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異世界心霊奇譚 第十話 命を救う悪徳令嬢 2

「いや、もしダンジョンで迷って、その黒いドレスの令嬢が助けを申し出てきたとしても、ぜったいに助けられてはならない」


「ぜったいに? どういうことです? ご老人」

「その者は死者だからだ。とっくにその身は朽ち果てて、その未練だけがさまよっておるのだ」

「死者? でも……命を助けてくれるんでしょう?」

「まぁな。だが助けを請うてはならない」

 シーランはわたしの目の前に、指をたてて力強く警告した。


「請うてしまえば、冒険者は意志を打ち砕かれ、その者は『廃冒険者』となるだろう」



 そう忠告されていたからといって、ほかに選択肢があっただろうか?

 もし助けを求めなければ、わたしはあのダンジョンの奥深くで、だれにも知られず朽ちていた。

 姿もあらわさない生者より、手を差し伸べてくる死者を選ぶしか、わたしが助かる術はなかったのだ。


 

 ミロンダ・ミレディーと名乗る黒いドレスの令嬢は、それから日に数度、おそらく食事時間頃になると、姿を現わすようになった。

 彼女は手ずから、肉をわたしの口まで運んでくれた。衰弱が抜け出せず、まともに動けないでいるわたしには、とてもありがたかった。

 肉はとてもうまかった。

 お世辞にもしっかり味付けされている肉、とは言いがたかったが、このダンジョン内でそんな贅沢はいえない。食材にも調味料にもかぎりにあるにちがいないのだ。

 

 ある日、わたしは意を決してミロンダに尋ねた。

「ミロンダ…… わたしはあなたがすでに亡くなっていて、迷ったひとを助けていると聞きました。それはほんとうでしょうか?」


 ミロンダはハッと目をおおきく見開いたが、すぐに目を伏せて哀しそうに言った。

「はい…… おっしゃるとおりです」

「な、なぜ…… 霊になったあとまで、迷い人を助けているのです?」


 彼女は申し訳なさげな表情で、消え入るような声で答えた。

「それは、わたしが生前おこなってきた悪徳の、せめてもの償いなのです」

「悪徳? あなたはどんなわるいことを?」



 彼女は自分の生い立ちをとつとつと語ってくれた——


 彼女は貴族階級の生まれで、15歳のとき有力貴族の次男だった男と結婚した。相手は20歳も年上の、背の低い太った体臭のきつい男だったという。だれからも疎まれるようないじいじとした性格で、使用人にも陰口をたたかれるほど人望がなかった。

 だが、彼女はそんなことはどうでも良かった。

 彼女にとって一番の問題は、たとえ豪族の血筋であっても、次男坊ではたいした財産も権限もない、ということだった。


 そこで彼女は長男に近づき誘惑した。

 もてる美貌と豊満な肢体を武器にして、彼を肉体に溺れさせると、たくみに持ちかけて、自分の夫である次男を殺すようにしむけた。長男は弟の未亡人である彼女との結婚を、父親に願いでるが、彼女のたくらみを察した父親は反対し、断固として許可しようしなかった。

 父親に逆らえない長男の態度に業を煮やした彼女は、ひそかに手に入れた秘薬で、父親を病死にみせかけて亡き者にする。

 

 障害がとりのぞかれた彼女は、全財産をひきついだ長男の妻の座を、ついに手に入れた。



「すべてを手に入れて……あなたは……なにをしたかったのです……?」

 その話に多分に圧倒されながら、わたしは彼女に尋ねた。


「すべてを手に入れて?」

 ミロンダはくったくのない表情で、おどろいた顔をしてみせた。


「いいえ、こんなのすべてなもんですか」

「だって、この貴族社会の頂点は、王ですのよ。すべてを手に入れるには、王女にならなければでしょう?」

「ま、まさか……王女に?」


「もちろんですわ」


 そのあとの話は、まるでそれまでの話の焼き直しで、おなじ話を二度聞かされているようなものだった。貴族や豪族が、王族に代わっただけで、やっていることは変わらなかった。使った毒薬や手際のよさだけがわずかにちがっている。

 それだけだった——


「王女になって、すべてが手に入ったと思ったの……」

 ミロンダは目をふせた。


「でもね、ほかの親族たちがそれを許さなかったの。まだ先王は存命でしたから、その跡目争いに巻き込まれたのよ。直系である、長男である、という正当な権利があっても、予断を許しませんでしたわ」

「その争いに負けたのですか?。負けてこのダンジョンに追われた……」


「ご冗談を。わたくしがそんな連中にしてやられるとでも?」

「あ、いえ……」


「まずはわたくしの身の回りの世話をしてくれていたポーラットという、かわいいメイドを処刑いたしました」

 ミロンダが事務的に言った。だがわたしには彼女がにやりと笑ったように見えた。

「腕と脚をもいで、おおきな(かめ)のなかに放り込んでやりましたわ」

「ど、どうして、そんなことを……」

「義妹のスパイでしたの」

「だからと言って、殺さなくても……」


「ふふふ……死んでなんかいませんわ」

 ミロンダは口元に手をやって笑った。

「あの子、腕も脚もない状態で、一年ちかく生きてましたもの。糞便にまみれてね、ほんとうに汚い瓶の中から頭だけだして…… わたくし、ときおり手ずから食事を食べさせてあげましたのよ。やさしいでしょう? それに一ヶ月に一回は糞便塗れの(かめ)を、下の者に命じて洗わせましたわ」


「そんな……」

 わたしはその彼女の運命を思いやった。

 腕も脚も切断されて、瓶のなかに座らされ、首から上だけを晒されて生かされた、そのうら若いメイドの心境はいかばかりだっただろうか……


「でもね、あの子ったら、ずっと『殺して、殺して……』ってうるさいったらないの。こんなに世話をしてあげてるのに、失礼ったらないでしょう?」

 ミロンダはいたずらっぽく片目をつぶって言った。


「だから、殺してあげなかった」

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