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泡沫リンク  作者: 内田るり
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第二章 幻が現実になるとき

第二章 幻が現実になるとき




 僕は呆然としていた。

御鏡唄(みかがみうた)です。よろしく」

 転校生はつまらなそうに自己紹介した。いや、そんなことより名前だ。御鏡唄。漢字こそ違えどウタという名前だ。僕は期待した。唄が詩じゃあないかと。


「おい、どうしたんだよ、ずっとぼーっとしてさ」

 真が後ろからちょっかいを出してくる。それをかわして、僕は御鏡さんを見る。つり目がちの茶色い瞳に赤茶の髪の毛を高い位置からポニーテールにしている。その髪は肩につく程度で思ったより長くはない。そして何よりもその整った顔に僕は見惚れる。

 けれど少し冷静になって考えると、詩とは真逆だと思った。なんとなく高圧的な雰囲気に加えて、さっきのつまらなそうな声、どれも詩には当てはまらない。何しろ詩は真っ白だ。しかし彼女は全体的に紅みがかっている。

 しかし、名前が唄というのがかなり気にかかる。授業が終わったら話しかけてみよう。


「あの、御鏡さん」

「何よ」

 彼女は話す気ゼロなのかこちらに向かず、言葉を放つ。

「少し話があるんだけど」

「私には話す気なんてないわ」

 真っ向から自分という存在を否定された気分だ。

「いめ、初日から転校生口説くなんてお前も変わったな」

 真が僕の肩に手を置きながら御鏡さんを見つめる。

「何、やっぱり私の顔が目的なわけ?」

 それは酷く冷めた声だった。僕は思わず片腕をさする。

「それは自意識過剰じゃないか。俺のダチは顔で人を判断なんてしないぜ」

「あんた寝目って名前なの?」

 彼女は真を無視して僕に話しかけてきた。

「そうだけど」

 彼女は僕の方に顔を向ける。そして言った。

「寝目……夢の語源。あんた夢好き?」

 僕は驚いた。僕の名前の意味を言い当てたのは彼女が初めてだ。そして、夢について聞いてくる。これはまさか本当に、本当じゃないか。

「ちょっと前まで嫌いだったよ」

「ふぅん、今は好きってわけね。……そう」

 それだけ言うと彼女はまた前を向く。そして人間味のない無表情に変化する。


「いめ、さっきのは何だったんだよ」

「僕にもよくわからない」

「なんだ、そりゃ。知り合いってわけでもないんだろ?」

「多分ね」

「多分……?」

 真は怪訝そうに僕を見つめる。僕にだってよくわからない。始めの頃、詩は夢の中の僕が作った人間だろうと思っていたが、最近になって詩は実在するのかもしれないと思い始めた。

 けれど、もし夢の中の詩と、本物の詩が正反対の性格をしていたらどうだろう。僕は彼女を見つける気になれるだろうか。

 いいや、それでも一度決めた事だ。僕は詩を絶対に見つける。だってきっと彼女は苦しんでいるから。その理由はわからないけれど。

 と、なればする事は一つ。


「で、なんで私が昼食に付き合わなきゃならないのよ」

 御鏡さんは整った眉をひそめる。利亞は威嚇しているし、時世は我関せず、真は何か思い悩んでいる。

「御鏡さん、先約あるの?」

「ないけど」

「じゃあ、いいじゃないか」

「私は認めないからねっ!」

 利亞は息巻いている。最近は一緒に食べない癖に今日は着いてくる様だ。

「私は構わないわよ」

 時世はマイペースだ。

「俺もまあ、断る理由は無いな」

 真はいつも通り穏やかに返す。

「ほら、食べようよ」

 僕は御鏡さんの腕を取る。すると御鏡さんは僕の手を振り払って、しょうがないといった表情で渋々僕らの輪に並んで座る。

「言っとくけど、今日だけだからね」

 御鏡さんは、腕を組んだ後、鼻ををフンッとならして、そして、弁当箱を取り出して、さっさと咀嚼を始める。

「御鏡さん協調性無さすぎ!」

 利亞がいちいち御鏡さんに喧嘩を売る。

「それが何?」

「え?」

 利亞がたじろぐ。今までこういうタイプを相手にした事が無いからだろう。

「私は一人で居るのがいいの」

 御鏡さんは少し俯いて答える。

「本当にそうかしら」

 時世までが御鏡さんに突っ込む。

「何が言いたいの?」

 これでは泥沼だ。真は大人しく昼食を食べている。僕が誘ったんだから、僕がフォローするしかないか。

「み、御鏡さんは夢って好きなの?」

 そう言うと、僕はギロリ、と目だけで睨まれる。僕は内心ドキドキしながら平静を保つ。

「嫌いよ、大っ嫌い」

 その厳しい眼差しのまま僕を見る。そして、御鏡さんはふと目線を逸らす。

「御鏡、でいいか?」

 真が御鏡さんに話しかける。

「ええ、いいわよ」

「御鏡さ、俺達の事はどうでも良いけどいめには興味あるんだろ?」

 それはどうなんだろう。対して態度に差は無い様に感じる。

「そうかもね」

 それに利亞が噛み付く。

「それどういう意味? まさかイメが好きなの?」

 いくらなんでもそれはないだろう。

「その辺は私としてもはっきりしておいて欲しいわね」

 時世までもが御鏡さんに牽制する。

「寝目ってモテるのね、でも私は興味があるだけよ」

 興味、とはどういう意味だろう。

「あ、馴れ馴れしく寝目って呼ぶな!」

「だって私、彼の苗字知らないから」

「うぐぐ」

 なにやら利亞がうなっているが、そういえば自己紹介がまだだった。

「遅れたけど、僕は紺生寝目」

 僕が一番に自己紹介する。

「俺は送田真。送田でいいぜ」

「私は時雨時世。呼び方はなんでも構わないわ。好きに呼んで」

「うぅ~、私は高天原利亞」

 最後に利亞が納得いかなそうに自己紹介する。

「そう……私は御鏡唄。呼び方は適当で構わないわ」

「じゃあ、御鏡さんこれからよろしく」

「私はあんまりよろしくしたくないけどね。まぁ、紺生、送田、時雨、高天原……よろしく」

 視線を外したまま御鏡さんは言う。なんとなく僕は、御鏡さんは照れ屋なだけかもしれないと思った。


「おい、いめ、御鏡とはどういう関係なんだよ」

「え? だから言っただろ知り合いじゃないって」

「に、しては積極的だよな。俺にはお互い興味あるように見えたぜ」

 真が勘繰る。そうは言われても、今の状況はとても説明しずらい。まさか、夢に出てきた人物と同じ名前だから、なんて言えるわけもない。これではただの頭のおかしい奴だ。

「いや、彼女の名前が綺麗だなーと思って」

「お前も名前かよ。でももうちょっとマシな嘘つけよな……まぁ、話したくないならそれでいいけどよ」

 真には僕の拙い嘘は通じない。わかっていたけど、緊張で胸がどきどきする。

「いつか、話すよ」

 ……詩が現実になったら。

「そうか、それでいいけどな」

 真は取り敢えず納得といった感じだった。

「イメ、やっぱりあの子が好きなんでしょ! ああいう子がタイプなんでしょ!」 

 ちょっと、ほんのちょっとだけ利亞が鬱陶しい。

「利亞、言い過ぎよ。少しは落ち着きなさい」

 僕はちらりと、御鏡さんの方をみると、彼女はこちらを睨みつけていた。多分警戒されているんだろう。目が合う。僕は微笑む。そうすると、彼女はぷいと、視線を逸らす。心なしか頬が赤くなっている気がする。僕は結構可愛い所あるな、と思った。


「じゃあな」

「ああ」

 放課後、部活に誘われている真と別れて僕は帰路につく。今日は色々なことがあった。漢字が違えど、唄という女の子が転校してきた事。その子に名前の意味を言い当てられて、夢は好きか、と聞かれたこと。他にも、昼食に誘った事。本当にたくさんだ。


「ただいま」

「おかえり寝目、今日は早いのね」

「うん」

「お風呂沸いてるから入っておきなさい」

「わかった」

 僕はさっとお風呂に入ると、さっさと宿題に取り掛かる。今日は数学のプリントだ。はっきり言って僕はこてこての文系だ。数学はあまり得意じゃない。それでも教科書と照らし合わせながらなんとか終えた。

「寝目、ご飯よー」

 タイミングよくお母さんに呼ばれる。僕は返事をして一階に下りる。とんこつの香りがする。今日はラーメンの様だ。


「寝目、今日の学校はどうだった」

 お父さんに聞かれる。

「今日は転校生が来たよ」

「まぁ、こんな時期外れに?」

 お母さんが言うのも無理はない。今は七月だ。

「どんな子なんだ?」

「御鏡さんっていって、ちょっと高飛車だけど照れ屋な子……かな」

「あらあら、もうお友達になったの?」

「え?」

 僕は質問の意味がよくわからなかった。

「だって、もう性格まで知ってるんでしょ。寝目にしては積極的じゃない」

 お母さんは、キラキラとした目をしている。……これは利亞と同じ目だ。他人の恋バナをほじくろうとしている。僕は冷静を装って言った。

「なんとなく仲良くなれそうな気がしたからだよ」

「そうなのー? 本当に?」

 お母さんはすっかり若返った様子だ。僕は微妙な気分でそれにはいはい、と返す。

「もう、シャイなんだから」 

 二階に上がる途中で言われる。僕はお母さん若返りすぎ、と思った。




 白い、白い夢。いい加減に僕もこの状況には慣れた。いつも通り、銀髪の少女を探す。

『……詩』

 僕は静かに囁く。

『なあに、イメ』

 それだけで、詩に届く。僕はその声に安心する。

『ねぇ、現実で詩かもしれない人に会ったんだ』

 それを言うと、何故か詩は暗い顔をしながら俯く。

『本当に……?』

『うん、詩じゃなくて唄なんだけど』

『詩じゃない……? 私は詩だよ』

 そういう意味ではない。

『漢字が違うんだ。口に貝って書いて唄』

『違う、違うよイメ。私はあくまで詩。詩以外の何者でもない』

 本当にそうなのだろうか。

『でも君は実在しているんだろう?』

 そう、問いかけると、詩は目を伏せる。そして、冷たく言い放った。

『詩なんて実在しないよ』

 僕は止まった。僕の全てが活動を止める。やめる。詩がこの世に居るって、僕はこんなになるまで期待してたんだ。ようやく自覚する。

『僕は詩が好きだ』

 その言葉はさらりと出てきて、僕の胸の中に染み込む。こんなに馴染む位、詩が好きだ。その言葉を聞いても詩は目を伏せたままだ。

『イメは私なんて好きじゃないよ』

『そんなことない! それに僕の気持ちを推し量る権利なんて君には無い』

『きっと最後には私に失望するよ……イメ』




 目が覚めた。最悪の寝覚めだ。これは振られたという事だろうか。

 僕は朝食を食べながら考える。詩が自分で実在しないと言い張った。けれどこれは嘘だと思う。カレンダーの件もそうだし、詩の態度からして、詩はこの世に存在すると思う。いや思いたい。傍に居たい、話をしたい、笑顔を見たい、触れたい。こんな感情を女の子に持つのは初めてだ。大事にラッピングしてとっておきたい……また乙女な事を考えてしまった。

「行ってきます」

 とりあえずは、御鏡さんに探りを入れよう。僕はそう考えた。


「おはよう~いめ~」

 なんか今日の真はふにゃふにゃしていた。害悪だ。視界に入れたくない。

「おはよう真……僕お前の友達やめていい?」

「な、なんでそうなるんだ! 俺何か悪い事したか!?」

 現在進行形で悪い事をしている。僕に抗議しながらも、真の顔はふにゃらけているからだ。「ふにゃふにゃするな!」

「え? してるかぁ~?」

 まずい自覚症状が無い。これは深刻だ。末期症状と言える。

「真……医者にいこうか」

 僕が思いつめた表情でそう言うと、真はシャキっとする。

「冗談! わかってるって」

「じゃあなんで僕に不愉快な表情を見せ続けたんだよ」

「不愉快って! 言い過ぎだから! ……実は浜野との接触に成功した」

 ああ、だからか。こんなに嬉しそうなのも、今の僕にはわかる。好きな人と話せるってすごく幸福な事だから。といっても、昨日自覚したばかりだが。

「良かったな」

「おう」

 そう言ってから、真は少し狼狽える。たぶん利亞達との事を考えたのだろう。

「ああ、僕の事、気にしなくても大丈夫だ」

「本当か?」

「うーん、ちょっと駄目、かも」

 ほんの少し弱音を吐く。それでも真は呆れずに言った。

「まぁ、あいつらの事ならまた、相談しろよ」

「うん。ありがとう、真」

 そう言うと、真は照れくさそうにはにかむ。……くそっ、何やっても爽やか男め! ちょっとだけ僕は僻んだ。

 さて、僕の方の問題点は如何にして御鏡さんと仲良くなるかだ。僕の印象では彼女は独りで居ることを受け入れる人間には見えない。むしろ、逆で他人との距離感が掴めず、高圧的な態度をとってしまう様に見えた。だから、解決策と言ったら、僕が全力で御鏡さんに接して行くしかない。そして、今日も昼食に誘う。

「御鏡さん、一緒に昼食食べよう?」

 すると彼女は眼光を鋭くして言う。

「嫌よ。今日は一人が良いの」

 そんな返しはいつもの事だ。僕は食い下がる。

「でも、みんなで食べた方が、食事はもっと美味しくなるよ」

「紺生、あんたしつこいのよ」

「うん。しつこいよ」

 僕は笑顔で頷く。

「あんた、なんなの。私の顔が目的ってわけでも無さそうだし。私の事好きってわけでもないんでしょう?」

「そうだけど」

「じゃあ、なんで」

 そんな答えは至極簡単だ。

「友達になりたいから」

「はぁ!? バカじゃないの!?」

 彼女は言葉とは裏腹にどんどん顔が赤くなる。たぶん、それが答えだ。

「いいよね」

 僕は強引に彼女の腕を引っ張る。真や(御鏡さんと一緒のせいか)利亞と時世も僕らの方に机を合わせる。そして空いている席に御鏡さんを座らせる。

「何なのよ、もう!」

「いいんじゃないの? あなた独りでは寂しいんでしょう?」

 時世は御鏡さんの神経を逆なでするようなことを言う。

「っな、そんなわけないでしょ! 時雨って人を見る目が無いのね!」

「あら、そうかしら」

 時世はいつも通り妖しく微笑む。完全に時世ペースだ。

「高天原! あんた紺生が好きなんでしょ? 何か言う事はないの!?」

 今度は利亞に矛先を向ける。

「うーん。まあ性格に難アリだけど、悪いってわけじゃないし、私は言うこと無し」

 珍しく利亞が折れた。これは少し、仲が進展したと、捉えて良いのではないだろうか。

「よし、じゃあそろそろ、食べようぜ」

 真がそう言うと、みんな頂きますと呟いて、咀嚼を始める。

「あ、御鏡さんの生姜焼きおいしそう!」

 利亞が御鏡さんのお弁当に的を絞る。

「あげないわよ」

「えー、代わりに唐揚げあげるから」

「いらないわ」

 はっきりとした拒絶だった。そんなに生姜焼きが好きなんだろうか。

「御鏡さんのケチー」

「ケチで結構、私は自分の弁当を人にはあげないわ」

「あらあら、二人とも仲良しね」

 時世がマイペースに茶々を入れる。

「な、っなかよし!?」

「そうかも!」

 御鏡さんは狼狽えて、利亞は意外にも仲を認める。いい傾向だと思った。僕はずっと、こんな雰囲気で食事を楽しみたいと思った。


 教室の放課後。

「ねえ、寝目君、そろそろ答えを出してもいい時期じゃないかしら」

 ドキリ、とする。あえて、考えていなかったことを時世に指摘される。

「うん。そうだね。僕もいい加減けじめをつけるよ」

 僕の考えは纏まった。それで変わる事はきっとある。でも僕にはもうかけがえのない人が出来たから、変わらず話しかけてくれる人が居るから、時世に引導を渡す。

「寝目君。私、貴方が好きよ。付き合って」

 時世はあえて告白をやり直してくれた。僕も誠実に答えを返したい。

「ごめんなさい。気持ちは嬉しいけど、僕には他に好きな人が居る。だから付き合えない」

 時世は俯いている。その頬に何かが伝うのが見えた。でも僕はそれから視線を外す。

「わかったわ。今は一人にしてくれる?」

「うん」

 僕は、身支度を素早く整えて、教室から出る。僕の胸はズキズキと痛む。けれど「それ」は彼女の方が何十倍も強いはずだ。

 僕は利亞の事を考えた。彼女もきっと、辛い思いをするだろう。それを考えるだけで僕は億劫な気持ちになる。そして、ファンクラブの存在が滅茶苦茶怖い。きっと、またボコボコにされるのではないか。それは多分、決定事項だ。……それでも僕はもう、詩が好きだと気づいてしまった。あとに引けるわけがない。




『詩、居る?』

『イメ……』 

 詩は浮かない様子だった。声も沈んでいて心なしか瞳にも輝きが無かった。

『詩、どうしたの?』

『イメは前に話していた二人の事振ったの?』

『うん。時世は振った。利亞も多分これから振る事になる』

 そう言うと詩は大きくかぶりを振る。

『ダメだよイメ。私の事なんて気にしないで』

『違う、詩。元々振るつもりだったんだ。詩は関係無い』

 詩は大きく瞳を開く。そしてぽろぽろと涙をこぼす。

『でも、私が早めた……そうでしょう? それに、私を探すのはやめて欲しい。私なんて居ないんだから』

 僕は詩の腕を引っ張る。

『きゃ』

 そして抱き締める。小柄な僕でも覆える位、詩は小さい。ちょうどいいサイズだ。ぎゅっとすると、詩の体温が伝わってくる。暖かい。心地良い。

『詩は居るよ』

 僕は優しく呟く。

『居ない、居ないよ』

 詩は拗ねるように言葉を連ねる。

『絶対見つけるから大丈夫だ』

 そう僕が言うと、詩は少しだけ安心したように身を委ねる。

『居ない者を見つけるの?』

『それでも見つける』

 すると、詩はクスリ、と笑う。

『イメって変な人』

『僕より詩の方が変わってるって』

『……そう?』

 こんな抑揚が無いのに言葉が心地良い人間はあまり居ないだろう。

『うん。ねえ、詩。僕は詩が──』




「うわ」

 肝心な所で目が覚めてしまった。流石夢。こちらの都合なんてお構いなしだ。

 僕は支度を整えて、玄関の扉を開ける。自転車にまたがって、ペダルを足で押す。すると、空気が少しベタついて、体についてくる。少し、気持ち悪い。

「あれ?」

 少し先に赤茶色のポニーテールを肩ぐらいまで伸ばした、御鏡さんと思われる姿が見えた。

僕はペダルを漕ぐ足を少し早める。

「おはよう、御鏡さん」

「う、どこからでも湧いてくるのね、紺生」

「そんな何処かの虫みたいな言い方はやめてよ」

「はぁ……おはよう。紺生」

「うん」

 最近は嫌々ながらも色んな言葉を返してくれることが多くなった御鏡さん。なんだかんだでクラスにも馴染んできている。僕はその事が素直に嬉しい。

「紺生って変わってるわよね」

 それは何処かの誰かにも言われた台詞だ。

「そんなに変わってないよ。標準だよ」

 僕はちょっとひょろいだけの一般的な生徒だ。

「標準な人間が私に話しかけてくるなんて有り得ないわ」

 御鏡さんはそう断言する。まあ確かに僕も詩の件が無かったら話しかけなかったと思う。でも、実際話しかけて、友達になれて良かったと思う。

 彼女はなんだかんだで良い人だからだ。

「御鏡さんも変わってるよね」

「ええ、そうね……」

 彼女はそう言うと、俯く。気にしていることだったろうか。

「紺生は何で私に話しかけたの?」

 痛い所を突かれる。夢に出てきた少女と同じ名前だったから、なんて言えない。

「……ま、そうよね。話しかけるなんてちょっとした気まぐれよね」

 彼女は僕の沈黙をそう解釈したようだ。でもこれだけは言える。

「御鏡さんが良い人そうだったからだよ」

「はぁ? 私が良い人そう? なんの冗談?」

「男のカンかな」

「なにそれ」

 彼女は無邪気に笑う。僕も釣られて笑う。

「おい、そこのイチャイチャカップル、今日も元気そうだな」

 振り向くとそこには真が居た。

「誰がカップルだ!」

「誰がカップルよ!」

「おー、息もピッタリだなイチャイチャカップル」

 真からすれば冗談だが、御鏡さんは顔を赤くして激昂している。

「真、お前には見る目が無いんだな」

 僕は最大限の憐憫を込めて言った。

「また、俺を叩きのめすのか! 俺のHPはゼロだぞ」

「合掌」

「拝むな!」

「何、馬鹿やってんの。もう学校着くわよ」

 御鏡さんは呆れた顔で僕らを見つめる。前を向くともう、学校のシルエットが見えた。

「よし、今日も一日頑張りますか」

 真は少しかったるそうに呟いた。

「うん」

「今日は昼食誘わなくていいわよ」

「嫌だ」

 そこははっきりさせておく。大体、僕らが誘わなかったら、すごく寂しそうにご飯を食べていたくせに、本当に素直じゃない。

「う、送田だって私と食べたくなんてないでしょ」

「御鏡って結構ネガティブなんだな」

「な、何よそれ」

「もう俺らは、お前の友達なんだからな」

「はぁ!? そんなわけ無いでしょ」

「やっぱ、自覚無いんだな。こうやって話して、一緒に飯食って、授業中に茶々入れて、これで友達じゃなかったら何なんだ」

「う……」

 御鏡さんは少し俯いて、瞳が潤んでいるのを隠そうとしている。やっぱり基本的に寂しがり屋なんだろう。

「そうだ、今日は御鏡さんの方から、僕達の所に来てよ」

「お、良いな、それ」

 真は同意する。

「な……嫌よ」

 御鏡さんは否定する。でも真はニヤけながら言う。

「御鏡に拒否権は無い」

 僕も続けて言う。

「その通り、それに、利亞と時世も喜ぶと思うよ」

 御鏡さんは僕達を睨んだ後、ため息を吐きながら言った。

「……っ、しょうがないわね」

「よっしゃっ」 

 僕と真はパンと手を叩く。

「ほら、もう着くわよ」

 目の前には校門があった。


「でさ、あのシーン最高だったよな。主人公の隠れた力がようやくわかってさ」

「うん、そうだね」

 浜野さんと真が談笑している。僕はなんとなく寂しい。何故だろう、真と四六時中一緒ってわけでもないのに。

「何、あの二人付き合っているの?」

 御鏡さんが話しかけてくる。

「いや、まだ違うよ」

「ふぅん『まだ』ね」

「うん」

 僕はため息混じりに呟く。

「何よ、送田を取られて寂しいの?」

 そう言われると、僕は何も言い返せない事に気がついた。

「多分、違う……と思う」

「じゃあ、浜野を取られて寂しいの?」

「それも違う……と思う」

 僕が言うと、御鏡さんは目を少し釣り上げる。

「まったく。ハッキリしないわね」

「うん、ごめん」

「何、謝ってんのよ」

「え、あ、うん」

「はぁ、どうも上の空ね。他に何かあったの?」

「何も無いよ」

 それだけはハッキリと言えた。


 今日の昼食はなんだか僕だけ暗い雰囲気で終わった。僕には今日の放課後やらなければならない事がある。それを思うと、自然と暗い表情になる。


「利亞、待った?」

「ううん、待ってない」

 利亞は覚悟を決めた瞳をしていた。僕も覚悟を決める。

「利亞、僕は君の事を」

「うん」

「君の事を女性として見られない」

「っ、うん」

「他に好きな人が居る」

「……うんっ」

「だから……ごめん」

「……わかった」

「うん、それじゃあ」

「待って」

 利亞が僕の裾を掴んで引き寄せる。

「好きな人って誰?」

 ……それは僕の妄想かもしれないあの子だ。どうやって説明しよう。

「えっと、それは」

 僕は自然と眉を寄せて考える。

「言えない?」

 利亞は今にも涙が頬を伝いそうな程、瞳が潤んでいる。そんな瞳で見つめられても、僕は上手く答える術を知らない。

「違う。落ち着いたら、ちゃんと紹介するよ」

 僕に言えるのはそれだけだ。

「もしかして唄じゃないの?」

 ああ、そうだ。『詩』だ。僕が好きなのは『詩』だ。でも『唄』かもしれない。

「違うよ」

「本当に? 私の知らない人?」

「多分」

「そっか」

 利亞はどうやら納得してくれたようだ。

「でも、イメ、私諦めないからっ」

 僕を、涙を流しながら、それでも、真っ直ぐに見つめる視線、利亞はなんて強い子なんだろうと思った。

「後、ご飯、一緒に食べるからね!」

「え?」

「だってアピールする回数は多くなくっちゃね」

「確かに」

 僕は参ったと手をあげて、机に腰掛ける。

「じゃあね、イメ、また明日!」

 涙を腕で拭って、いつも通りの笑顔で利亞は教室から出て行く。

「ああ、また明日」


 さて、問題はこれからだ。一見誰が見ても、人が居ない景色に見えるが、利亞のファンクラブは最早忍者染みている。

「紺生寝目」

 ほら現れた。

「成敗!」




「あはははははっ。またボコられたのかよ」

 真が心底可笑しいと言うようにお腹を抱えて笑う。

「いたた、痛い、痛いです」

「痛くても動かない」

 保健医の先生は相変わらずの強引さでしっかりと包帯を巻く。

「それで、今回はなんでこんな事になったんだよ」

 それは今ここで言って良いものだろうか。僕はひっそりと呟く。

「(利亞に答え返したらこうなった)」

「(まじで? 俺利亞と時世好きじゃなくて良かった)」 

「はいおしまい」

 先生はバンっと背中を叩く。

「痛っ!」

「んじゃ、帰る準備しようぜ」

「うん。先生ありがとうございました」

「気をつけて帰るのよ」

「はい」


「あれ、御鏡さん」

 教室に戻ると、御鏡さんがまだ居た。しかも何処か上の空な表情で。

「どうしたんだよ、御鏡」

「あ、紺生に送田」

 どうやら意識がこっちに戻ってきたようだ。

「何かあったの?」

「実は……」


 要約すると、下駄箱の中にラブレターらしき物が入っていて、どうするべきか悩んでいるようだった。

「うーん、外観からすると確かにラブレターっぽいよな」

 真が言う。僕から見てもそうだった。それは白を基調にして四葉のクローバーの模様があしらってある。しかもハート型のシール付きだ。どう見てもラブレターにしか見えない。

「でも、男からにしてはいかにもって感じだよな」

「そうなのよ、大体、私に好意を持つ男なんているわけないでしょ」

 いや、いるだろう。と心の中で突っ込む。真も僕と同じような表情をしている。

「で、約束の時間はいつなんだ?」

「あと二十分」

 六時ちょうどだ。

「場所は?」

「屋上」

 これから連想できるのはやっぱり告白しかない。

「ちょっと、不安だから、二人とも着いて来てくれる?」

 珍しく御鏡さんが素直だ。僕はそれに答える。

「わかった。真はどうする?」

「俺も後ろから着いてくよ」

 心なしか、真は楽しそうだ。野次馬根性だろうか。

「じゃあ、行きましょう」

「うん」

 というわけで僕らは今、屋上に居る。

「暑いな」

 夕方六時と言っても夏の直射日光の当たる屋上じゃ、暑いのは当然だ。僕らは適当に隠れられそうな場所に移る。

「…………」

 御鏡さんは腕を組んで無言で相手を待っている。

 そして、しばらくしてガチャリ、と扉を開ける音がする。僕はドキドキとした。他人の告白現場なんて見たことがない。

「あの、御鏡唄さん……ですよね」

 なんと意外にも現れたのは女の子だった。まさかのレズだろうか。

「……ええ、そうだけど」

 御鏡さんも面食らっているのが背後からでもわかった。

「あのっ! 私を!」

「はい」

「私を弟子にして下さい!」

「は?」

 僕ら三人は言わずもがな全員停止していた。

「御鏡先輩の絵に、私は感動しました! あの肌の質感、服のしわ、瞳の生き生きとした表情! 是非弟子にして下さい!」

 そういえば、美術の時間に御鏡さんは滅茶苦茶上手い絵を描いていた。

「えっと、あなたは……?」

「あ、すいません自己紹介が遅れてました。私、一年の美月うららです!」

「えーと、美月、さん」

「はい」

「私、人に絵を教えた事ってないのよね、だからそう言われても困るんだけど」

「それでも近くに居れば、技術は盗めます!」

 小さくてか弱そうに見えるがその実、美月さんはしたたかなようだ。

「つまり、私の後を、ついて歩くってこと?」

「というより、放課後の少しの時間だけで構いませんから、美術部に来てください! お願いします!」

 これは困った。なんだかんだで御鏡さんは面倒見がいい。これは断れないだろう。

「う、でも私は……」

「お願いします!」

「うう……わかったわ」

 やっぱり折れてしまった。美月さんはとても嬉しそうにはしゃぐ。まるでプレゼントを貰った子供のようだ。

「じゃあ、さっそく明日、お願いしますね」

「え!? もう!?」

「はい! 明日の放課後お待ちしています! それでは!」

 それだけ言うと、美月さんは軽快な足取りで屋上から出て行った。

「はあ、どうしよう」

 そうは言っても、御鏡さんも満更では無い様子だ。少しだけ口角が上がっている。

「いいんじゃねーか」

「でも、あの子の言い方からして、これから毎日よ」

「それでも、後輩と接点を持つのも悪い事じゃないだろ」

 御鏡さんは目を見開く。そして少し俯いた。どうしたのだろう。

 そして御鏡さんは深呼吸をして僕らを見据える。

「あんた達だから言うけど……私、前の学校でいじめられてたのよ」

「へ」

 いきなり重い話題を出されて僕らは硬直する。

「ほら、入学したての頃、私もっときつかったでしょ」

「まぁ、確かにな」

 真が頷く。

「人との距離感が上手く掴めなくて、すごい高圧的だったでしょ」

「そうそう、でもそんなお前に話しかけるバカが居たよな」

 二人して、こちらを見る。僕はとても居たたまれない気分だった。名前が詩と同じだったからだ。普段の僕はあんな積極的じゃない。そう考えると、どんどん悪い方向に気持ちが向かう。

「僕は二人が思っているほど親切じゃないよ」

「そうか? まあお前にしちゃ積極的だったけど」

「それに、理由なんてもう関係ないわ、あんたのおかげでクラスに馴染めたようなものだもの」「そうかな」

 僕は少し照れくさくて頬を掻く。

「そうよ……ありがとう寝目」

 僕はドキリとする。下の名前で呼ばれたのは、初めて会って以来だ。即座に詩を連想してしまう。

「なーに赤くなってんだよ」

 真がニヤけながら僕に茶々を入れる。

「そうだ。御鏡、これからは唄って呼んで良いか?」

「え!?」

 御鏡さんは耳を赤くして呟く。

「いーか?」

「う、ん良いわよ別に」

「じゃあ、僕は唄さんって呼ぶね」

 僕はなんとなく、詩と唄を重ねたくなかった。だからさん付けで呼ぶ。

「わかったわよ」

 頬を赤くしながら睨みつける。その時感じた。きっと、唄さんに好意を持つ男なんてたくさん居る。

「ほんとはね、私、寝目って名前だから、少し興味湧いてあんたらに付き合ってたの」

 僕は動揺する。僕と『同じ』だ。

「どういう事だ?」

 真は問いかける。

「実はね、私のお母さん不眠症なの」

「それがどう繋がるんだ?」

「それが、私が前の学校で不登校だったから、お母さん精神を病んじゃって、熟眠障害っていったかな。毎日絶え間無く夢を見るようになったらしいの」

 それが理由か。

「今はどうなの?」

「もう快調よ。前は追われる夢ばかり見ていたらしいけど最近は夢を見ないって言ってるわ」「そっか、良かった」

 僕は少し落胆する。唄は僕の事を夢で知っているから興味を持ってくれたようではないようだ。また振り出しに戻った。詩は何処に居るのだろう。

「ふぅん、じゃあお前一生いめには頭上がらないな」

「うっさいわね。それとこれは別よ!」

 二人は仲良く小突きあっている。僕は二人に隠れてため息を吐く。どうしたら良いのだろう。誰かに答えを教えて欲しい。

「寝目、どうしたのよ」

「どうしたんだ」

 いけない。浮かない顔をしていると二人に心配されてしまう。まさか詩の事を相談するわけにもいかないし、ここは平静を装おう。

「いや、どうもしないよ」

「そうか? ならいーけどな」

「そろそろ帰る準備しましょうよ」

 そんなこんなで話している内に門限ぎりぎりに僕たちは学校を出た。

「じゃあな唄、気をつけろよ」

「ええ、寝目、真また明日」

「うん、また明日」

 僕たちはそれぞれの帰路につく。僕は、ずっと悩んでいた。唯一の手がかりと言っても良い唄さんは多分詩じゃない。だったら誰だというのだろう。今日もきっと夢を見る。詩に直接聞いてみるしかない。答えてくれるかどうかはわからないけれど。


「頂きます」

 僕は夕食を前にしてもあまり食欲がなかった。考えるのは詩の事ばかりでつい、上の空になってしまう。

「寝目、どうしたの? 気分悪いの?」

 お母さんが心配そうに僕に話しかける。でも僕は虚勢を張る。

「大丈夫だよ」

 そう言いながらも意識は僕の外側にある。

「寝目、今日はもう休んだらどうだ」

 お父さんにも心配されてしまった。そんなに大した事ではないのだけれど。

「……わかった」

 僕は二人に素直に従う。早く詩の所に行きたかったのが一番大きいが。軽い目眩がしたのも事実で僕はさっさと寝巻きに着替えるとベッドにダイブした。

「はぁ……疲れた」

 明日までの宿題はなかったはずだ。僕はうつらうつらしながら考える。利亞と時世とは一応決着がついた。後は、詩の正体だけだ。唄さんは詩でない可能性が高い。




 ……白い世界。どうやら考えている内に眠ってしまったらしい。

『イメ』

 透き通った声が僕を呼ぶ。

『あ、詩』

 今日はどうやら先に見つかってしまったらしい。

『ずっと待ってた』

 それならすごく嬉しい。

『詩、会いたかった』

『毎日、会ってるのに?』

 そういえば、唄さんが言っていた。ずっと夢を見続けるのは熟眠障害という病気らしい。それなら、多少変わっているが、僕のこれも熟眠障害なのだろうか。

『それでも夜しか会えないじゃないか』

『……うん。そうだね』

 詩は、寂しそうに顔を俯ける。

『ねぇ、詩。聞きたいことがあるんだけど』

 そう言うと、詩はビクっと肩を上げる。そして大きな瞳をさらに開けて僕を見る。

『……なぁに?』

『詩は何処に住んでるの?』

 詩は目を合わせようとしない。そろりと視線を上げては下げの繰り返しだ。

『私は此処に住んでるよ』

 やっぱり隠し通そうとする。何故だろう。

『イメは面識のない人と、メールで会おうって言われて会いに行くの?』

 それは確かにそうだ。

『それは……会いに行かない』

『なら、同じ『私』はイメと『面識』が無い。だから会えない。それに何度も言うけど私は此処にしか居ない』

 此処にしか居ないとはどういうことだろう。詩はやっぱり僕の妄想なのだろうか。こんなに意識がはっきりとして、詩に触れる手もその滑らかさを感じるのに。

『詩、僕は詩が好きだよ。だから現実でも会いたい。それがいけないことなのか?』

 詩は薄く頬を染める。反応からして僕の気持ちが嫌というわけではないようだ。それでも詩は最後には視線を厳しくして答える。

『いけないことじゃない……無理なことだよ』

 その言葉には反面諦めがあった。詩は何も望んでいないのだろうか。

『詩は僕に会いたくない?』

 眼の下を赤く染めて、僕を見据える。

『会いたいに決まってる!』

 ほら、やっぱりそうだ。もっと自分の感情に素直になれば良いのに、なんで会いたくないなんて言うのだろう? 案の定彼女の素直な言葉は「会いたい」だった。

『じゃあ、会おう』

 詩は自分で言った言葉に焦りを感じて、ワンピースを掴んで引っ張たり、視線をあちらこちらに向けて動揺している。

『あ、会わないよ』

 詩は脱兎の如く逃げ出す。僕はそれを追う。しかしいつまでたっても距離は縮まらない所かどんどん引き離されていく。やっぱり詩は儚げな割には体力派だ。

『おーい、詩ー!』

 いくら呼んでも、止まってくれない。そして、白い白い景色がいつか見た、黒い景色に変わった。僕は急停止する。一歩踏み出せば、そこに闇がある。詩も一緒に消えてしまった。そして僕がその闇に触れようとした瞬間だった。


「あ」

 目が覚めた。僕は周りを見渡す。お馴染みの僕の部屋だった。

 あの黒い世界はなんだろう。なんとなくだけど予想がついた。それは詩が居ない時、つまり詩が起きている時に白い世界は黒く変わる。きっと僕が起きている時もそうだ。

「ふわぁあ」

 大きく伸びをする。さて、案の定、詩に拒否されてしまった僕はどうしたら良いだろう。答えは簡単。

 

 絶対見つける!

 

 その意志だけは変わらない。これは他校の生徒にも精通している真の手を借りるしかないか。




「真、おはよう」

「おう、おはよう」

「あのさ、頼みがあるんだけど」

 僕は真に大まかに事情を話した。勿論、夢云々は抜きにして。

「プラチナブロンド~? お前さ、本気で言ってる?」

 真から訝しげな視線を向けられる。

「うん、本気」

「……はぁ、そんな奴いたら、有名人にでもなってるだろ。そんな噂聞いた事がないぜ。しかも日本人っぽいんだろ?」

「うん。童顔で丸みを帯びた感じだから、鼻筋の通った外国人とは思えないんだ。しかも日本語ぺらぺら」

「そこまで知っていて、なんで住所を知らないんだよ」

「そこは聞かないで欲しい」

「ふーん、まあお前が今、懸想している相手がわかって俺は面白いけどな」

「ち、違うって」

「でも真っ白な女の子ねぇ……一応聞いてみるけど期待はするなよ」

「そうか! 恩に着る!」

「いめ、焼肉」

「おごりますとも」

「二人して何話してんのよ」

 急に現れた唄さんに僕らは肩を跳ね上げる。

「うわっ、なんだ唄か。びっくりした」

「なんだとは何よ」

「そのまんまの意味~」

 二人は仲良くじゃれあっている。いつも通りの幸せな風景だ。此処に詩が居たら、僕はきっともっと幸せだ。

「紺生君、この前おすすめって言ってた本面白かったよ」

 浜野さんが話しかけてきた。

「本当、良かった」

「主人公の感情描写がすごく丁寧で物語にすぐ入り込めた」

「そうそう」

 僕は浜野さんと談笑しながらも真の視線を感じている。多分嫉妬だ。でも僕は浜野さんといきなり話を中断するわけにもいかないから、困っている。

「そういえば、昨日のドラマ見た?」

「道標の先にってやつ?」

「うん。それ」

「あれ、ヒロイン怖かったよね」

「うん、すごく怖かった」

 ……わかってる。わかってるから真。そんな感情を僕に向けないでくれ。

「あと──」

 その時、丁度良くチャイムが鳴った。

「また後でね、紺生君」

「うん、浜野さん」


「い~め~。お前、人の恋路、邪魔する気か」

 授業中、恨めしそうな声で、後ろから真は僕を突っついてくる。

「(別にそんなつもりはないよ)」

 僕は小声で抗議する。

「でもすごぉーく楽しそうだったよなぁ~」

「(それは趣味が似通ってるからしょうがないだろ)」

「まあ、俺はスポーツバカですから?」

「(いじけるな)」

「おい、送田、続き読め」

「げっ」

「ちゃんと授業聞いてたか?」

「い、いえ、聞いてません。すみません」

 ぽん、と真の頭に教科書が置かれる。数人がくすくすと笑う。

「五十六ページ目からだ」

「……はい」

 真はちょっとしょげたのか情けない顔をしている。




「よっし、授業終わりー。俺今日は野球部行ってくるなー」

 真はそう告げると素早く準備して、グラウンドに向かった。

「ねえ、イメ今日は四人で帰ろーよ」

 利亞から提案される。

「そうね。私も部活は休みだし」

 時世も同意する。

「その四人って私も入ってんのかしら」

 唄さんがため息を吐きながら言う。

「あったりまえ!」

「じゃあ、行きましょうか」

 当たり前の幸せな日常だ。でもやっぱり考えてしまう。こんな日常に詩が居たら。

 僕は教室に一人残された、あの子に気づかずに帰路についた。









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