異世界心霊奇譚 第六話 複数の頭を持つ女 3
「惚れられちまったんだよ…… ふたり同時にな」
ダルーはことごとく仲間に去られると、噂が噂を呼んで、だれも彼とパーティーを組もうという者が現われなくなった。ライとレイだけで旅を続けるようになると、気持ちの変化が生じはじめた。
そして、ライとレイは、ダルーに恋をしたのだ。
ライもレイもお互いはばからず、競うようにダルーを誘惑しようとした。
「ダルー、わたしのことをいっぱい愛して!。そうしたら、わたしはあなたのために、いっぱい働くから。どんな敵でも倒せといれば倒すし、種を根絶やしにしろっていえばするわ」
そう言って、自分の奉仕の代価に、ダルーの愛を求めたのはライ——
「私を愛してくれないのなら、私はなんの手をつくさずに死を選びます。ゴブリンどもに陵辱されようと、オークにからだを八つ裂きにされようと、なすがままにされて、この世から消えることをのぞみます」
自分を愛さなければ、死をもってダルーの前から去ると脅迫したのはレイだった。
どちらもダルーを、ダルーの愛を独占したいがゆえのわがままだった。
「どっちも選べねぇだろ」
ダルーは吐きだすように言った。
「どっちか選べば、両方ともうしなっちまうんだからさ。そりゃ、別れちまえば、せいせいするかもしれない。だが、それまで積み重ねてきた実績はどうなる?」
「ええ、わかります」
ベクトールは気分を損ねないように相槌をうった。
「そりゃ、栄光も金も名誉も手に入りはじめたさ。だがまだ絶対的なモンじゃなかった。だからあの女を放りだす選択肢は、あのときのオレにはなかった」
「ええ、ええ。そうですね」
「うだつのあがらない、駆け出しの冒険者にまた戻るってか。冗談じゃない。ここまでくるのに、どれほどの我慢を重ねてきたと思う? 仲間に次々に去られていくたびに、どれほど苦悩してきたと思う? どれほどの孤独感に耐えてきたと思うかね?」
「わかります。わかりますとも」
興奮をまじえて訴えかけてくるダルーに、ベクトールはおもわず手を前にだして、落ちつかせようとした。
「すまねぇ……」
ダルーは浮かせかけた腰を落とした。
「だが、ここまできたのは毎日、毎時間、毎分の、忍耐を重ねた末のものだったんだ。それにオレはすがりつくしかないだろう? それでしか、自分の存在価値を感じられなくなってたんだから」
「でも達成感はあったのでは?」
「は、そんなものとっくに麻痺しちまってたさ…… だけどこの生活を続けるしかなかった。だからオレは両方に気をもたせながら、答えをはぐらかし続けたよ……」
ダルーが疲れた表情で、吐息をはいた。
「だがある日、とうとうそれじゃあ、ごまかしきれない事態になっちまったんだ」
「ダルー、わたしを愛してくれないなら、レイの首を落とすわ」
ライが剣をレイの首に押し当てて、答えをダルーに迫った。その剣幕はいつもの、のんびりとした、寛容さは微塵もなかった。引きつった笑顔がその真剣さを、ダルーにつきつけてきた。
だが刃を首に押しつけられていたレイも、負けていなかった。
「ねぇ、私をあなたのモノにして!、ダルー。でなければ、私は自分の心臓をついて果てます。だから……」
レイの必死な様は、いつもの冷静さを欠いていると、ダルーは即座に感じ取った。ここにいたるまで、ふたつの頭のあいだでどんな会話が、言い争いが、あったか、まったく造像できなかった。
だがダルーはここで結論を、ある種の決着をつけねば、ここですべては終わると腹を括った。
ダルーは決断したつもりだった。
だが、口をついてでたことばは、円満な解決の提案でありながら、ただ本当の決着を先伸ばししたにすぎなかった。
「ふたりを交互に愛する、では駄目だろうか……?」
「そ、それを……受け入れた?……ンですか?…… ライとレイ……は?」
ベクトールは質問しようとしたが、とまどいが強くて呂律がまわらない。
ダルーは口をヘの字にまげていた。
答えを口にしたくない。
そういう意思表示ではないか、とベクトールはいぶかった。
ふいに、居酒屋の喧騒が耳に飛び込んできた。
ベクトールは驚いて、あたりをみまわした。まわりにはおおくの酔客いて、相応に騒がしかったことに、いまはじめて気づいたのだ。
それほどまでにダルーの話を傾聴していたことに、ベクトールはあらためて気づかされた。
まるで夢の世界から現実に引き戻されたような錯覚に陥る。
「受け入れたんだよ——」
ふいにダルーの口から返事がもたらされた。
ベクトールはまるで、神から福音でももたらされたように、崇めるような気持ちでその言葉を聞いた。
「オレは毎晩、交互にふたりを抱いた……」




