異世界心霊奇譚 第五話 魔法学園の惨劇 3
パロッツオはゾクッとした。
魔物たちが、生徒たちを追いかけ、楽しみながら殺していく姿が思い浮かんだ。
泣き叫びながら、叶わぬ命ごいをしている生徒たちの姿——
ばらばらになった死体を、玩んでいる魔物たちの姿——
教室、廊下、トイレ、体育館、運動場、敷地内すべての場所が真っ赤に染まり、肉片がごろごろと無造作に転がった光景——
敷地内にひしめきあう、おぞましい千体もの魔物の群れ——
ありえない……
そんなことがたった50年前にあったなんてありえない。
これがもし本当だとしたら、人類はそのときに最後の日を迎えていたはずだ。
「その魔物は…… 魔物はどうなったのです?」
「ルディンじゃよ」
パロッツオのからだは、いつの間にか小刻みに震えていた。
「式典から戻ってきたルディンは、学園に結界が張りめぐらされているのを見て、なにかが起きたことを察知したのじゃ。やつは結界を無理やりこじ開けて、その惨劇を目の当たりにした……」
「ルディンはどうなったんです?」
「気が狂ってしまった……」
「狂った?」
「友人や仲間、先生たちが死に絶えているのを見て……精神に異常をきたしたのじゃ」
ルディンの怒り、絶望、ショック、悲しみ——
パロッツオには想像しきれなかった。
生まれつきの才能ゆえに子供のころからどこか醒めた目で、世の中をみてきた自分には、一瞬で気が狂ってしまう寸前の感情など、理解できようはずがなかった。
「どうやって、ルディンが千体もの魔物を倒したかわからないままじゃ。だれも見ていないのじゃからな。ただ……のちに検死等に携わった魔法庁の局長は、たったひとこと、こう言ったそうじゃ」
「どんな魔法を使ったのか、想像がつかない——と」
「ある魔物はまるで雑巾でも絞ったように、からだを幾重にもねじられて、ねじ切られていたそうじゃ。頭から足まで百枚ほどに薄くスライスされたものもあれば、口から骨をまるごと引き抜かれたもの、腹が縦に裂けてそこから、ベロンとからだの中身が裏返っていたもの…… どれも想像すらおよばないほど凄惨な様相を呈していたそうじゃ」
「……」
「じゃが、下位の魔物はまだ形が残っていた。上位クラスはもうわけがわからなくなっておったらしい」
「わけが……わからない?」
「ほとんどが、ぐちゃぐちゃな肉塊に成り果てとったそうじゃ。燃やされ、溶かされ、無数の穴をあけられ、切り裂かれて、潰されていた……と」
「ど、どうやったら、そんなことが?」
「わからぬ……」
ロランは頭をふった。
「いっせいに、いくつもの高等魔法を、想像もつかない力量ではなった…… そう想像するしかない」
「彼は、ルディンはどうなったんです?」
パロッツオはルディンのことを問いたださずにおれなかった。
「言ったじゃろう。狂った、と」
「ええ、それは聞きました」
「二日後、ようやく外部にこの事件が知られてな、魔法庁は最高位の箝口令をしいて、調査部隊を派遣して内部にはいったそうじゃ……」
「そして、二年生の教室で、ルディンを見つけた……」
「彼は…… ルディンはなにを?」
「授業を受けていたそうじゃ」
「は?」
「ネクロマンサーの魔法を使って、ばらばらになったクラスメイトを精いっぱい人間の形につないで……つぎはぎだらけの皆と、授業を受けていたのじゃ」
「魔法庁の担当官が踏み込んだとき、彼はにこにこしながら、先生にむかって挙手していたそうじゃ。頭も腕もなくなっている先生の死体にむかってな」
パロッツオの脳裏にその光景が浮かんできた。
壁も床も天井も血で真っ赤に染まった教室。あたりに肉片が転がったなか、ぐちゃぐちゃになったクラスメイトに囲まれながら、白いローブを着てかわらず微笑んでいるルディン——
パロッツオはおもわず口元をおさえた。
のどの奥をついてこみあげてくるものがなんなのか、彼自身にもわからなかった。
「パロッツオ、わかったじゃろう。そなたがあの旧校舎に惹かれたわけが……」
パロッツオは口をおさえたまま、うなずいた。
目から熱い涙が噴きだした。
「ルディンは今、どこにいるのか。生きているかどうかも不明じゃ。精神が壊れて境界線を越えたのか、境界線を越えるほどの魔法を使ったから精神が壊れたのか。今となってはそれもわからん。どちらにしても、あの旧校舎に近づくのはよすがいい」
パロッツオの涙はとまらなかった。
血まみれでほほえむルディンを思うと、泣けて泣けてしかたがなかった。
ロラン学園長は、しばらくのあいだ、黙って彼を見守っていたが、やがて力強く言い放った。
「もうじき夜が明ける。もう休むがいい……眠るのじゃ。パロッツオ」
とたんにあらがえないほどの睡魔が襲ってきた。
そのことばには、慈悲の魔法がこめられていたのかもしれない。パロッツオは遠のいてゆく意識のなかで、今一度、ルディンを思った。
彼を忘れてしまうのか?
もしかしたら次に目が醒めたとき、ぼくはルディンを覚えていないかもしれない——
忘れたくない。
けれど、忘れなければならない。
忘れなければ、きっと自分はまたあの校舎に導かれ、ルディンの魂をさがしてしまうから。いつか彼と会ってしまったら、二度と帰ってこられなくなるから。
パラッツオの指が無意識に動いた。自分以外のだれかのために、こんなに本気で祈ったのは初めてだった。
鎮魂の歌をあらわす印を結んだ指は、やがて力なく床に落ちた。
魔力のある者を誘っている。
名だたる魔法学園のしずかな旧校舎——
ルディンの魂は、今も自分とおなじような強い魔力をもつ者を、血まみれの教室のなかで待っているのかもしれない。
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