気がつけば、異世界4
見渡す限りの平原を抜けると、そこは王都であった。
などと、上手い話はなく、「着いたぞ」と降ろされたのは平原の中にポツリと立つ小さな塔だった。
石を積み上げただけのそれは、とても王宮には見えない。これは本当に騙されて、私はここでこいつらの慰み者になる運命なのだろうか、と軽い絶望を感じてしまう。
「なに辛気臭い顔してんだ」
ライルさんが鼻で笑っている。おおよそ、今の私の絶句した顔を見たのだろう。こういう細かいところに気付くのが、またにくいところだ。
「いえ、王宮に行くと聞いていたはずなのに、言っちゃ悪いですけど、こんな寂れた王宮があるんだな、というか、騙されたな、というか」
「んなことだと思ったよ。確かにここはまだ王宮じゃない」
まあ、騙したりはしないから着いてきなさい、とリヨン殿下を先頭に塔の中に入る。
中も見た目を裏切らず、殺風景だ。しかし、そこに一つだけ見慣れないものがあった。
床に大きく描かれた絵のような図形のようなもの。
「魔法陣……?」
実物を見るのは初めてだ。物語の中でなら何度か読んだことはあるが、空想の中のものだった。当たり前のように目の前にあると、嫌でもここが異世界だと感じられる。
「ユーリの世界にもあったのか?」
「空想の中で、でしたらありました。そもそも、魔法なんてない世界でしたから」
リヨン殿下はほう、と興味深そうに頷いた。元の世界では科学技術が発展していたように、ここでは魔法が一般的なのかもしれない。だが、移動手段に馬を使っていたりするあたり、まだ浸透していないか、それとも個人の力量によってムラがあるのか、と言ったところだろうか。
「まあ、考えてみるよりも実際に体験したほうが早いだろうな」
意外とこの殿下、一国の王族? 皇族? であるにも関わらず行動的で、考えるな、感じろ、タイプの人らしい。
こちらへ、と殿下自らエスコートしていただき、魔法陣らしきものの中へと足を踏み入れる。ライルさんと乗っていた馬も入ったところで、リヨン殿下はつま先をコンコン、と二回鳴らした。
すると、魔法陣は淡い薄緑色に光りだし、瞬く間にあたりを明るく染め上げていく。周りの石壁が見えなくなり思わず殿下の腕に縋り付くと、彼は控えめに喉を鳴らしたのだった。
「魔術に慣れていない者の反応は久しぶりでつい、な」
後でリヨン殿下に聞いたらそう言っていた。悪気があったわけではない、と謝ってまでくれた。人の上に立つことに慣れている余裕は、さすが一国の殿下だけある。
あたりを照らしていた薄緑が徐々に消えていくと、そこには先程までの石壁はなく、今度はどこかの小屋の中だろうか、レンガが積まれてできている場所に居た。ただ足下の魔法陣は変わらない。
どういうことだろうと困惑していると、
「ようこそ、フェステシア王国へ」
リヨン殿下に手を引かれるままに扉の外へ出た。すると、そこは草原ではなく、ゴシック様式というのだろうか、ヨーロッパの古城のような大きく荘厳なお城がそびえ立っていた。
「え、なんで、さっきまで草原に」
「魔術の一種、転移陣を使えば決められた場所になら一瞬で行けるのだ」
少し自慢げに殿下は言った。
魔術という言葉には聞き馴染みがある。
現実逃避としてよく空想の世界に逃げていた私にとって、それはとても馴染み深いものだ。魔法でこんなことがしたい、ああだったらいいのに、と思っていたことが今、まさに目の前にあって、しかも体験した。
不安よりも好奇心の方が勝ってしまうのは仕方のないことだろう。嫌で嫌でたまらなかった現実を離れて、夢にまで見た魔法・魔術が存在する世界に来たのだから。
年甲斐もなく、ソワソワと周りを見回してしまう。どこを見ても見慣れた景色など一つもない。それこそ、世界史や地理の教科書で断片的に見た写真と僅かにリンクする部分もあるが、それでもきっと私が生きていた時代ではないことは明白だ。
「魔術ってすごいですね!」
「お気に召したのなら、なにより」
リヨン殿下はふわりと微笑んだ。その笑顔は本当に嬉しそうで、この国を心から愛しているように見えた。