気がつけば、異世界3
「ということはお前、別の国……というより、別の世界から来たのか」
「まあ、状況的に考えたらそうですね。フェステシアという国なんてなかったですから」
「確かに過去の古い文献では、時折異界の出身を名乗る異人を保護した記述もあったが、まさか本当だったとはな」
目的地へと向かう間、お互いの情報を共有……もとい、誘導尋問が行われていた。どうやらここはあの世ではなく、いわゆる異世界というやつらしい。そして、リヨンさんはこの世界の一国である、フェステシア王国の第一王子であるらしい。そして、私と同乗しているライルさんは、そのフェステシアの軍隊の上層部の人間らしく、リヨンの護衛も務める近衛兵だといった。
あまりにファンタジー色が濃い設定に、ただただ頷くしかないものの、命を助けてもらって、さらには保護してくれるというのには感謝している。全面的に信頼したわけではないが、おそらく言っていることに嘘はないだろうと思えたので、そのまま身を任せることにした。
ちなみに目的地は王宮らしい。
「リヨン……様? 私なんかを王宮に連れて行ってもいいんですか? スパイかもしれませんよ?」
たぶんないとは思うが、万に一つの可能性として、王宮内で捕縛、もしくは殺されるということも考えられないことはない。私の身は安全なのか、ということをオブラートに包みながら聞いてみた。
「お前はそんな奴じゃあないだろう。それにスパイや刺客ならもっと巧妙な手段で侵入して来るしな。まあ、余程のことがない限り安全だと思え。そこは俺が保障する」
「そうですか。ありがとうございます、リヨン……様」
「ああ、それと、別に呼び捨てでも構わない。変に堅苦しいのは好きじゃない」
呼び捨てで構わない、と言われても、身寄りのない不審者の私を保護してくれ、さらには一国の主となる人を呼び捨てになんかできるわけがない。これでも、二十四年生きてきた中で、生き抜く術は多少なりとも学んできたはずだ。
そんな考えを一瞬頭の中を巡らせた結果、
「そんな、恩人に不躾なことはできませんので、ライルさんと同じ様に、殿下と呼ばせていただきます」
「……好きにしろ」
ため息と共に許可をいただきました。
それにしても、目の前のリヨン殿下とライルさんのイケメンさよ。殿下は栗色の髪とアメジストの様に澄んだ紫の瞳を持ち、ライルさんは日の光を受けるとキラキラと輝くほど綺麗な亜麻色の髪と同色の瞳を持っている。これまでの二十四年間、黒髪黒眼の日本の中で育ってきた私にとって馴染みはない。しかし、どうしてこれほどまでに親しみを感じてしまうのか、少し疑問に感じた。だが、それは彼らがイケメンで、今現在優しくしてもらっているからだろう、と思うことにした。
「ユーリの母国では、黒髪黒眼が一般的なのか?」
「まあ、そうですね。外国に行けば、私よりもっと色素の薄い人や、色素の濃い人もいます」
「そういうところは、この世界と変わらないのか」
どうやら、人に関してはあまり変わらないらしい。変わらないに越したことはない。これで、黒髪黒眼だからといって迫害される心配はなくなったというわけだ。まあ、この人達が話してないだけで、不吉なものとし扱われる可能性も捨てたわけじゃないけど、多分、大丈夫だと信じたい。
周りの風景も、今乗っている馬も、何一つ地球と変わりない……と思ったところで気づいた。なぜ、言葉が通じているのだろうか?
大抵、異世界トリップ作品のセオリーでは、〜の加護とか、神様がうんたらかんたら〜というのがお決まり、というか、まあ作者としてもそちらの方が都合がいいのだろう。
しかし、私は電車事故に巻き込まれて気付いたらここにいただけだ。何がどうして、言葉が通じているのか甚だ不思議だけど、今のこの状況で気にしたら負けだと感じ、通じているだけましか、と気楽に考えることにした。
別に能天気ではないけれど、これまでの生活でその場にできるだけ早く適応することを求められていた。だからか、異世界という突拍子もない状況でも、そんなものか、程度の驚きで済んでいる。
「それにしてもお前、落ち着きすぎじゃないか?」
物珍しそうに周りの風景を眺めている私が暢気そうに映ったのだろう。後ろからライルさんが訝しむように尋ねた。
「まだ状況を上手く整理できてないだけかもしれないですけど、結構順応性があるといいますか、なるようにしかならないかな、と思ってるだけです」
「でも、あっちの世界とかに残してきた家族とかいるんじゃないのか?」
「家族、ですか」
正直なところ、元の世界には思い入れはほとんどない。少しあるとすれば、それは就職先で気に掛けてくれた先輩や、よく行く惣菜屋でいつもおまけを付けてくれるおばちゃんに会えないことが少し寂しいと思うくらいだ。特に家族なんかは、これですっぱりと縁が切れたかもしれないことに、多少なりともほっとしているくらいだ。
「ライル」
沈黙した私を、元の世界を思い出して悲しんでいると思ったのだろう。リヨン殿下はライルさんを諫めた。そして、
「ユーリも考える時間が必要だろう。今はここが安心できる場所であることを感じてもらうのが先だ」
焦らなくて良い、と暖かく微笑んでくれた。
無条件に優しくされることに身構えてしまいそうにはなるけれど、久しぶりに人の暖かさに触れて、少し泣きそうになった。