』

 触れる手足が熱い。

『なにそれ、僕、何考えてたんだろう』 

 自然と唇に目が行く。

『私にぴったりな言葉だったよ』

 愛衣は目を閉じる。

『本当はね、考える余地も無く愛衣が好きだよ』

 僕はそっと、自分の口を近づける。




「……っ、なんでここなんだよ!」

 相変わらず夢は空気を読んでくれない。いや、逆に読んでくれたのかもしれない。初キスが夢の中じゃあ、少し残念な気がする。起きれて良かった。

 僕は準備を整えて一階に下りる。

「お母さん、お父さん、おはよう」

「寝目、今日はやけに早いわね」

「眠れなかったのか?」

「いや、大丈夫」

 僕は適当に相槌を打って、椅子に座る。

「まだ、ご飯できてないけど」

「あー、今日はパンにする」

「そう、じゃあ焼いとくわね」

「うん」

 チン、という音とともに香ばしい匂いがする。僕は食パンを手に取ると、マーガリンをつけて、かぶりつく。サクサクといった食感とともに少ししょっぱいマーガリンの味がする。

 そして、次は牛乳を飲む。

「んくんくっ……ぷはぁ」

 冷たいものが喉を通っていく感触がする。

 僕は朝食を平らげると、鞄を手に取り、玄関に向かう。

「寝目、もう行くの?」

 お母さんが疑問に思ったのか聞いて来る。

「うん、ちょっとやりたいことがあって」

「そう、行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 僕はそう告げると家を出た。


「おはよう、真」

「おう、俺が言うのもなんだが、頬大丈夫か?」

 昨日、真に殴られた左頬は今も腫れている。だが、このくらいなら大丈夫だ。

「平気だ」

「そうか」

「おはよう、二人とも、今日は早いわね」

「唄さん。おはよう」

「おはよう、唄」

「? ……二人とも妙な雰囲気ね」

「ああ、まあなんてことはない」

「そう?」

「うん、心配無用だよ、唄さん」

「わかったわ」

 そう言うと唄さんは自分の席に着く。

「で、いめ、俺の言いたい事はわかってるんだろ?」

「どっちが本当の浜野愛衣を好きかって事だろ?」

「そうだ。そして今日の浜野の様子を見て、それは決まる」

 要するに宣戦布告だ。どっちが本当の愛衣を見れているか。その勝負だ。

「おはよー」

「はよっ」

「よーっす」

 教室に段々人が集まり始めている。きっと彼女はもう少しでやって来る。

「……おはようイメ、オクルダ」

 それは予想外にも早く訪れた。

「おはよう、愛衣」

「……おはよう浜野」

「おはよう愛衣ちゃん」 

 クラスの誰かが愛衣に挨拶する。

「……おはよう」

「え?」

 抑揚の無い平坦な声。それにクラスメイトは驚く。

「浜野さんおはよー」

「おはよう」

「へ?」

 一人、また一人、と段々愛衣の異変に気がつく。そして教室がざわつく。浜野さんどうしちゃったの、とか愛衣ちゃんがおかしくなったなどと、みんな愛衣を中心にして話題を展開する。

「大丈夫? 愛衣」

 僕が見かねて声をかける。

「大丈夫だよイメ」

 表情にはまるで出ていないが多分、彼女は傷ついている。今すぐ抱きしめたいがその衝動をなんとか押さえる。

「浜野、今まで無理してたのか?」

「……少しだけ」

 真の質問に俯いて答える。真は小さく成程、と呟く。

「ちょっとどうなってんのよ」

 唄さんがこちらにやって来る。

「いやー、こいつの運命の人がようやく見つかったみたいだ」

 真が寂しそうに呟く。

「え? 真?」

 僕は驚く。真はもう愛衣の事を諦めたのだろうか。

「俺の見てた、浜野はやっぱり別人だ」

「浜野が別物? ああそういう事ね」

 唄さんは納得したように呟く。

「自分隠してる奴なんて見りゃわかるわよ」

「まじで?」

 真がたじろぐ。

「だって、私がそうだったもの。軽度だけどね」

「あー、俺の恋はなんだったんだ」

「でも本物の恋でしょ」

「そうだな、あ、いめ、もう浜野さらっちまえよ」

 僕は、は? と一瞬硬直する。でも言った意味はなんとなくわかった。

「愛衣、行こう」 

 僕は強引に愛衣の腕を掴む。

「え? イメ」

 そして教室から出て走り出す。

「ねぇ、どういうこと? イメ」

「今日ぐらいサボっちゃおうよ」

「え? え?」

 愛衣は状況がまだわかっていないようだ。取り敢えず、制服じゃ目立つから、私服に着替えて出直そうか。僕は走りながらそんなことを考えた。

















   



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