異世界心霊奇譚 第五話 魔法学園の惨劇 1
異世界心霊奇譚シリーズ ベクトールヴァージョンが思いのほか好評なので、もうすこしアップします。
今度は ロランの昔話。
魔法学園の学長に就任していた時代の話……
魔法学園の最高峰マーベルグ学園の惨劇のことは聞いたことはないですよね。
あれは魔法庁が秘密裏に処理したせいで、巷間に知れ渡ることはありませんでしたから。
ですが、あの名門学園で100年前に起きた惨劇は——
簡単には語れないほどの、おそろしくも哀しい事件でした。
困ったことに、現在の生徒のなかには、そんな忌まわしい事件に、知らず知らず惹きつけられてしまうものがいるようなのです。
「今日の夜こそ、あの旧校舎へ忍び込むことにするよ」
パロッツオは窓から外を覗きながら、メグドールへ言った。
「それ、昨日も聞いたよ。パロッツオ」
「いや、今日は絶対に決行だ。メグドール、きみも一緒にこないか?」
「いやだよ。まだこの学園に入学したてで、ぼくはきみのことをまだ10日分しか知らない…… そしてその10日間でわかったのは、キミが学年一の魔法の才能をもっていることと、規則なんて屁とも思ってないことと、好奇心の塊だってことくらいさ」
「メグドール、さすがルームメイトだ。そこまでぼくのことを理解しているなんて!」
「たった、それだけだよ」
「そう、それだけわかっていればいい。ぼくはきみの見立て通りのヤツさ。それ以上でもそれ以下でもない。いや、一点だけ、修正させてくれたまえ……」
「学年一じゃない。学園一だ」
「あぁ、その通りだね、パロッツオ。きみはどんなに過小評価しても、たぶん学園一だろうね。たぶん、ここの先生方でもかなわないと思う。ぼくはきみがなぜ、この学園に入学してきたのかわからないよ」
「なぁに、魔法大学にはいるには、いちおう、魔法学園の生徒になっておく必要があるからね。たとえ飛び級をするとしてもさ。どうせはいるなら、とびっきりレベルの高い学園にしようと思ってね!」
「は、なにもかもが嫌みだけど、きみが言うと嫌みにならないから、いやになっちまうよ。でも、ここできみが宿舎をぬけだしたら、その『いちおう』手に入れた生徒の身分も剥奪されちゃうけどいいのかい?」
「そのときゃ……ま、そのときさ。そりゃね、ぼくだってできることなら危険はおかしたかぁない。けどね、もう我慢の限界だ。メグドール、きみはなにも感じないのかい? ここから見えるあの旧校舎……」
パロッツオは窓から見えている旧校舎に目をはせた。
「あそこには何かがある—— ぼくはもう、気になって気になってしかたがないんだ」
旧校舎は新校舎と真反対の、魔法学園の敷地の一番端に位置していた。荒れるにまかせた鬱蒼とした樹木におおわれ、校舎はひっそりとたたずんでいた。
なにが自分をこんなにも惹きつけているのかわからない——
なにかに導かれている、誘われているという感覚が、からだの奥底から湧きでてくるのをとめられないのだ。
その理由を突き止めるために、どうやってもあの旧校舎へ行く必要があった。
真夜中になって、パロッツオはその思いを実行にうつした。
魔法の発動は先生たちに気づかれる可能性があったので、二階の窓からカーテンをつなげたものを垂らして降りるという、古典的な脱出方法をとった。風もなく、月は厚い雲にさえぎられ、天候はパロッツオに味方した。闇に守られるようにして、彼は旧校舎まですみやかにたどり着いた。
予想はしていたが、門扉は固く閉じられていた。門の上には有刺鉄線。執拗なまでに幾層にも重ねられており、なんぴとたりとも足を踏み入れさせまいという意志を感じる。まるでどこかで読んだ物語のイバラの城のようだ。
けっして入ってはならない——
このおびただしい棘そのものが、なにかがなかにあるという啓示なのかもしれない。
魔法科の生徒をなめすぎではないかねぇ?
パロッツオは両手を下にむけて、手のひらに力をこめた。
カチッ、カチッ、とちいさな火花がちって、ゆっくりとからだが持ち上がりはじめた。
ゆっくりと有刺鉄線がしつらえられた門扉の上を超えていく。
こんなの、余裕だよ。
あともうすこしで、門扉を超えると思った瞬間、パロッツオの腕になにかがひっかかって、ものすごい勢いでうしろへ引っぱられた。挙をつかれて、なんの受け身もとれないまま、上から地面にひきずり倒された。
したたかに背中をうって息がとまる。
「あら、あら、あら……」
痛みに苦悶するパロッツオをちいさな女の子が覗き込んできた。
「やっぱり、パロッツオ・スターンズ。あなたじゃったか」
片目をあけて声の主を確認する。
それはこの学園のロラン・アッヘンヴァル学園長だった。少女のような姿をしているが相当年齢を重ねているらしい。本当の年齢はだれもしらない。
「こんばんわ、ロラン……アッヘンヴァル学園長……」
「こんばんわ、というには、遅すぎる時間じゃないかのぉ?」
「それでは、おはようございます」
「それには、少々早いような気がしするがねぇ。こんな真夜中では」
「学園長、なぜこんな遅い時間に?」
「パロッツオ、そいつはわしの質問じゃろうが」
アッヘンヴァル学園長は深くため息をついてから訊いた。
「さて、パロッツオ、そなたはなぜ、この場所にきたのじゃ?」
パロッツオは学園長室へ連れて行かれると、応接室の椅子に座らされた。
「まぁ、ずいぶんローブを汚してしもうたのう」
「乱暴に地面に叩きつけられましたからね」
「じゃが、パロッツオ、あなたはなぜ白いローブを着とるんじゃ? 忍び込もうっていう人間が、白装束というのでは、ずいぶん目立つと思うぞ」
「学園の規則に『本校の生徒は、学園内ではいかなる場合も制服を着ること』っていうのがあるでしょう。魔法科の制服は、この白いローブではないですか。ですから……」
「門限破りも禁則事項として、規則に書いてあったと思ったがのう。そちらは守るつもりはないのじゃな」
「まさかこんな遅い時間に、学園長みずから規則違反者を取り締まっているなんて、知らなかったものですから……」
「取り締まりじゃと? そんな優雅なものなんかじゃあありゃあせん。まぁ、いいじゃろう。パロッツオ、本音でお話すとするかの……」
「わしはそなたがあの場所に行くのがわかってて待っておったのじゃ」
パロッツオは学園長の当然のような口調に驚いた。
「待ってた?」
「そなたほどの魔力の持主が、あの場所に惹かれないはずはないからの」
「なにが……」
一瞬、パロッツオの目が輝いた。
「なにが、あそこにはあるんです?」
「なにも。今となっては、あそこにはなにもありゃせんよ」
「そんな…… あの場所からただよう妖気、邪気、狂気…… いや、なんだっていいです。あそこには尋常ではない気配があります。なにもないなんて」
学園長はなにかを知ってる、そして、それをかくそうとしている。パロッツオは、確かな秘密のにおいに、興奮をかくせなかった。
「むかし、事件があった…… ただそれだけじゃ」
そう言ってロラン学長は語りはじめた。
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