第30話 あらたなる旅のはじまり——
「おい、ラグランジュ!」
ロランが声をかけた。
「無礼者。気やすくわが名を呼ぶとは、この小娘……」
そこまで言ったところで、ラグランジュの顔がひきつった。
ごくりと|固唾《》を飲みこんだかと思うと、がたがたとふるえはじめた。
顔面が蒼白になっている——。
「ロ、ロ、ロロ、ロランさ……さまぁぁぁ」
「おい、おい、おまえはこのわたしに、馬上から挨拶するのかね」
ラグランジュは馬から飛び降りると、頭を地面にこすりつけてひれ伏した。
まるめた背中ががたがたとふるえている。
「す、す、すみませんでした。き、き、気づきませんでしたので……」
「ふむ。ずいぶん、エラくなったモンじゃ。愚妹ロマンの指導がわるかったのじゃろうな」
ラグランジュの額からボタボタと汗が滴りおちていく。
「い、い、い、いえ、め、めめめ、めっそうもありません」
ラグランジュのあまりの卑屈な姿に、ぼくは自分の目をうたがった。
これだけ恐怖におびえている彼女をみるのは、はじめてだった。
「なにやら、ここにいるベクトールを抹殺しにきているとか、聞こえたが……」
「あ、いえ、それは、まぁ……。と、ところで、ロワン様はなぜ、ここにい、い、いらっしゃるのでぇ……」
「わしか?。わしは、ベクトールの『虜』になったのじゃ」
「はぁ?」
ラグランジュのがく然とした顔——。
ワナワナとくちびるをふるわせながら、ラグランジュがロランに問うた。
「ど、ど、どゆうことですか……?」
「そりゃ、単純な話じゃよ……」
「ベクトールが、このワシより強いからじゃ」
「つ、つ、つよい……とは……、ど、ど、どういう……」
ラグランジュが白目をむいていた。
たぶん魂のひとつ、ふたつは抜けだしたにちがいない——。
「ところで、エロ魔導士プロトンは息災か」
「あ、あ、はい……」
「なぜ一緒におる。あやつから学べる魔法なぞあるまい」
「あ、いえ……」
「あやつの魔法は古くさいのじゃからな。いまだに『感応魔法』を使わんで、手紙を直接飛ばす『郵便魔法』を使ってるのは、あやつくらいじゃ」
「あ、はぁ……。そ、そうですね」
「話はつきんが、おぬし、もう帰るんじゃったな」
「え——」
「帰るんじゃったよな!」
「あ、いえ……」
「おぬしの隊まるごと、どこかの岩肌に叩きつけて全滅させても、ワシはいっこうにかまわんが?。わしはさきほどから、すでに『専守防衛』モードにはいっとるでな」
「せ、せ、せんシュー、ボーエー、で、で、ですか?」
「あぁ……」
「いつでも『攻撃』可能じゃ」
そこからのラグランジュ隊の行動は速かった。
出現したとき以上のはやさで、あっという間にいなくなった。
なぜかとりのこされた感いっぱいだった。
「ロラン。たすかった。ほんとうにありがとう」
「感謝のことばはいらん。代わりにあれをだしてくれ。あの『ゲリウン・コー』を。ワシはあの『ゲリウン・コー』の虜だからな」
「了解、あとでチャレンジしてみるよ」
「クランツェさん、すみませんでした。ぼくらのせいで、あなたの存在が王立軍に知られてしまいました」
「いや、ベクトール殿。わたくしのわがままなのです。親切にしてくれたふもとの村の人々に恩返しがしたくてね。ワーラットの襲撃を食い止めたかっただけです」
「だが、もうその心配もなくなった……」
「クランツェさん。よければぼくらと一緒に行きませんか。パーティーに加わってくれなんて、元師団長さんに言えやしません。でもここを離れるなら早いほうがいいでしょう」
「あぁ……。あぁ、そうだな。わたくしがいるだけで、今度はふもとの村に迷惑をかけてしまうからね」
「こちらこそ、しばらく一緒にお供させてもらっていいかな」
「ありがとうございます」
ぼくはクランツェさんとがっちりと握手をした。
「あんたはどうする?」
ぼくはシノビ・スレーヤーの元へ行った。リーダーのキズはロワンの回復魔法で、すっかり癒えていた。
だけどほかのメンバーはすでに魔法の施しようがなく、助けることができなかった。
「どうするとはどういうことだ?」
「あんたも追われる身になったンだろ?」
「追われる身になった覚えはない」
「んじゃあ、帰る場所がなくなったンだろ?」
リーダーは黙り込んだ。
「もうシノビとしては生きていけない。しくじったという噂が、王都で広がっているだろうからな」
「じゃあ、きまりだ。一緒にくるなら、その覆面をとってもらえないかな?」
リーダーが覆面をとった。
そのしたから現われたのは、黒髪で切れ長の目をした、すっごい美人だった。
「しの、と呼んでくれ」
アリスがおもしろくなさそうな顔をしていた。
「ベクトール。なんで、そんなオンナをパーティーに加えるわけぇ」
「まだパーティーに加えるわけじゃないよ。でもぼくとおなじ追われる立場になったひとを放っておけない」
「王都から追放されたわたくしも一緒では、荷が重いのではないかな。ベクトール」
「いいえ、クランツェさん。こうなったら、だれに追われようと、みんなで切り抜けられるから、いいンじゃないですか?」
「ちょっとぉ、わたしは追放もされてなきゃ、だれかに追われてるわけでもないわよ」
「そうじゃ、ちょっと自分のパーティーが全滅しただけじゃ」
「そうだよ。ぼくだって居場所がないだけで、追い出されたわけじゃないよ」
「じゃあ、クランツェさんとしのさんと一緒にいくのは、反対かい?」
「そ、そうは言ってないわよ。そりゃ、騎士がいるのは心強いし……」
「ま、腕のたつ間者がいるのは、情報戦においては有利なのはたしかじゃが……」
「ぼくもそう思ってたンだよ。賛成だなって」
「なんだよ。みんな賛成なんじゃないか」
「はん、ベクトール。あなたが勝手にきめるのが気にくわないだけよ!」
「じゃあ、次はどこへむかう?。アリスが勝手にきめていいよ」
「あ、え、あ、わたしがぁ……」
「ぼくらは高難度のミッションに挑むために、経験値をためなきゃならない。すこしでもはやくね」
「なんで急ぐのさぁ」
「急がなくちゃいけなくなった……。ぼくらは一流パーティーとして、有名にならないといけないんだ」
「王都の連中がぼくらを裏で、葬り去れないくらい有名なパーティーにね」




