異世界心霊奇譚 第十話 命を救う悪徳令嬢 4
「ど、んな刑……なんだい……」
この頃になると意識がとぶようになったし、なんだかからだもなにもかも麻痺して、会話するのも億劫になっていた。それでもミロンダはきまった時間にきて、わたしに食事だけは与えてくれた。
「心残りだったわーー。それを執行する前に、反乱がおきたの……」
ミロンダの顔が悔しげにゆがんだ。
「それで、わたくし、反乱軍につかまって、このダンジョンに閉じこめられたのよ……」
自分のことだけをしゃべり続けるミロンダに、わたしはもう一度質問した。
「どんな……刑……」
ドォォォォン!!
そのとき耳を聾するような轟音が、よどんだダンジョンの空気を震わせた。
同時にあたりをおおっていた白い靄が、ふきとばされていき視界が一気にひろがった。
たちまちミロンダのからだが霧消していく。
通路の両側から王立軍の制服に包まれた兵士たちが、何人も走ってくるのがみえた。
うしろのほうに、パーティーの仲間たちの顔がのぞきみえる。
たすけにきてくれた——
わたしのまわりで、怒号にも似た声が飛び交いはじめた。
「救護班を!」
「それより治癒魔法のできる術者をよこせ!!」
「ポーションを! 回復系ポーションを!!!」
わたしはなぜ、そんなにも医療兵たちが叫んでいるのか、わからなかった。
からだが麻痺していて動かしにくかったが、意識はしっかりしているし、ちゃんと食事をとっていたから、体力が衰えているとは思えなかったからだ。
忙しく立ち働く医療兵たちの陰から、パーティーの仲間の姿が見えた。わたしは彼らにむかって精いっぱいの笑顔をむけた。
魔導士コルトスは済まなさそうにうつむき、コボルトのテックは泣いていた。
戦士コーン・ロッド、ハーフ・オーガのボヲんゾは、心配そうな顔つきでこちらを見ていたが、弓使いのマーロンは見ていられないとばかりに、あからさまに顔をそむけていた。
こんなにもわたしは、仲間たちに心配をかけたのか……
そう思うと、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになった。
ふいにからだがふわりと浮いた。
浮遊魔法を使う医療兵が数人で、わたしのからだを浮かせたことがわかった。
半身を起こしたそのままの状勢で、からだが宙を移動していく。
おおきな吹き抜けを通り抜けて、上の階層へ上昇していこうとしたときだった。鏡面のような素材でできた壁に、自分の姿が映しだされた。
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……
その瞬間、わたしは悲鳴をあげていた。
わたしのからだは、いたるところの肉を、削ぎ落とされていた——
肩、腕、胸、腹、脚——
見えているあらゆる部位に、鋭利なものでえぐられた痕があった。とくに左上腕は骨がむきだしになっており、その骨に前腕がかろうじて繋がっているだけだった。
今にももげ落ちそうだ。
そして顔——
見知った自分の顔では断じてなかった。
鼻は鼻腔があらわになるほどに削がれ、両耳ともなかった。頬は口腔が一部見えるほどにえぐられ、くちびると呼べる部位は完全に消失していた。
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ————
わたしの悲鳴はとまらなかった。たぶんずっと叫んでいたはずだ。
声がでていたかはわからない。
だが、おぞましい自分の姿をみて、なんらかの反応はしていたのはまちがいない。
もしそれが自分の勘違いだったとしたら——
自分は人間であったことを忘れるほどに、感情が鈍磨していたか、もうすでに人間ではなくなっていたのかもしれない。
だが、それはない。
だからわたしは叫んでいたはずだ。
のどが涸れ果てるほどに——
と、同時に思いだしていた。
はるか東方の『中の国』で行われていた、この世でもっとも残酷な刑のことを……
『凌遅刑』——
人間の肉体を死なないように、うすく削っていく刑。
削る部位によって専用の刀まであると聞いた。受刑者が死に至るまで、数日かそれ以上にわたって執りおこなわれる。ときにその部位は数千ヶ所に及ぶ。
そしてなによりも、その削った部位を受刑者に食べさせることもあったという——
わたしの脳裏にミロンダのうっとりとした目がうかんだ。
人助けをおこなえた充実感あふれる笑顔と、最後の心残りをみずからの手で執りおこなえた、恍惚に打ち震えた愉悦の表情。
それがないまぜになったのが、あの濡れた眼だ。
冒険者の意志を打ち砕く——
わたしはあの老人が言ったことばを思い出した。
ああ、そうか、そういう意味だったのか。
老人のことばどおり、わたしは、すっかり挑戦する気持ちをうしなった。
もう旅にでることはないだろう。
こんなからだではもう旅などできないから?
あんな思いをしたせいで、冒険が怖くなったから?
いやちがう。けっしてそうではない。
その逆だ。
わたしはもっとゾクゾクする目標を見つけたのだ。
そう、それは悪徳令嬢ミロンダのようになりたいという願望。
いままで追い求めてきた『正義』とは対極にある、『悪徳』を思う存分にきわめたいという欲望——
わたしは『悪徳勇者』になりたいのだ。
生前の……いや、死んだあとまでもあれほど悪辣でいつづける、ミロンダくらいの『悪徳』でありたい。
若者の希望や夢を打ち砕いて、熟練者のつかみかけた望みを消し去り、老練な者のささやかな栄光を踏みにじる。
なんと胸躍るような、たくらみだろうか。絶望に沈むひとびとの顔が、いまからまざまざと浮かぶ——
ああ、からだが全快する日が待ち遠しい。
わたしは笑いがとまらなかった。声帯をふるわすことができなかったが、たぶん、わたしはケタケタと笑っていたはずだ。横につきそっていた医療兵たちが、おどろいた顔でわたしの顔を覗き込んでいたからだ。
それでもわたしは笑いをとめることができなかった。
【※大切なお願い】
お読みいただきありがとうございます!
少しでも
「おもしろかった」
「続きが気になる。読みたい!」
「このあとの展開はどうなるの?」
と思った方は、
広告の下にある 『☆☆☆☆☆』 部分から、作者への応援お願いいたします。
正直な気持ちでかまいません。反応があるだけでも作者は嬉しいです。
もしよければブックマークもいただけると、本当にうれしいです。
どうかよろしくお願いいたします。




