表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/49

異世界心霊奇譚 第六話 複数の頭を持つ女 3

「惚れられちまったんだよ…… ふたり同時にな」


 ダルーはことごとく仲間に去られると、噂が噂を呼んで、だれも彼とパーティーを組もうという者が現われなくなった。ライとレイだけで旅を続けるようになると、気持ちの変化が生じはじめた。

 そして、ライとレイは、ダルーに恋をしたのだ。


 ライもレイもお互いはばからず、競うようにダルーを誘惑しようとした。


「ダルー、わたしのことをいっぱい愛して!。そうしたら、わたしはあなたのために、いっぱい働くから。どんな敵でも倒せといれば倒すし、種を根絶やしにしろっていえばするわ」

 そう言って、自分の奉仕の代価に、ダルーの愛を求めたのはライ——


「私を愛してくれないのなら、私はなんの手をつくさずに死を選びます。ゴブリンどもに陵辱されようと、オークにからだを八つ裂きにされようと、なすがままにされて、この世から消えることをのぞみます」

 自分を愛さなければ、死をもってダルーの前から去ると脅迫したのはレイだった。


 どちらもダルーを、ダルーの愛を独占したいがゆえのわがままだった。


「どっちも選べねぇだろ」

 ダルーは吐きだすように言った。

「どっちか選べば、両方ともうしなっちまうんだからさ。そりゃ、別れちまえば、せいせいするかもしれない。だが、それまで積み重ねてきた実績はどうなる?」

「ええ、わかります」

 ベクトールは気分を損ねないように相槌をうった。


「そりゃ、栄光も金も名誉も手に入りはじめたさ。だがまだ絶対的なモンじゃなかった。だからあの女を放りだす選択肢は、あのときのオレにはなかった」

「ええ、ええ。そうですね」

「うだつのあがらない、駆け出しの冒険者にまた戻るってか。冗談じゃない。ここまでくるのに、どれほどの我慢を重ねてきたと思う? 仲間に次々に去られていくたびに、どれほど苦悩してきたと思う? どれほどの孤独感に耐えてきたと思うかね?」

「わかります。わかりますとも」

 興奮をまじえて訴えかけてくるダルーに、ベクトールはおもわず手を前にだして、落ちつかせようとした。


「すまねぇ……」

 ダルーは浮かせかけた腰を落とした。

「だが、ここまできたのは毎日、毎時間、毎分の、忍耐を重ねた末のものだったんだ。それにオレはすがりつくしかないだろう? それでしか、自分の存在価値を感じられなくなってたんだから」

「でも達成感はあったのでは?」

「は、そんなものとっくに麻痺しちまってたさ…… だけどこの生活を続けるしかなかった。だからオレは両方に気をもたせながら、答えをはぐらかし続けたよ……」

 ダルーが疲れた表情で、吐息をはいた。

「だがある日、とうとうそれじゃあ、ごまかしきれない事態になっちまったんだ」

 



「ダルー、わたしを愛してくれないなら、レイの首を落とすわ」

 ライが剣をレイの首に押し当てて、答えをダルーに迫った。その剣幕はいつもの、のんびりとした、寛容さは微塵もなかった。引きつった笑顔がその真剣さを、ダルーにつきつけてきた。

 だが刃を首に押しつけられていたレイも、負けていなかった。

「ねぇ、私をあなたのモノにして!、ダルー。でなければ、私は自分の心臓をついて果てます。だから……」

 レイの必死な様は、いつもの冷静さを欠いていると、ダルーは即座に感じ取った。ここにいたるまで、ふたつの頭のあいだでどんな会話が、言い争いが、あったか、まったく造像できなかった。

 だがダルーはここで結論を、ある種の決着をつけねば、ここですべては終わると腹を括った。


 ダルーは決断したつもりだった。

 だが、口をついてでたことばは、円満な解決の提案でありながら、ただ本当の決着を先伸ばししたにすぎなかった。


「ふたりを交互に愛する、では駄目だろうか……?」




「そ、それを……受け入れた?……ンですか?…… ライとレイ……は?」

 ベクトールは質問しようとしたが、とまどいが強くて呂律がまわらない。


 ダルーは口をヘの字にまげていた。

 答えを口にしたくない。

 そういう意思表示ではないか、とベクトールはいぶかった。


 ふいに、居酒屋の喧騒が耳に飛び込んできた。

 ベクトールは驚いて、あたりをみまわした。まわりにはおおくの酔客いて、相応に騒がしかったことに、いまはじめて気づいたのだ。

 それほどまでにダルーの話を傾聴していたことに、ベクトールはあらためて気づかされた。

 まるで夢の世界から現実に引き戻されたような錯覚に陥る。



「受け入れたんだよ——」

 ふいにダルーの口から返事がもたらされた。


 ベクトールはまるで、神から福音でももたらされたように、(あが)めるような気持ちでその言葉を聞いた。


「オレは毎晩、交互にふたりを抱いた……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ