異世界心霊奇譚 第五話 魔法学園の惨劇 2
むかし、学園創立以来の大天才、ルディン・オーカスという少年が入学してきた。
彼は十代続く大魔導士の家系で、父は魔法司政官、祖父は王様付の大僧侶というサラブレッドとして産まれた。幼少の頃よりその才を見込まれ、大賢者マヌエラの元で修業を重ねたという少年だった。
5才のときには大学入学試験で課せられる魔法を完璧に使いこなし、十才のときには、一個大隊の怪我を同時に治せるというヒーリング魔法を修得、魔法小学校を卒業する頃には、大賢者でしかなしえない、死体を操るネクロマンサーの魔法を自在に駆使したという。
魔法中学を卒業する頃には、うしなわれたという、いにしえの魔法を3つも復活させることに成功し、その天賦の才を世間にしらしめた。
ずばぬけた能力をもっていながら、彼はまったく驕ることなかった。年齢や地位や貴賤や種族、そして魔力の力量などで、接する態度を変えることはなく、だれにでもおなじように接した。
つよい正義感と使命感を持っていたが、おのれの価値観につねに目をくばり、正義の押しつけをしていないか、常におのれに問い、みずからを律していた。
十五歳にして、すでに大賢者の思考と風格、そして技量を持ちえた希有な存在だったが、なによりも家族や友人たちを大切にし、さらなる高見をめざして、勉学や魔法の探求へ意欲を燃やし続けていた。
だれもが彼の能力やその飾らない人柄に惹かれ、いつのまにか彼のまわりには生徒はもちろん、先生までもが集まってきたという。
「学園長、でもそのひとの名前、聞いたことがありませんよ。そんなすごい人なら、この世界のあらゆる災厄を解決していたのではないですか?」
「ああ、ほんとうならそうなるはずじゃった……わしなんぞ、およびもつかん超がつくほどの大賢者になっていたはずじゃ」
だが、ある日、事故がおきた——
いくつもの、考えられない偶然が重なり、信じられない惨事を産みだした、ということだった。
その日、ルディンは父親の叙勲の式典に参加するため、午前中の半休届けをだしていた。
それは三年生のポーション生成の授業中に起きた。
業者から仕入れたポーションの材料の薬草のなかに、魔を呼ぶ『マガリミア』の種がまじっていた。
それ単体なら生徒でも簡単に駆除できる魔物がでてくる程度だった。ところがそこに運わるく魔法の力を数倍にする『魔積算液』の原液がふりかかってしまった。
突然、教室に出現した魔物に、生徒たちはパニックになった。そのなかで数人の優秀な生徒が、駆除の魔方陣や詠唱魔法で対抗した。
だが、その魔法の組み合わせが禁忌だった。
それは大賢者級でなければ知ることもない、あまりにも特殊な事例だったが、偶然駆使された複数の魔法の掛け合わせが、ありえないような効果を発揮してしまった。
地獄の門がひらいたのだ——
「地獄の門!」
パロッツオはおもわずたちあがった。
「学園長、ほんとうですか⁉ あの校舎のなかで、地獄の門がひらいたって……」
「ああ、不幸ということばで片づけるには、あまりにもむごい偶然じゃがな—— 突然、教室のまんなかで『地獄の門』がひらくなんぞというのは……」
「ど、どうなったんです? その教室にいた生徒や先生は……」
学園長はちからなく横に首をふった。
「床にあいた穴からでてきた魔物は、最終的には1000体を超えておったらしい」
「1000…… あ、ありえない。全部が兵隊級の魔物だとしても、余裕で魔王一体分に匹敵するじゃないですか」
「その通りじゃ。さすが計算が速いのぉ。じゃが、現われたのはほとんどが佐官級、なかには幹部レベルの将官級もいたそうじゃ」
パロッツオはドンと椅子に倒れ込んだ。
「この異世界が滅ぶ規模……」
「まぁ…… 最善の想定でも、この世界の種族の半分くらいは全滅したじゃろうな。なにせ魔王五体分なのじゃからな」
「で、そいつらはどうなったんでしょうか?」
「異常事態に気づいた先生たちは、この学園の敷地に結界を張って、魔物を閉じこめると決断をくだしたのじゃ」
「せ、生徒は……」
「逃がしている余裕なぞなかろう。一体でも魔物が外に出てしまったら、100や200の犠牲はではすまんのじゃからな」
「そんな……」
「それしか方法はなかったのじゃよ。先生だって必死だったのじゃ。強力な結界をうみだすために、みずからのからだを人柱にする魔法をつかったのじゃからな」
「それって、禁忌の魔法じゃないですか! 自分の命と引き換えにする……」
「ほかにどんな方法があったと思うのか⁉」
ロワン学園長が声をあらげた。
パロッツオはその剣幕に、おもわずごくりと咽喉をならした。
「この学園の先生たちは、それだけの覚悟をもって魔法に向かい合っていたのじゃ。会うこともかなわぬ先達じゃが、立派じゃったと思うぞ」
「申し訳ありません、アッヘンヴァル学園長。ぼくがもしおなじ立場にあったら、瞬時にそれだけの覚悟ができたか自信がありません…… すごいことだと思います」
「まぁ……わかればいい。じゃが……生徒たちの命は顧みられなかったのはたしかじゃ。人類全部の命と天秤にかければ、仕方がなかったとはいえ、先生方も断腸の思いだったことじゃろうな」
「そのあと……ど、どうなったんです」
ロワン学園長は、上をみあげておおきく息を吐いた。
「パロッツオ、そなたの想像通りじゃよ。学園内の生徒全員が、魔物になぶり殺しにされた。生徒たちはみな精鋭ばかりじゃったが、戦うことなどできやせん。あまりにも数がちがったのでな…… いいや……現われたのが一体であったとしても、おなじ結果だったじゃろうな。あまりに力量差がありすぎた……」
パロッツオはゾクッとした。




