地下室で暮らす少女
この髪色は聖女の証。
淡い色の髪色に溢れたこの国で、何百年かに一度生まれる黒い髪を持つ少女。植物を花開かせ、火も水も、人の命をも操る魔法使い。
その少女の力がある限り、国は豊かで健やかな日々が保障される。
その少女の黒髪が美しくある限り、国は強さと権力を手にできる。
しかし忘れてはならない。
少女の力が永遠のものではないことを。
天からの借り物であることを、忘れてはならない。
擦り切れるほどに読んだ絵本には、黒髪の少女の過去の偉業と、その最期が可愛らしく描かれている。
毎晩それを読んでから眠るのが私の日課。
読み忘れるとお母様にとても怒られる。
「ティナ、今夜はよく眠れそう?」
絵本を閉じ、掛け布団を整えていると、足音もなくお母様が部屋に入ってくる。
「ええ、お母様」
すました声で答えれば、お母様は柔らかくふわりと笑う。
「1人で眠れるようになって、気分はすっかりお姉さんね」
私の黒髪に唇を落とし、そっとまぶたに触れてくる。甘い香りにほっとしながらも、私は真っ直ぐお母様を見つめる。
「明日こそ、お父様と上に行けるでしょう?」
「ティナが明日、良い子にしていられたらね」
「良い子にしていなかった日なんてないわ」
「はいはい。ほら、早く眠りなさい」
「おやすみなさいお母様」
「おやすみなさい、ティナ」
部屋を出ていくお母様を見送り、ベッドに横になる。目を閉じても瞼の裏にうかぶのは、本でしか知らない上の世界。
私の黒髪は珍しく、人々に驚かれてしまうから。お母様とお父様はお家の地下室に私のお城を築いた。
私は階段を登ったことがない。
生まれてからずっと、地下にあるこの部屋で生活している。
このお家にはメイドも執事もいない。
身内だけでひっそりと、地下に3人、上に6人で生活している。
お母様とお父様と私が地下に、お母様の家族が上で、支え合いながら暮らしている。
それが私の為であることは、幼い頃から分かっていた。
このお家に住む人で、髪が黒いのは私だけ。
絵本の主人公である女の子は、その黒髪の力を使い世界を豊かにしたのにも関わらず、最期は国の権力者に殺される。
きっと私も見つかってしまったらそうなるんだ。
でもだからって、こんな地下で身を隠して生きるのは馬鹿馬鹿しい。
この力があれば、平民なんて敵ではない。
まだ上の世界を、外の世界を見たことがないから不安になるだけだ。
今までお母様とお父様と3人、同じお部屋で眠っていたけれど、7日前に私のお部屋で眠るようになった。
私が14歳になったから。
大人の女の人になったから。
目に力を込め、強く閉じる。
擦り切れるほどに読んだ絵本のようにはならない。私は自由になるんだ。