第一章 僕と君の夢の中ではじめまして。
第一章です。夢でのこんにちは。
第一章 僕と君の夢の中ではじめまして
二年一組の教室を開けると二人が同時に振り向いた。
「おはようイメ!」
「おはよう寝目君」
金髪で背の低くて子供っぽい方が幼馴染の高天原利亞。その親友である黒髪で背が高く大人っぽい雰囲気のある方が時雨時世だ。
「二人ともおはよう」
僕は、彼女たちと少し離れた、斜め後ろの窓際の席についた。ここからは校庭がよく見える。授業中もボーッと出来るお気に入りの席だ。
ふと、時計を見ると八時を過ぎていた。そろそろ予鈴の時間だ。こんな時間になっても僕の真後ろの席に居るはずの友人の姿がない。
その時、廊下から、ダダダ、というけたたましい足音が聞こえた。バンっと、ドアを開けて入って来たのは──
「はぁー、ぎりぎりセーフ!」
──僕の友人の送田真だ。相変わらず寝覚めが悪いらしい。本当に予鈴ギリギリだ。
「はよっ! いめ」
明るくて眉にかからない程度のスポーティな髪型の彼は、いつでも爽やかだ。汗を流して、息が荒くなっていても、その雰囲気は変わらない。僕はそれをとても好ましく思う。そして少し妬ましい。僕が全力疾走なんてしたら、きっと周りに心配される。みんなの中で僕は病弱キャラらしい。
確かに、長い前髪で片目を隠していたり、細い体つきをしていたりするが、そこまで病弱じゃない。例えばインフルエンザの季節でも僕だけ家族内で無事だったりする。つまりただのイメージだ。
「おい、どうしたんだよ、いめ」
「ああ、おはよう真」
「おう!」
真がそこまで言った後、予鈴がなった。そしていつものつまらないHRが始まった。
そしてその日の昼休み。利亞と時世、真と僕で、いつものメンバーが揃った。
「イメ、この卵焼き頂戴!」
「え、それはダメ」
と、そんな僕にお構いなく利亞は、僕の弁当箱から卵焼きを奪う。
「寝目君、この切干大根くれないかしら」
「あ、それもダメ」
と、そんな僕にお構いなく時世は、僕の弁当箱から切干大根を奪う。
昼食の時間。ある意味それは戦争だ。そして僕は間違いなく弱者だ。真はどうしているかというと、いつも売店でパンを買っている。だから二人のターゲットにはならない。それを少し羨ましく思うが、お弁当の魅力には勝てない。真もたまーに狙ってくるが、二人に比べたら可愛いものだ。僕はいい友人に恵まれた。
「あ、そうそうイメ、今日の放課後残って欲しいんだけど」
「改まって何だ?」
「あ、私からも話があるのよ。放課後に教室ね」
「時世も?」
僕は何か不穏な気配を感じたが、それでも二人には敵わない。
「わかったよ」
快く承諾してしまった。
「それって、俺がいちゃダメな話?」
真が言うと、二人は、うーんと考え込んで、最終的にはアイコンタクトを交わしてお互いに頷いた。
「いてもいいよ」
「そうね。まぁ真君ならいいでしょう」
「そっか、じゃあ今日の放課後に教室集合な!」
最後に真がまとめる。僕はなんだか憂鬱な気分で、何故か今朝見たプラチナブロンドのまさに夢の様に美しい少女を思い出してしまった。なんでだろう。
その日の放課後。
「イメ、私、昔からイメが好きでした。付き合ってください」
「寝目君、私は、少し前から寝目君が好きだったの。付き合ってくれないかしら」
……これはなんだろう。僕は軽い頭痛に襲われる。
「え、これ俺居ていいの? マジで?」
真の反応ももっともだ。告白に友人同伴なんて聞いたことがない。
「二人とも本気……?」
「ええ本気よ!」
「やらせじゃないから安心なさい」
いや、僕が心配しているのはそこではなくて。
「えと、僕は二人のこと、勿論人間として好きだけど……」
「けど?」
利亞が僕を追い詰める。
「お、女の子としては、まだ……わからない。……ごめん」
「そうなのかしら」
時世が訝しげに聞いてくる。ああ、頭が痛い。
「そう、だよ。出来れば今まで通り、四人で楽しく過ごしたいんだけど」
それは僕の切なる願いだ。どちらかと付き合えば、このままじゃいられない。それは嫌だ。このまま四人で居たい。たったそれだけの願いが今、壊れようとしている。
「それは、無理かも」
利亞が苦しそうに言う。
「私は四人で居ても構わないわよ。けど、寝目君にははっきりして欲しいわね」
時世までもが僕を追い詰める。はっきりなんてするわけがない。二人の事を好きな連中はたくさんいる。僕から見ても二人はとても魅力的だ。それについて、まるで考えなかったわけじゃあない。
けれど、僕が二人の事を異性として意識しているかと言うと微妙だ。利亞は幼稚園からの幼馴染だし、時世は近寄りがたい大人の雰囲気がある。つまり、簡単に言えば答えはノーなのだが、それを言っても、きっと何かが変わる。それが僕は怖い。ああ、頭痛がする。
「なぁ、俺が口挟むのもなんだけどよ」
そこで真が助け舟を出してくれた。
「二人とも事を焦りすぎじゃないか?」
僕の言いたい事を真が言ってくれる。つくづく頼りになる友人だ。
「わかった。じゃあ明日までに考えておいてくれる?」
利亞が妥協案を出してくれた。しかし、明日までに考えつくだろうか。
「そうね。寝目君。私は、明日までとは言わないわ。言いたくなったら言えば良いわ」
時世は長い目で見てくれるようだ。しかし、それはそれで辛い。
「うーん。時世がそういうなら私も、それで良いかな」
利亞も時世に合わせる。
「なあ、二人ともいめの気持ちわかった上でやってるだろ」
「なぁに、真君何か問題でも?」
二人の間に険悪なムードが漂う。こっちまで空気がピリピリと張り詰める。
「いめの事もう少し考えてやれってこと」
「それでも私達は答えを出して欲しいのよ」
「うん。ずっと悩んで、二人で決めたことだから。イメにもよく考えて欲しい」
二人は切実そうに言う。取り敢えず、僕の答えは決まった。
「わかった。悩んで、それでも答えを見つけるよ」
こういうのを安請け合いと言うのだろうか。僕の気持ちはまとまったようで、その実、胸にしこりが残っている。今すぐ掻き出して、捨ててしまいたい気持ちに駆られる。
追われる夢はこれの前兆だったに違いない。
「なぁ、いめ。お前大丈夫か」
「大丈夫……だと思う」
「全然大丈夫そうに見えねえよ」
僕はよっぽど不安そうな顔をしていたらしい。事実、不安だ。それでもなんとか真に返答する。
「まぁ、気楽に考えとく」
「ああ、そのぐらいが良いと思うよ」
そこで真とは別れて、帰路につく。
ああ、どうしよう。利亞とは友達でいたい。時世とは今の距離感のまま過ごしたい。僕は我侭だろうか。一人でいると色々なことを考えてしまう。どんな答えを出しても、真とはこれまで通りでいられる。でも四人じゃいられない。利亞が耐えられない。それがわかった今日、答えを出そうが出すまいが、既に叶わぬ願いだと現実に突きつけられた。
「ああ、疲れた」
僕はぽすっ、とベッドに倒れる。まだ風呂に入っていないから少し、汗がベタつく。髪の毛はすっかり肌に吸着しているし、シャツもズボンも汗が染みている。それでもこのまま寝たい衝動に駆られる。
「寝目。ご飯よ!」
一回から、お母さんの声が聞こえた。それでも体がだるくて動く気力が無い。ボーっとする。エアコンは徐々に効いてきて、涼しくて心地よい。体をベッドに投げ出す。
「寝目、寝てるのー? ご飯よー!」
それを聞いて、何とか体を起こす。ご飯くらい食べよう。そんな気持ちになった。
「わかった! 今行く!」
僕は大声で下にいる母さんに告げた。
「寝目、最近学校はどうだ?」
お父さんが地雷を踏んだ。それでも僕はなんとか地雷を撤去して話す。
「普通に楽しいよ」
「そうか。良かった」
「でも、寝目。最近成績落ちてるわよ」
お母さんも地雷を踏んだ。それでも僕はなんとか逃げ腰で話す。
「最近、嫌な夢ばかり見て、寝付けないんだ」
「あら、そうなの? どんな夢?」
「追いかけられるんだ何かに」
「それは、毎日か?」
「いや、一週間に一回くらい」
「そうか」
「嫌ね、それ。お医者さんに聞いてみる?」
僕はそこまで大事でもないだろうと思った。
「いや、いいよ。寝られない時に勉強量増やしてみる」
「無茶はしないでね。横になるだけでもいいのよ」
「そうだぞ。そのうちそんな夢も見なくなるさ」
お父さんはそう言うが、むしろ増える予感がする。
「あーすっきりした」
僕は風呂に入った後、自分の部屋に直行した。エアコンの効き具合が火照った体にちょうど良い。しかし、そうのんびりもしていられない。
たしか、明日は英語があるはずだ。翻訳しておかないとまずい。僕は鞄から英語の教科書とノートと翻訳機を取り出す。内容は、本と話すことのできる少女の話だった。本の中の主人公の消えたいという気持ちを察して、とても大切にしていた本を燃やしてしまう。そんなメルヘンチックな内容だった。僕だったらきっと燃やさない。大事なものを自分から捨ててしまうなんて信じられない。
そこで僕は利亞と時世の事を思い出した。僕はどうするべきか、答えは決まっているのだが。なんとか上手くいかないものか。真にもう一度相談してみよう、僕はそう思った。
「で、だ、真。どうしたらいいと思う?」
僕は真に電話をかけた。僕の問いかけに真は微妙な反応をする。確かに聞かれても困るだろうが、僕には他にアテがない。
『うーん。そりゃお前の気持ちを素直に伝える、以外ないんじゃないか?』
「うん。僕の答えは決まってる。でもこれまで通りでいたいよ」
『お前、うだうだ考えすぎ、告白して、最悪の状況になって、それでもそうなってから考えればまた違うかもしれないだろ?』
真はポジティブだ。でも僕は、その先を想像してしまう。きっと上手くなんていかない。僕はなんてネガティブなんだろう。自分に大分呆れる。
「ああ、きっと明日の昼休みは、真と二人きりなんだろうな」
『多分そうなるだろうな。つか、いめ流石にウザイ』
真に痛い所を突かれる。
「わかったよ。後は自分一人で考える。ありがとな真」
『ああ、俺も他の奴に聞いてみるよ。もしもなったらどうするーってな。ま、あんま期待できないけどな』
「恩に着る。じゃあな」
『ああ、あんま考えるな、思った通りにやってみろよ。じゃ、また明日』
プツリ、と電話の途切れる音がした。僕は後ろにぼすっ、と倒れる。想像する。二人の内、どちらかと付き合う自分を。
僕が、好きだよって囁いて、手を握る、そして前へと歩き……そこまでで空想は途切れる。あの二人と手を繋いで何処かに出かけるなんて想像つかない。……ああ、また頭痛がする。今日の所はここまでにして横になることにしよう。
その日の夢は、誰かに追われる夢だった。
「おはよう、真」
僕の姿を見てうぉっ、と声を上げる。当然だ。今の僕は誰が見ても健康体には見えない。
「大丈夫か、いめ。くまがすごいぞ」
「うん、考え込んだ上に、嫌な夢見て目が覚めて、昨日は散々だった」
「嫌な夢って、また追われる夢でも見たのか?」
「そんなとこ」
「お前、精神面ほんと弱いな」
「それは自負してる」
「あ、イメ、お、おはよっ」
利亞が気まずそうに挨拶をしてきた。それに僕は返答する。
「ああ、うん……おはよう」
「寝目君。おはよう」
時世は何も無かったかの様に振舞う。
「おはよう」
僕もなるべく表に出さないように挨拶する。すると、時世は妖しく微笑む。すると、僕は逃げたい衝動に駆られる。それを見て、真は、まるで小動物だな、と笑う。僕は顔が熱くなった。だから時世は少し苦手なんだ。
「寝目君。今日も可愛いわね」
そしてこの攻撃だ。僕はもう耳まで真っ赤にして、机に伏せるしかない。完敗だ。
利亞は時世めぇ~、と息巻いている。そして僕の傍まで来て、宣言する。
「いいいイメ、今日もかわ、可愛いよ!」
なんか噛んでいる上に、元気に言われても反応のしようがない。僕の頬は急速にいつも通りの白い色に戻った。
「な、なんなの! その反応はなんなの!?」
利亞は不服のようだった。しかしそう言われても仕方ない。色気のレベルが違う。
そして、ここまで来て気づく。何だ……案外いつも通りじゃないか。そう思ってもも、利亞の方を向くと視線を逸らされるし、時世とはいつも以上に壁の存在を感じる。それで、僕ははぁ、と短いため息を吐く。やはり今まで通りにいくわけがない。真の方を向くと何やら、クラスメイトと話に花を咲かせている。僕は急激に一人の気分になった。しかも利亞ファンやら時世ファンからのあつーい視線も感じる。これは、いつものことだが、僕はなんて理不尽なんだろう、と空を見て、また一つため息をついた。
「おい、いめ、数分に一回ため息吐いてたら、幸せがゼロになるぞ」
真に言われてしまった。ゼロどころかマイナスかもしれない。事実、僕はとても厄介な状況になってきている。ファン達がご立腹だ。利亞と時世がモテるから駄目なんだろう。
「ああ、僕、今日は熱烈なストーカーに追われるかもしれない」
「そうだな、しかも殺意付きの」
世界はなんて不公平なんだ。そこで三度目のため息を吐いて、今日のHRは始まった。
予鈴がなる。これで二時間目の授業は終了だ。正直言ってほとんど頭に入らなかった。二人の問題を抱えた上に、殺意のある熱烈な視線に、後ろの真からのからかい。頭に入れろって方がどうかしてる。ああ、お父さん、お母さん、不甲斐ない息子でごめんなさい。
こうなったら、休み時間の度に、真をアテにさせてもらおう。
「で、真。今の状況、どう思う?」
「最悪だな」
改めて言葉にされると随分と重みを感じる。
「多分、奴らはもう気づいてる」
……奴らとは、利亞と時世のファンの事だ。そして、僕に告白したことに既に気づいている。真はそう言いたいのだろう。
「こうなったら、即振るしかないんだろうか」
「まぁ、それが一番安全でもあるが、危険でもあるぜ」
「うん」
ファンの中には悪質な奴も居て、二人を泣かせでもしたら、即嫌がらせをする過激派が居る。時世はどうかわからないが、利亞は確実に泣く。これでは平和な学園生活は過ごせない。
「時世は気づいてるが利亞が気づいてないのが問題だな」
「そうだね」
利亞は自分がモテるなんて気づいてないし、ファンクラブの存在にも気づいていない。つまり、利亞からのフォローは期待できない。その辺、時世は信用出来る。どんな結果になっても上手くやってくれるはずだ。
「所で、いめ。ここで俺から相談なんだが」
「何?」
「俺の恋愛話にも乗ってくれよ」
は、と一瞬何を言われたかわからなくなる。真と恋愛が結びつかない。真はいつもその運動神経から、たくさんの部活に勧誘される。しかもそれで一位をとったりする。完璧なスポーツ人間だ。しかも、色々楽しみたいから、と正式に入っている部活は無い。それでも、放課後は割と、運動で埋まっている、汗の似合う爽やかな奴だ。スポーツとコイビトと言っても過言ではない。……それが恋愛? 人だろうか?
「おい、今すごく失礼なこと考えてないか? いめ、フリーズするなっ」
「いや、本日はお日柄もよく」
「混乱するな!」
「……恋愛?」
「恋愛」
真は目を半眼にしながら答える。
「バットと?」
「人間だっ!」
「あはは」
「何だ、その反応はっ!」
真は耐え切れないと言った様子で目を瞑る。軽く額に手を当て、ため息を吐く。
「で、誰が好きなんだよ?」
「いや、それが……その。え~とな」
決して筋肉質ではないが大柄の男が、頬を染めて照れている姿は非常に不快だった。
「真。不快だ」
「オブラートに包んでっ!?」
それは無理があるというものよ。
「えっとな、──野だよ」
「聞こえない」
「浜野だよっ、浜野愛衣」
……意外ではなかった。浜野さんは、クラスの中でも大人しい子でナチュラルな茶髪に垂れた瞳の地味なタイプだが、クラスメイトによくいじられる、なんというかマスコット的存在だ。真は派手な子や真面目でない子は苦手のようだし、二人が並んで歩いていたら、まぁ、お似合いに見える。
「ふぅん。いいんじゃない?」
「そう、思うか?」
真は恥ずかしそうに目を逸らす。だからそれをやめんかい。
「でも、浜野さんに話しかけられるか」
「それが問題なんだよ」
そう、真はスポーツ馬鹿だから、自然とそういう話題が多くなる。勿論、バラエティやドラマも見るが、浜野さんと嗜好があっているかどうかは微妙な所だ。
一方、浜野さんは授業の合間によく本を読んでいる。ブックカバーがしてあって、読んでいるジャンルはわからないが、熱血スポーツものはまず、考えにくい。
「まぁ、まずは本のジャンルを見極めるところからだな。そしてよく読め」
「うぅ、俺、本は苦手なんだよな」
「でも、お前、クラス中と仲いいし、調べるなんて朝飯前だろ?」
「それもそうだな、よし頑張ってみる! ありがとな、いめ!」
そこまで聞いた所で授業を開始するチャイムの音が響いた。結局僕自身の問題は解決しないままだった。
「なぁ、いめ。聞いてみたんだが、浜野って読んでる本の話ってあんまりしないらしいぞ」
次の休み時間、もう真は行動に移していた。そのガッツは見習いたい。
「じゃあなんの話するんだよ」
「それがいつも観察してて気づいたんだが、浜野が自分のこと話してるのって見たことないんだよな」
「は? それってどういう事だ?」
「つまり、笑って相槌打ったり、後はいじられたりしてるだけなんだよ」
それはつまるところ口下手という事だろうか。
「まぁ、浜野さんっていつも微笑んでるよな」
「そう、そこが可愛いんだ」
真は恥ずかし気もなくさらり、と言う。僕も見習いたいものだ。
「で、僕の相談なんだけど」
「ああ、そうだったな」
「僕、取り敢えず今日の所は何もしないでみる」
今はまだ行動に移さなくても良いだろう。二人の事を、ただの友達だと思っていないのも事実だから。
「じゃあさ、しばらく観察したらどうだ?」
「お前みたいに?」
「そう」
「でも時世はともかく利亞は旧知の仲だし」
「それでも、意外な一面ってあるものだ」
「うーん。じゃあこれからは様子見だな」
「そうそう」
そして、利亞達の方を向くと、ちょうど他のクラスメイトと話をしている最中だった。
「利亞、最近一段と可愛くなったよね」
「え、そ、そう? ありがと」
「やっぱり恋~?」
「そ、そんなことないよ」
「あら、じゃあ寝目君は私が貰ってもいいのかしら」
時世が何やら挑発している。僕は耳を塞ぎたい気分だ。
「え!? なになに三角関係?」
「てか、やっぱり紺生君なんだ~」
「彼、ちょっと地味じゃない? どこが良いの?」
「何それ」
あ、利亞が切れた。
「イメは確かに、ちょっと地味に見えるけど、面白いし、すごく誠実で良い奴なんだよ」
その発言に僕は少し、居たたまれない気分になる。なんというかむず痒い。でも、嬉しい。
「そうね、そして何よりも可愛いのよ? 小動物みたいで」
それは時世の前でだけだ。
「ごめん、ごめん。私が悪かった。二人ともお熱いねぇ」
「あ! からかったな!」
その後は、クラスメイトとじゃれあって、楽しそうにしている二人が居た。
「ほら、どうだ何か新しい発見はあったか?」
真が愉しげに話しかける。
「うーん。利亞が切れたところってあんま見たことなかったな」
「だろ? ちょっとは心揺らいだか?」
「うん」
僕は正直に答えていた。利亞は僕が思ってるより、格好いい女の子なのかもしれない。
「じゃあ、次は時世だな」
「うーん、時世の意外な一面か……純粋に興味あるかも」
「俺もある。時世って滅多に動じないからなー」
やっぱり時世は難関だ。さっきも切れるというよりはさりげなく利亞や僕をフォローしているように見えた。それはいつも通りの時世だ。
「次は、家庭科か。何かミスしないかな。でも時世って器用だしね」
「そうそう、何でも出来るよな」
そして、僕達は家庭科室に移動した。
「うーん、真。じゃがいもってどうやって切ればいいんだ」
「毎日、売店通いの俺にきくな!」
そりゃそうだ。僕は毎日、お弁当だが、それはお母さんの手作りだ。だから、二人揃って料理はからっきしだ。そして、僕らのグループは女子が取り仕切ることになった。
「おい、時世見てみろよ」
真がこそこそと、耳元で囁く。よくよく見てみると、時世はまさに華麗といった感じの包丁捌きだ。じゃがいもの皮がくるくると螺旋状に切れてゆく。一方、利亞はなんとかじゃがいもの皮を向いている。
「雲泥の差だな」
「まぁ、僕達よりましなんじゃない?」
僕達お手製のじゃがいもは、見事に一回り小さくなっていた。これでも頑張った方だ。
結局、調理実習では時世の意外な一面を見ることは出来なかった。
そして、放課後。今日の真はサッカー部の助っ人だ。だから、僕は一人で帰る事になる。つまり相談相手がいない。僕は、教室のドアを開ける。
「あれ、紺生君?」
たった一人、生徒が教室に居た。なんと、浜野さんだ。これも何かの巡り合わせか。少し話してみようか。
「浜野さん、まだ帰ってなかったんだ」
「うん。紺生君は送田君を待ってるの?」
うーん、どうしよう。待ってることにしようかな。その方が話を繋げやすそうだ。
「そうだよ」
「そっか。二人とも仲いいね」
「そうかな」
「そうだよ、少し羨ましい」
浜野さんは悲しげに微笑む。何かまずい事でも言っただろうか。
「そ、そういえば浜野さんってよく本読んでるよね」
僕は無理やり話を逸らした。
「え、う、うん」
今度は浜野さんが少し動揺している。また何か地雷を踏んだのか? 僕って浜野さんと相性最悪なのだろうか。
「どんな本読むの? おすすめの本とか教えてよ」
僕も若者向けの文芸小説ならよく読む。夏目漱石とか芥川龍之介とかは読まないが。
「えっとね、そんな大した本じゃないんだよ」
そう言って、浜野さんは少し恥ずかしそうにブックカバーを外す。
それには表紙に綺麗なイラスト付きのいわゆる、ライトノベルだった。……真これならいけるかもしれない! 真だってきっとラノベくらいは読める……はず!
「へぇ、意外。面白い?」
浜野さんは少しビクッとした後、いつも通りの微笑みを浮かべて言った。
「うん、楽しいよ。これなんか男女問わず読めるんじゃないかな」
「そっか、他にも教えてよ」
「え。う、うんっ!」
一瞬、ぽかんとした後、笑顔で答える。僕は浜野さんが怯える理由が少しわかった気がする。つまり、オタクっぽいと気にしているんだ。高校生ならラノベくらい読んで当たり前なのに。僕は、この事を真に伝えてもいいのだろうか。多分、いや確実に、浜野さんは勇気を振り絞ったはずだ。そして、僕に心を開いてくれた事が嬉しい。なんだか二人だけの秘密にしたい、なんて乙女チックな事を考えてしまった。
その後は、お互いにおすすめの小説を紹介しあって、中々楽しい一時を過ごした。
「で、なんでお前が浜野といい感じになってるんだよ!」
帰り道、真にこってりと絞られてしまった。
「久しぶりに待ってると思ったらこれだもんな!」
にこにこと笑顔のままの真が正直怖い。これはかなり怒っている。こうなったらもう平謝りするしかない。そして、あの情報を教えるしかない。なんだか裏切ってしまうようで申し訳ないが、おすすめの本を教えてやろう。
「悪かった真。しかし有力な情報を手に入れたぞ」
「なにっ! それ本当か」
僕はこっそりと呟く。
「普段、読んでる本はライトノベルだ」
「マジ?」
真が意外そうに目を開けて言う。
「マジ。これ貸してもらったんだ。又貸しは嫌だから、これ買って読んでみろ」
「わかった。ほうほう……活字多くね?」
真には無理かもしれない。そう思った僕だった。
その日の夜。僕は浜野さんから貸してもらった本を読んでいた。内容は、恋愛ものだが、まさにライトな印象で、男女問わず読めるのに納得した。
「はぁ、楽しかった」
一通り読み終わると、僕はベッドに腰を下ろした。そういえば今日はとても良い気分だ。多分、浜野さんのおかげだろう。二人のことをあまり考えずに済んだ。しかし、そこまで思うとまた、二人の問題が頭を悩ませる。
僕は二人とどうしたいか。友達でいたい。それは変わらない。それでも、告白された時点でそんな安息は終わりを告げた。だからといって付き合おうかと思うと、僕の中の何かが拒絶する。
結局、僕は二人を女の子として意識していない、という事だろうか。どうしたら良いかわかっている。でも出来ない。ああ、頭痛がする。
……ここはどこだろう。全てが真っ白な世界だ。何処を見回しても白、白、白。それ以外なにも無い。それなのにどこか、安心する。ぼぅっとしていると、なんだか溶けてしまいそうだ。
不意に横から手を握られる。僕はそれを意識して一気に全神経が目を醒ます。
そこには、全てが絹のように滑らかな白金の少女が居た。
『あなたは……?』
音なんてないはずなのに問いかけられる。僕は全てが白い彼女に見惚れていた。動作がワンテンポ遅れる。
『僕、は……寝目。紺生寝目』
彼女は恥ずかしそうに、ほんのりと頬を赤らめて微笑む。
『私は……泡沫の詩です』
『ウタ?』
頭の奥で何かがかすめる。しかし、それは一瞬のことで僕ははっきりと意識が持てない。
『詩って書いて詩……あなたはここで何をしているの?』
また問いかけられる。それは僕の方が聞きたい。彼女はなんなのだろう。
『わからないよ。君こそ何をしているの?』
『ただここに居るだけ……イメ』
どきり、とする。利亞と同じ発音で僕を呼ぶ。
『イメも、そう……?』
これはなんなのだろう。彼女がイメと『発音』するととても落ち着く。抑揚があまり無いからだろうか。僕は安息を噛み締めながら彼女に返す。
『そうだよ。……ウタ』
『じゃあ、私達一緒だね』
彼女は嬉しそうに微笑む。僕もつられて頬が緩む。
『ここって何なんだろうね』
『わからない。でも多分、私の妄想』
それには少しムッとした。
『僕はここに存在しているよ』
僕の妄想かもしれないじゃあないか。
『ホントにいるの? イメ』
『君こそ本当に存在しているの。こんな真っ白な人見たことないよ』
すると、彼女は辛そうな顔をしながら言った。
『私は詩……泡沫の夢』
『泡沫の夢……?』
妙に印象に残る言葉だった。
ピピピ、と目覚まし時計がなる。僕は一気に目が覚めた。体を起こし、部屋を見回す。そこはいつも通りの殺風景な僕の部屋だった。
「寝てたのか……?」
昨日は途中から記憶がない。何か夢を見ていた気がする。今となってはよく思い出せないが。嫌な夢じゃなかったのは覚えている。とても心地の良い夢。なんで肝心な時に夢の内容が思い出せないのだろう。
僕は身支度を整えて、学校に向かった。
「おはよっ、いめ」
「おはよう、真。今日はやけに早いな」
まだ七時四十分だ。予鈴ぎりぎりに来る真にしては快挙ではないだろうか。
「いやー、昨日本屋行ったんだけど、早速見つけたぜ」
真は、本を取り出して、ぺらぺらと揺らす。浜野さんおすすめの本だ。カバー無しの。
「真、それ学校で読むのか?」
「ああ、だから早起きしたんだ。家じゃ集中できねぇし」
「え、なるべく家で読んでこいよ。もしくはブックカバー付けろ」
僕は真がこの本を読んでいる所を浜野さんに見せたくなかった。秘密の共有を壊してしまったようで申し訳が立たない。
「なんでだよ。別に俺の勝手だろ」
真は聞かない。確かに真の勝手だ。もうおすすめの本を教えてしまったから。その時点で裏切り者決定だ。
「じゃあ、カバーだけでも付けてくれ」
「うーん。わかった。しょうがねえな」
そう言って真は本をしまう。
「おはよう。紺生君、送田君」
その声の主は浜野さんだった。僕は内心ドキリとした。ギリギリセーフだった。そういえば、浜野さんは早起きだった。僕が普段、登校している時間帯にはいつも居る。
「お、はよう。浜野」
若干照れくさそうに真が挨拶する。
「おはよう、浜野さん」
そう言うと、浜野さんはにっこりと笑った。可愛いなと思った。そして、隣を見たら、真が顔を伏せていた。耳まで赤くなっている。遊び人とは程遠いがここまで友人が純情だとは思わなかった。
「どうかしたの? 送田君」
浜野さんが伏せている真に近づいてくる。
「い、いや、大丈夫だ。なんでもない」
僕は真、チャンス到来だ! と心の中で応援していた。
「でも顔が赤いよ?」
「い、いや元からだ」
僕は阿呆かと思った。なんだその返しは。
「元から赤いの? 送田君面白いね」
浜野さんは笑顔で返している。意外と受けたようだ。
「なぁ、浜野って何が好き?」
「え、好き? う~ん。やっぱり本と紅茶かな」
「へぇ、おしゃれだな」
真がそう言うと、彼女は顔をほんのり赤くして、両手を前で振りながら言った。
「そ、そんなことないよ。……送田君は何が好きなの?」
「俺? 俺はやっぱりスポーツ全般かな。あとバラエティとかな」
「やっぱりそうなんだ。送田君すごいよね。どんなスポーツでも大活躍で」
「へ、いや、そんなことないぞ」
なんだかんだで話は続いている。僕はそっと二人から離れた。
「おはよう、イ、イメ」
そんな僕に利亞が挨拶してきた。相変わらず、緊張は解けないようだ。……でもそれは僕も同じだ。
「……おはよう利亞」
すると利亞が目線を僕から逸らす。
「ねぇ、イメ。まだ返事出せないの?」
今、一番触れて欲しくない問題を利亞は提示する。
「……ごめん、まだわからない。もう少し時間が欲しい」
「嫌だよ」
利亞に真っ向から否定された。僕は目を見開く。
「イメ、もう答えは出てるんでしょ。それを私は言って欲しいの」
それはまるで断罪の言葉だ。
「ど、どうして答えが出てるなんて……」
「ずっと見てたからわかるよ! でも私はイメと居たい。だから、これからもっと頑張るから、お願い」
もう、利亞は涙目になっている。僕はどうしたら良いかわからず、ただ立ち尽くす。これは二度目の告白だ。
「ごめん、利亞、僕はまだ答えが出せない」
なんて、僕は優柔不断なのだろう。
「イメの嘘つき」
今までで一番憎しみを感じる言葉だった。
「あーあ、やっちまったな、いめ」
遂に僕は過激派にボコボコにされた。そんな僕に対して真は他人事を決め込んでいる。
「いたた」
「ほら、動かないの」
僕は保健医の先生に嗜められた。
「あの高天原さんのファンクラブにやられたんでしょう?」
なんだあのファンクラグ先生達の間でも有名なのか。
「ええ、なんで知っているんですか?」
「先生もほとほと手を焼いているのよ。授業中に高天原さんを注意しただけで殺気のこもった視線を感じるらしいわ」
なんて恐ろしいファンクラブなんだ。先生に喧嘩を売るとは思わなかった。
「その点、時雨さんは上手くやっているわね。ある程度ファンにサービスしつつ、近寄らせない」
「そ、そんな事も知っているんですか?」
「先生方がよく話しているのよ。両手に花の紺生君の事もよく聞くわ」
りょ、両手に花。何故に真は入っていないのだろう。
「えー、先生、俺はー?」
「送田君はスポーツで話題ね」
先生のコミュニティはなかなか侮れない。きっと色んな生徒の事情を知っているのだろう。「うわ、俺って有名人?」
「勉強はからっきしな所も有名よ」
そう言われて、真はだらんと手を伸ばしてしょぼくれている。
「はい、おしまい」
僕の体中に包帯が巻かれている。流石は保健医、的確な処置で体の痛みが少し引いた気がする。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
そして僕らは保健室を後にした。
「あら、寝目君。大丈夫?」
時世が声をかけてくる。もう壁はあまり感じない。僕だったら、利亞のようになってしまうだろう。やっぱり時世はすごい。
「大丈夫。きちんと手当してもらったし」
「そう。声かけづらいみたいだけど、利亞が相当心配してたわよ」
「原因に気づいてる?」
利亞がファンクラブのした事に気づいたらどうなることやら。
「いいえ。気づいてないわ」
「なら、良かった」
「本当にお人好しね。そういう所も嫌いじゃないけど」
時世はなにか含んだ言い方をした。やっぱり、僕の態度は気に入らないだろうか。自己犠牲というわけでもないのだけれど。利亞がパニクったら収拾がつかない。
「まあ、利亞が知ったら何しでかすかわからないだろ?」
真が僕の言いたい事を言ってくれた。
「確かにそうね。単騎で殴り込みにでもいきそうよね」
「だろ?」
真はこちらに顔を向け、アイコンタクトする。なるほど、僕の考えていることは筒抜けらしい。
「ねえ、寝目君。利亞の事、私の事、しっかり考えてくれてる?」
「え?」
そんなことは言わなくても時世ならわかりそうだが。
「考えてるよ」
僕は思ったままの事を言った。
「どうかしら?」
時世は何か思う所がありそうだ。でも僕は真剣に二人の事を考えてる。傍からはそう見えないのだろうか。
「少なくとも、目にくまが出来る程度には考えてるだろ」
真がまたフォローしてくれた。
「そうね。でも答えを『聞かせる』気はあるのかしら」
僕は思わず俯く。答えを『聞かせる』……その勇気はいつになったらやって来るだろう。
「ごめん、時世。僕にはまだ勇気が足らない。だから待ってて欲しい」
「私はいいわ。でも利亞の事は早めに決着つけてあげて」
そう言いながら時世は教室に入る。
「またボコられない内にね」
後ろを振り向かず前を向いたまま時世は言う。僕は自分の唇を噛み締めることしか出来ない。「おい、いめ大丈夫か?」
真の声が遠くに聞こえる。ああ、もう駄目かもしれない。
僕は意識が遠ざかった。その日二度目の保健室送りとなった。
白い。周りが白い。白しかない。僕は安心する。二人が居ない。それだけで安心する。スモークが焚かれたように周りには白い霧のようなものもある。暑さも寒さも感じない。とても心地良い。その場にずっといたら溶けてしまいそうなぐらい気持ちが良い。それでも僕は歩く。何か重要な事を忘れている気がする。
『──』
思い出せない。
『────』
もう少しだ。
『私は──』
あと一息。
『私は詩です』
思い出した。
『詩……詩だっ!』
そうだ。あの夢の様に美しい少女。詩がいない。何処かに行っているのだろうか。いや、そもそもあれは僕の妄想だったんじゃないだろうか。それなら合点がいく。
でもそんな思考とは正反対に足は前へと進む。詩を探すために。
『おーい、いないのかー?』
足元にも白い雲のような霧のようなものがふよふよしている。足元を見ると安定していないように見える。しかし一歩一歩と確実に僕は地面らしきものを踏みしめている。ここはどこだろう。
『なんなんだ』
少し進むと、先には黒いもので埋め尽くされていた。黒、黒、黒。僕の目の前にはまるで包丁で切ったかのような断崖絶壁があった。もしかしたら、もっと前に進めるかもしれない。けれど、頭が前に進む一歩を拒絶する。落ちるかもしれない。いや、絶対に落ちる。
「あ」
そこで僕は目を醒ました。はた、と気づいた。そうだこれは夢だ。
目の前には白い天井があった。そして僕はベッドの上で寝ていた。前の夢は忘れた。そのまた前も忘れた。でも今は覚えている。
「詩だ」
ぼくは静かに口ずさむ。それだけでなんだか安心した。
「おい、いめ。お前本当に大丈夫なのか?」
真は真剣な表情で僕に問いかける。そりゃそうだ。今日は二回も保健室にお世話になった。
「大丈夫。少し疲れただけだ」
「本当に? 頭とか殴られてないんだろうな」
「ああ、それは平気」
「ったく、心配ばっかりかけさせやがって。利亞なんか落ち込んでたぜ」
「利亞が……?」
「お前に酷いこと言ったから。そのせいじゃないかって」
ああ、多分、朝に言われた『イメの嘘つき』だろう。あれには色々な感情がないまぜになって、行き場のない憎しみを感じた。
「ああ、それは違うから」
「本当か?」
少し嘘を吐いた。あれ一つが原因じゃない。ここの所の全部に僕は追い詰められていた。でも利亞は気にしすぎるから、絶対に本当の事は言わない。僕は真から少し目線を外した。
「おい、俺には嘘吐くなよ。いめ、まるわかり」
「ま、マジ?」
「マジ」
どうやら、真に嘘は通用しないらしい。もっとも僕がわかりやすいだけかもしれないが。
「まぁさ、もう少しかるーく考えろよ? なんせ人気のある二人の女子に好意を受けてるんだぜ。他の奴からすれば何贅沢言ってんだ、ってなるだろ?」
それはそうだ。でも僕はどっかの小説の主人公じゃない。二人に迫られて、困りながらも堪能するなんて芸当、僕には出来ない。
「なんで、僕なんだろうな」
「は?」
「いや、なんで真じゃなくて、僕なんだろうって思って」
「そりゃ、二人からすればお前が良い奴だからだろ?」
「真のほうが良い奴じゃないか。しかもスポーツ出来るし、顔だって悪くない」
「なんだよ、お前。照れるようなこと言うなよ」
真ははにかみながら言う。そんな表情もなんだか爽やかで、僕は本格的に疑問に思った。
「二人ともなんで僕なんて選んだんだろう」
そう言うと、真は少し目を細める。
「『なんて』、なんて言うな」
「う」
真は本気で怒っている。僕はたまに自分を卑下すると真はいつもこうなる。そんな時に出来るのはたった一つだ。
「ごめん、真」
それは十秒、いや五秒だったろうか。とにかく長い時間だった。
「……わかった。許す」
「うん。ありがとう、真」
僕は微笑む。
「……お前だって顔も性格も悪くないだろ」
真がぼそりと何か言った。僕はよく聞こえなかった。
「うん? なんて言った?」
「なんでもねーよ。ばーか」
今度は悪戯好きの子供みたいに真は笑った。
今日の帰り道、僕は何故か利亞と一緒だった。
「ごめん、イメ。私が酷いこと言ったせいで」
「大丈夫。倒れた原因はそのせいじゃないから」
「本当に?」
「うん。本当だよ」
「そっか……ねえ、イメ。私決めた! 私最後まで諦めない!」
「え?」
「イメになんて返されようが、私は諦めない」
それはつまり、僕に認められるまで永久に片思いでいるということだろうか。
「それは困る。僕より魅力的な人間は沢山いるよ」
例えば真とか。
「いいや、私にはイメが一番なの! というか今のは告白の返事? 私振られたの?」
どうだろう。そんな風に答えの出せる利亞が今は眩しく感じる。僕の答えは決まった。
「やっぱり、まだ考えさせて欲しい」
「そうだと思った。イメが格好良くキメるなんて無理だよね」
「どういう意味だよ!」
確かに僕ははっきりしないが、たまには格好よくキメられる……はず。
「イメも自信なさそうだね!」
「そういう事を力一杯言うな!」
いつの間にか僕は笑顔になっていた。そして、僕の中で少しだけ利亞に対する何かが変わった。
白い世界。まただ。何処を見渡しても白、白、白。どうやら僕はまた同じ夢をみているようだ。その辺を見ても詩はいない、また、歩いて探そうか。
『おーい、詩、いないのかー?』
声に出して呼んでみる。
『いるよ。イメ』
今度は後ろから声がした。
『……詩、良かった』
詩の方に振り向き、微笑む。彼女がいると心が安らぐ。やっぱりこんな所で一人きりは不安だ。
『どうしたの、イメ。辛いことでもあった?』
僕のくまを見て言っているのだろうか。
『大丈夫だよ』
『でも、辛そう……話して欲しい』
彼女にあの事を話すのは少し躊躇する。でも女の子視点から相談を受けるのも悪くないかもしれない。
『……って状態なんだけど』
僕はかいつまんで詩に教える。
『それでいいと思う』
『え?』
『答えを出したくないなら出さなくていいと思う』
僕の片目からはぽろり、と一滴の雫が流れ落ちた。……そんなに気負ってるつもりはなかったけれど。許された気がした。
『イメ……泣いてる。大丈夫?』
詩はあまり抑揚がない。だからこそなんだかほっとする。僕は涙を拭いて笑顔で答える。
『大丈夫だよ。聞いてくれてありがとう』
すると、詩は恥ずかしそうに俯いた。なんだかとても可愛い子だな、と思った。
『そういえば、詩はここの事わかる?』
僕がそう言うと、詩は難しそうに眉を寄せる。
『わからない……ただイメが来るまでは私一人だった』
『どのくらい一人でいたの?』
『二ヶ月くらいずっと』
それはかなり不安だっただろう。僕は自然と詩を抱きしめる。
『い、イメ……!』
詩は暖かい。人のぬくもりが心地いい。しかし詩に服を引っ張られて我に返る。
『あれ? ……う、うわっ』
僕は詩を離す。僕は全身がゆでダコのように真っ赤になるのを感じた。無意識の内になんてことをしてしまったんだろう。夢とはいえ、女の子を抱きしめるなんて。僕はパニックになり、その場から逃げ出す。
『イメ……! 待って!』
焦った詩の声が後ろから聞こえる。だが逃げる。逃げて逃げて、それでも最後には詩に捕まってしまった。
『はあ、はっ』
女の子より運動神経が悪いなんて少し落ち込む。息を切らせながら、詩に話しかける。
『詩は体力あるんだね』
『うん。運動は得意』
少しだけ得意げになっている詩が可愛い。思わず、頭を撫でる。
『え……い、イメってスキンシップ得意なんだね』
僕は顔が熱くなるのを感じたが、今度は逃げずに頭を撫で続ける。一体僕はどうしたんだろう。普段より女の子に対して大胆だ。
『詩には抵抗感じないな』
『それって……やっぱり私、女の子らしくない?』
詩は小首を傾げる。それに僕は抑えきれない何かを感じて、手を離す。
『違うよ。そうじゃない』
出来るだけ安心させるように言う。
『詩はとびきり可愛いよ』
あれ、僕ってこんなキャラだっけ。なんだかおかしい。
『……っ』
詩はその白いはだを真っ赤に染めて僕を見つめてくる。僕はそれを見つめて、やっぱり固まってしまう。情けない。
『イメ……また会える?』
『うん。きっと会えるよ』
確信は無いが、僕は力強く頷いた。
「あ」
目が覚めた。相変わらず目覚まし時計はピピピとつまらない音を出し続ける。それをパシっと押して、僕は大きく伸びをする。
「……詩、か」
僕はなんだか今までの疲れが取れた気がする。それにこれからは夢に悩まされる事もなさそうだ。なんだか自然と有頂天になる自分が居た。
「寝目ーご飯よー」
心なしか、いつもより窓から覗く景色が綺麗に見える。今日はなんだか良い事がありそうだ。僕はお母さんに返事をして、身支度を整える。そして一階に下りた。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
母さんに告げると、僕は自転車に乗る。そして学校に向けて出発した。
「寝目君おはよう」
途中で時世と出会う。
「おはよう」
「あら、寝目君、何か変わったわね。良い事でもあった?」
「うん。ちょっとね」
「少し可愛げがなくなったわね」
「そうかな?」
「ええ、いつもなら嬉しそうに話してくれるのに」
「嫌いになった?」
「いいえ。もっと好きになってきたわね」
それは、ちょっとだけ嘘だろう。僕が小動物のように怯えたり、赤くなったりするのが時世は好きなはずだ。でも、これで恋愛感情が無くなったかといえば、そうでもなさそうだ。
「時世も嘘が下手になったね」
「そうかしら? 寝目君少しどころか、かなり有頂天になってるわよ」
そうかもしれない。自分を好きだって言ってくれる女の子に対する態度じゃあない。ましてや嫌いになった? なんて聞くのは蛇道だ。
「ごめん、時世。ちょっと調子乗ってた」
「良いのよ、私はそう簡単には傷つかないから」
そういう時世の横顔は少し寂しそうだ。それを見て、失礼だが、時世も人間なんだ。と思えた。いつも飄々としているけど内側では傷ついているのかもしれない。そう思うと、時世の存在が身近に思えた。
「よう、いめ」
学校に着くと、そこには既に真が居た。ブックカバーをつけて例の本を読んでいるようだ。「あら、真君おはよう。早いわね」
「あ、時世も一緒か。おはよう」
「真君、何読んでるの? 珍しいわね」
時世が真の本に興味を寄せている。これは僕的にはまずい。浜野さんの心象が気になる。
「時世、悪いが秘密だ」
真は時世をはじいた。僕はほっとする。今見つかったら、確実に告げ口したことがバレる。
「あら、益々気になるわね」
時世は妖艶な笑みを浮かべる。これだからみんなにミステリアスって言われるんだ。
「駄目なものは駄目だ」
真は引き下がらない。あくまで秘密にしたいらしい。
「そう、まぁいいわ。気が済んだら教えてくれるかしら」
時世はやけに食い下がる。
「ああ、いいぜ。かなり先になるかもだけどな」
真はどういうつもりで秘密にしたのだろう。まさか僕の事をおもんばかってとは考えられないし。
「おはよ、イメ」
利亞に後ろから話しかけられえて、思わずビクッとする。
「ああ、利亞か。おはよう」
「うん」
なんだか利亞は元の明るさを取り戻している。やっぱり昨日の決意で利亞は変わったんだろうか。
「イメ、好きだよ」
「は?」
いきなりの告白に僕は頭が真っ白になる。その数秒後には頭が理解して、顔が火照る。なんなんだこれは。
「いや、毎日、言えば少しでもイメの心が揺らぐかな、と思って」
教室にはそう人が居なかったが、それでも空気が緊張したのがわかる。今ここにいる全員が僕らの事を見ている。僕はそれに耐え切れず、廊下に逃げ出す。少し、どころか効果てきめんだ。まだ僕の顔は火照ったままで、それを隠すように顔を腕で押さえつける。
「はぁはっはぁ……はぁ」
呼吸を整える。利亞はかなり開き直ったようだ。これから毎日この攻撃を受け続けるのか。身が持たない。
「あれ紺生君どうしたの」
そこには浜野さんが居た。僕は赤くなっている頬を隠すように俯く。
「大丈夫、ちょっと走り疲れただけ」
「本当に平気? 赤くなってるよ」
浜野さんは心配そうに僕の額に手を当てる。浜野さんの手は少し冷たくて心地良い。
「熱はないみたいだね」
浜野さんは安心したように笑う。僕も釣られて微笑む。
「うん、大丈夫。ありがとう」
「ううん。……そういえば前に貸した本読んだ?」
「うん。読んだよ。面白かった」
「紺生君の貸してくれた本も面白かった。やっぱりライトノベルとは少し雰囲気が違うね」
「そうだね。僕も息抜きにラノベ買ってみようかな」
「それなら、今オススメなのはね……」
それから僕達はまたお互いにオススメの本を教えあった。
「そろそろ予鈴がなるね」
「本当だ。じゃあ教室入ろうか」
楽しいことはあっという間と聞くが、本当にあっという間だった。
「おい、なんでまた浜野とお前が一緒に入ってくるんだよ」
真に睨みつけられる。
「まさか、お前浜野のこと好きになったんじゃないだろうな」
それは、違う……と思う。
「どちらかというと同士みたいなもんかな」
「同士ってどういうことだ」
「本の同士」
それ以外の何者でもないだろう。
「って、いめ、お前借りた本もう読み終わったのか?」
「そりゃ、貸してもらった日に読み終わったよ?」
「お前、速読とか出来んの」
真は目を見開いて僕を見つめる。
「いや、出来ないよ」
「なのになんで、読み終わってるんだー!」
やっぱり真にはケータイ小説がギリギリだろうか。
「三時間もあれば読み終るよ」
「俺、今、二時間」
「で、何ページ?」
「四十二ページ」
どれだけ、時間をかければこの男は読み終わるのだろう。
「はぁ」
「あ、呆れるなよ。意味がわからない漢字とか辞書で調べてるんだからな」
「どのくらい?」
「二十箇所くらい」
「はぁ」
「だからため息吐くな。そんな呆れることか! 俺は自慢じゃないが運動以外からっきしなんだからな」
「わかってるよ」
「絶対読み終わって、浜野と談笑してやる!」
なんだか話がズレているような気がするが、そこは言わない。
「真、まぁ頑張れよ」
「おう!」
真に嫌味は通じないようだ。
それは昼休みに起こった。
「ねえイメ」
僕はビクリとした。詩と同じ発音に。でも振り返ればそこに居たのは利亞だった。当然だ。詩が現実にいるわけない。
「何、利亞」
「今日は久しぶりにご飯、四人で食べない?」
それは僕にとって最高で最低の誘いだった。まさか利亞は友達関係に戻ろうとしているわけがないし、時世だって、そういう所を妥協したりはしない。でも四人で食べられるのは僕にとって至福の一時だ。
「……わかった。真はそれで良いか?」
「俺はいめが良いなら文句は言わねえよ」
「……」
その日の昼食は自然と無言が多かった。けれど、四人で食べるのは久しぶりで皆、自然と口角が上がっていた。
そして、昼食を食べ終わった終わりに時世が言った。
「寝目君好きよ」
「はいっ!?」
僕は突然の事に思考回路が停止する。
「利亞が言うなら、私も言った方が良いでしょう?」
そう言って時世は大人の微笑みを僕に向ける。僕は最早、自分という全部が止まっていた。
「あっ、イメ! 私も好きだよ!」
利亞がなんか張り合っている。
「おいおい、俺の存在を忘れてないか?」
「真君が居てもあまり関係ないわね」
「そうそう真はそういうの気にしないでしょ」
そういえば初めての告白の時もそうだった。一体この二人は真の事をなんだと思っているんだろう。
「ま、確かに、親友が横で告白されても俺は動じないけどな」
そう真は言うが、確かに僕も隣に真が居ても気にならない。僕が思っているより真は変わった性質の持ち主なのかもしれない。
「じゃあ、いつなら動じるんだ?」
単なる好奇心だった。
「好きな人の話する時」
僕はああ、確かにと思った。浜野さんの事になると、真はなんだか照れくさそうにうねうねしている。その姿は悪いと思うがとても不快だ。
「えええ、真って好きな人居るの!?」
利亞が真の話に食いつく。真は困ったように笑う。
「いや、例えばの話だって」
そう言いながらも、少し真は焦っている。これではいくら鈍感な利亞でも丸分かりだ。
「私は知っているわよ」
時世がニヤリと笑う。それは脅しに見えた。
「え、なんで時世が知っているんだよ!」
「あ、やっぱり真、好きな人いるんだ!」
真は自分で墓穴を掘っている。利亞にロックオンされたら面倒なのに。事実利亞は目をキラキラと輝かせている。利亞は他人の恋バナがとても好きなんだ。僕は我関せず、空をぼけぇっと眺めていた。
「おい、いめ。何かフォローしろよ!」
親友の声が聞こえた気がするがたぶん幻聴だろう。僕は変わらず空を見上げる。
「で、誰なの? 誰なの?」
利亞は嬉しそうに真に詰め寄る。
「だから、いないって!」
真は必死に否定している。もう手遅れだろうに。
「時世、知ってるんでしょ? 教えてよ」
今度は時世に詰め寄るが、時世は妖しく笑う。
「真君、今度、ステーキ奢ってくれるかしら」
やっぱり時世は真を脅している。
「ぐ、わかった」
真は頷くことしか出来ない。簡単に買収されてしまった。流石時世だ、敵に回すととても恐ろしい。
「ねぇ、イメは知らないの?」
僕は出来うる限り、興味無さそうに、平然とした顔で答えた。
「知らない」
汗が頬を伝う。それでもなんとか平静を装う。
「……なーんだイメも知らないんだ。残念」
それで、自分で観察して見つけようという意志が利亞には無いから助かる。僕も真の件は出来るだけそっとしておきたい。何故かはわからないけれど。
その日の放課後だった。
「ねぇ、寝目君」
僕は時世と二人きりだった。
「な、何?」
二人きりだとどうしても意識して声がどもる。
「利亞の事、まだ決められない?」
耳に痛い言葉だった。
「僕は、答えを出せない」
胸が苦しい。僕が答えを言わない事で利亞も時世も苦しんでいる。それも僕は苦しい。
「利亞、諦めないって言ったでしょ」
「うん」
「あれは、本心でもあるけど、限界でもあるのよ」
「そっか……時世は?」
「私は平気。打たれ強いし、気も長いしね」
「僕は、今、二人を意識している。それだけじゃ駄目かな」
そう言うと、時世は目を見開く。
「あら、意外。そうなの?」
「うん。少なくとも告白される前よりは」
「そうか、そりゃそうよね……ごめんなさい」
何故か時世が謝った。僕は目を丸くする。
「何で時世が謝るんだよ」
「いえ、あなたに利亞の事、強要してるでしょ。というかさっきの言葉を利亞に言ってあげなさい。それだけできっと喜ぶわよ」
「さっき?」
「意識してるって事」
僕は自然と頬が熱くなる。そういえばさらりと言ってしまったが、かなり恥ずかしい。
「あらら、やっぱり寝目君は可愛いわね」
時世はまるで猛禽類が獲物を見つけた時の様に微笑む。僕は思わず後ずさる。人の世も弱肉強食だ。
その日は優雅に歩いてこちらに向かってくる時世を全力疾走でかわしながら僕は逃げ延びた。
白い。また白い世界だ。僕は繰り返し、同じ夢を見る。同じだからきっと彼女も居るはずだ。『詩』
そっと囁く。今日は叫ばなくてもなんとなく詩に届く気がした。
『いるよ……イメ』
背景に馴染んでしまいそうな程、白で埋め尽くされた少女がそこに現れた。
『詩、やっぱり今日も居たんだね』
『うん。私はいつだっているよ』
そこで何かがひっかっかった。そういえば、保健室でこの夢を見た時、彼女は居なかった。……何故だろう。
『僕が保健室で寝てた時は居なかったよ』
『それって、まだ日が出ている頃?』
『そうだよ』
『それじゃあ居るわけないよ』
彼女はきっぱりと断言した。どういうことだろう。
『どうして?』
『私は夜にしか居ないから』
夜にしかいない。つまりそれは──
『まさか、詩が寝てないから……とか?』
その言葉に詩は肩を揺らす。当たらずとも遠からずという所だろうか。
『違う。イメ』
今はどう否定されようとそうとしか思えないし、詩の言葉には焦りが見え隠れした。
『そういえば、二ヶ月ここに居るっていってたけど、ここカレンダーなんてないよね』
思い起こせば妙なこともあった。
『違うっ!』
詩が珍しく大きく叫んだ。普段は感情の起伏が小さいのに、やっぱり僕の言うことは当たっているのだろうか。
『……イメ。私は泡沫の夢』
『……泡沫の夢?』
泡沫とは、確か泡の様に儚いことのあらわれ、という意味だったはずだ。それが正しいなら詩は自分がこの世に存在しない、と言いたいのだろうか。
けれど、昼にいなかった事、カレンダーも無いのに二ヶ月と答えられた事、合わせて考えれば詩は実在するのではないだろうか。
『イメ、イメの馬鹿』
そんな可愛い罵倒をされても僕は揺るがない。
『詩。詩はこの世に居たくないの?』
詩の頬を涙が伝う。それを僕は綺麗だと思った。そして詩はその場で、一人で、泣きながら両手を握りしめて耐えている。僕は見ていられず、詩をぎゅっと抱きしめた。すると詩はそっとぼくの背中に手をまわして、ぽろぽろと泣き始めた。
『うっく、ひっく、私、なん、て存在しない、んだよ。イメ』
『もし、詩がこの世に居なくても、今ここに、僕の前に詩は居る! それに、現実に居るなら、一人で苦しんでいるなら、僕が見つける! 絶対だ!』
詩はその綺麗な銀白の目を見開いて、僕を見つめる。ほら、泣き止んだ。
『……本当に?』
『本当だ』
僕は詩を安心させるため最大限の余裕を秘めた笑顔を見せつける。すると詩はその潤んだままの大きな瞳を細めて、頬を紅潮させながら微笑んだ。
ピピピとつまらないアラーム音を叩く。僕は制服に袖を通して、それから、詩を思い起こす。腕なんて折れそうに白くて華奢で髪はプラチナ、フリルのついたワンピースは真っ白、何よりもあの白銀の瞳が忘れられそうにない。
「よし」
僕は階段を下りる。朝食を済ませ、お母さんに挨拶をして、自転車にまたがる。
「さて」
今日から詩探しを始めますか。
果たして詩はどうしたか。