異世界心霊奇譚 第八話 ゴブリンの首塚 3 完結
「だったら、ゴブリンどもがなにをしたかわかるでしょ?」
「ああ……残念だけどね……」
わたしはこころのそこから、同情の念をまじえて言った。
これまで旅をしてきたなかで、おなじような風習を聞いたことがあるからだ。村の祈願のために、わかい娘をさしだすというのが、どういう意味なのかはわたしも理解していた。
「あらゆることをされた…… おんなとして、人間として、屈辱的なことすべてを……」
トレンシーは自分に言い聞かせるように呟いた。
わたしはさらにトレンシーに近づいた。
「凌辱の果てに、わたしはゴブリンの子供を産んだ……」
トレンシーは目元をぬぐった。
「知ってる? ゴブリンの子はたった3ヶ月で産まれるの……」
「たった3ヶ月で?」
わたしはそう相槌をうちながら、もう一歩近づいた。あと一歩も踏みだせば、トレンシーの腕をつかめるほどまでの距離——
「えぇ、そうよ!」
トレンシーの声色がかわった。さきほどのはかなげなさは鳴りをひそめ、どすのきいた刺々しい声。
「あいつらは人間の女に子供産ませて……」
トレンシーがたちあがる。
「食べるの!!」
その瞬間、わたしはトレンシーに手を伸ばして、押さえつけようとした。
だがゾッとするような目をむけられ、おもわずひるんでしまった。
「食べるために、あいつらはわたしに子供を産ませるのよ!!」
その目に宿る狂気——
伸ばした手をひっこめたのは、ひるんだのではなく、もしかしたらその姿に、魅入られてしまったからかもしれない。
「わたしの赤ちゃんを食った。あいつらはわたしのカワイイ赤ちゃんを食ったの!! わたしの目の前で!!!」
その口元がいびつにゆがんでいた。
わらってる——?
「だから、わたしはあいつらを殺したの。刀をうばってね。殺して、殺して、殺しまくったの。きゃはははははははははははははは……」
舞踏のステップでも踏んでいるように、トレンシーはくるくるとその場でからだを回転させはじめた。
「毎月殺しにいくわ。今月も、来月も。そしてここに埋めていくの」
満足そうな笑顔。だけどどこかいびつだ。
彼女は完全に取り憑かれてしまっている。
「トレンシー」
わたしはやさしく声をかけた。
「なあに?」
トレンシーの背中に手をまわすと、わたしは彼女の胸に剣を突き立てた。
刃はなんの抵抗もなく、トレンシーの胸を貫いた。
「トレンシー……、もうゴブリンはいないんだよ。とっくにね」
「きみが殺して首を刎ねていたのは……」
「村のひとたちなんだ」
わたしはそう言って、床をさししめした。
トレンシーは目をきょろきょろとさせながら、床一面に転がる村人の頭を見た。
すでに壁や天井にあった幻影は消えうせている。
「トレンシー。もう村のひとびとを許してあげてくれないか——」
「きみはもうとっくにこの世の者じゃないんだ」
「だって、わたし……」
「最初に言ったろ。この部屋には生きてるものはいない、って」
「いつから……」
わたしは首を横にふった。
「わからない。わたしはただ、村のひとたちに頼まれて、きみを開放しにきた……」
「ゴブリンの虜になってるきみをね」
トレンシーは自分の胸を貫いているわたしの剣をじっとみた。
「これ、なぜ刺さってるの?」
「わたしの魔力だよ。命のないものにしか利かない、あまり役にたたない力さ。おかげで戦士を目指すしかなくてね……」
わたしのことばにトレンシーはくすっとわらった。
「うまくいかないものなのね」
「あ、あぁ……、人生なんてそういうもんさ。それでも……きみの人生はとんでもなく過酷だったと思う。でも、もういいだろ?」
トレンシーはこくりとうなずいた。
わたしはトレンシーのからだがいつのまにか、半透明になって消え入りそうになっているのに気づいた。
「クランツェ……」
「あなたの剣……」
トレンシーがほほえんだ。
「とってもあったかい——」
トレンシーのからだが消えたあとも、わたしは彼女のからだを抱きかかえるような格好のまま、しばらくほうけていた。
そして彼女の魂が縛りつけられていた廃ダンジョンの部屋を、ひとしきり見回してから、その場をあとにした。
だけどわたしにはまだトレンシーの怨念の残滓が、そこここにへばりついているように感じてならなかった。
いとしい我が子を目の前で食われ続けた母親の狂気は、簡単にはぬぐい去れない気がした。
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