異世界心霊奇譚 第八話 ゴブリンの首塚 1
若い女を生け贄にして、災厄をさけようとする風習は、悲しいことに、この世界ではいたるところに存在します。
ゴブリンの首塚と呼ばれる場所も、かつてそのような風習のための、祭壇のひとつとして使われていました。村の安寧は、うら若き女性たちの犠牲のもとに保たれることができました。ですが、ゴブリンに囚われた女性たちは、どうなったと思いますか?
ゴブリンに殺される? 食べられる?
いいえ——
想像するのもおぞましいほどの、悪夢のような目にあわされるのです。
これはクランツェ・オーディンが騎士団にはいるずっと前の話——
若かりし頃の彼が修業の旅を続けながら、クエストをこなしていた頃の不思議な話。
ダンジョンの部屋にはいるときに、まずすべきことは、潜んでいる魔物がいないか全神経を集中させること——
それはおとずれる冒険者が絶えた、この『廃ダンジョン』においてもおなじだ。油断してはならない。
ましてやここは『ゴブリンの首塚』という異名がつけられた場所。
格段の注意が必要だ。
わたしは部屋のドアに背中を押しつけると、ゆっくり内部を覗き込む。いつでもからだを翻して、逃げ出すことができる体勢を保ったままだ。
室内はぼろぼろに朽ちていた。
天井や壁の一部が崩落して、床に土塊となって散乱している。ただ暗闇にならした目でも、なんとか見てとれるほど暗いので、奥のほうまでは目が届かない。
なにかの気配——
魔力を研ぎ澄ませる——
ねっとりと絡みつくような、生理的に受け入れがたいなにかいやな感覚が肌をなめる。奥になにかがいるのはわかったが、いますぐ襲ってくるような兆候は、すくなくとも感じられない。
わたしは指をパチンとならした。
空中にぼうっと火の玉が浮かびあがる。
初歩的な火炎魔法。
ゆらめく炎がうっすらと、部屋のごつごつとした壁を照らしだす。
部屋のおくのほうに、ぼんやり人影が浮かびあがった。
スカートの裾からのぞく青白い足、か細い腕、そして怯えた表情の女性の顔。
トレンシー・マデール——
まちがいない——
だが、わたしはすぐには部屋に踏み込まない。
彼女をおとりにしたトラップが仕掛けられている可能性を、わたしは排除しない。
腰にたずさえた剣に手をかける。
いつでも突き出せるようにしっかりと握りしめている。
「トレンシー、トレンシー・マデールさんだね」
わたしは室内で響きすぎないよう、抑制をきかせて呼びかける。
「わたしはクランツェ・オーディン。ふもとの村のひとたちに頼まれて、きみを開放しにきた」
返事はない——
声帯がやられているか、なにかしらの魔力でことばを封じられているか……
「トレンシー、今からそこへむかう」
ゆっくりと半歩前にふみだす。
「教えてくれないか?。まわりになにか潜んでいないかい?」
「ゴブ……リン……が……」
うめくような擦れた声。だがすくなくとも会話は成立しそうだ。
「ここにゴブリンがいるっていうのかい?」
わたしは足の裏で地面をまさぐるようにして、もう半歩だけからだを前にだす。だが、いつでも外へ飛び出せるよう、上半身は入り口側にむいている。
「ゴブリン……が……」
ふたたびトレンシーの声。さきほどよりすこしまともだ。
「ゴブリンはここにはいないよ、トレンシー。わたしの『霊視』スキルでは、ここにはきみ以外はいないことになってる」
「でもいるの……」
「いない。いないんだ。トレンシー。わたしは生きているものを察知するスキルがある。すくなくとも、この部屋には生きているものはいない」
「なぜ、わかるの……」
わたしはトレンシーの顔をしっかりとみすえた。
さきほど怯えた表情と見てとれた顔つきは、よくみると疲れ果てたような、それでいてなにかに取り憑かれたような、複雑なものだったことがわかった。
「そういう能力者なんだ、トレンシー。自分でいうのもなんだけど、通っていた魔法学園でも一番優秀だったんだ」
自慢げに聞こえないよう、注意をはらいながらわたしは言う。
「それにある村で、さらに能力をさずかった……」
ふと、昔、魔法学園の学長に言われたことを思い出した。
『クランツェ・オーディン、あなたの忌むべきものを察知する能力には、目をみはるものがあります。血筋なのか、体質なのかはわかりません。もしかしたら先祖の霊が守ってくれているのかも知れません』
彼女はそう褒めながら、ふーっとおおきくため息をはいた。
『ですが同時に、見えなくてもいいもの、遭遇しなくていいものをも察知してしまうかもしれません。その能力を大切にしなさい。これから先、自分の命くらいは守ってくれるでしょうから……』
「トレンシー、村のひとたちに、きみがこの場所に囚われているって聞いた」
できるだけ名前を連呼すること。
ひとを助けにきたのではなく、あなたを助けにきているのだ、と認識させるべし。
「だったら……わたしがゴブリンどもの……虜になって……ることも……聞いた……でしょう?」
「ああ、もちろん。もちろんだよ、トレンシー。村の人々はみんな、そのことを憂いていたよ。心配している」
「だれも助けにこなかったわ……」
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