第8話 ライバル
智絵里が作る夕飯を楽しみに勉強を進めた。
もういい匂いが立ち込めている。これはカレーだな。それから油が加熱される音。うーん。なになに~。今日はご馳走?
楽しみにしていると、部屋に足音が近づいてくる。
これは母ちゃんじゃないと思うと、智絵里の可愛らしい顔が覗き込んだ。
「マーくん、ご飯できたよぉ~」
かーわいい声。でも顔は怒ってる。夢にでそう。
さっきのことであることは明白。
「もうおじさんも席に着いてるよ。友貴くんも」
「え。もう二人とも智絵里を見たの?」
「そぅだよ~。ほらマーくんも行こう」
そう言ってキッチンへの短い廊下にオレを先に立たせる。
そうか前に立つと危険ってことかな……?
その瞬間、尻を蹴られた。驚いて振り向くと、指でキッキンを指して早く行けとのゼスチャー。キッチンへ向かう途中、今度は足を蹴られた。
つまり、先ほどの奇襲に対する報復ということだな。痛え。
そんなゲリラ攻撃を受けながらキッチンに到着。
「父ちゃんお帰り」
「おお幸せ者。お隣の智絵里ちゃんが恋人だなんてすげぇなぁ」
「まーねー」
レンタルだけどさ。
オレの隣りに智絵里が座る。少しばかり体が密着。狭いからな。
つーか、こんなに女子の体って柔けぇんだなぁ〜。
食卓にはハンバーグカレーとグリーンサラダ。
マジうまそう。つかうめぇ。コイツ女子力高ぇし。
天は二物を与えたもうたってやつじゃねぇか。
すんげぇ。
「なにマーくんジッと見つめてぇ」
「いやぁ。はは。これマジでウメぇ」
「ホント? よかった」
「へへへ」
人の見てる前では恋人。
親の前だけど楽しいな。
智絵里がホントに恋人だったらいいのになぁ。
そんなことを考えてると、対面の弟の席からスプーンを置く音。
オレたちはそっちに目を向けた。
「なんでお前食わねぇの?」
「ユーくん、ハンバーグ私が作ったのよ? 美味しくなかった?」
「うめっスよ。マジうめっス。でもチエさん、なんで兄ちゃんなんすか?」
うぉい。友貴、なんだその質問。
「兄ちゃんなんて、別段勉強も得意じゃないし、ふざけてテンション高いし、バド部だってレギュラーじゃないし」
「うるせー、オメー」
「こうやってケンカも仕掛けてくるし」
二つ年下の中三。いうことがデカイ。体もオレよりデカい。顔立ちもととのってるし、頭も身体能力もたしかにそっちのほうが能力は上だと認める。
しかしなんでそんなに敵対心出してくるんだコイツ。
「ユーくん。マーくんには男として魅力があるのよ」
いいこという。っつーか、でもオレたち付き合ってはいないんですけどね。
少しばかり苦笑いした顔を、弟の友貴は挑発ととったのだろうか?
オレを睨み、歯噛みした。
「チエさん、オレもうユーくんじゃないよ」
そう言って席を立って自室に入ってしまった。母ちゃんは複雑そうな顔。つかアイツ、智絵里のこと好きだったのかよ。
でも智絵里はオレに微笑んでオレのことを好きな振りをする。
オレたちは部屋に戻り恋人の演技をした話を二三すると、智絵里は荷物をとって帰ってしまった。
明日の打ち合わせはしないのかな?
それともベランダでするのかなぁ。
智絵里が帰った後にベランダでしばらくたたずむ。
7階からの夜景を見ていた。
智絵里がベランダに来たのは2時間後。
顔をあわせないようにして、ベランダの手すりに手をかけた。
「……ダメだから」
「え!? ……う、うん」
「無理矢理なんて最低。人間のクズだよ」
「ゴメン……なさい」
低くてハッキリとした怒り。
いくら可愛いからって。疑似彼女だからって、理性を止めれないなんて最低だ。
それは本格的に智絵里を恋してしまったから。恋に堕ちてしまったから。レンタルでも可愛らしくて優しい智絵里に甘えちまったんだな。いいだろうって思っちまったんだ。
「もうしない。もうしないから、契約解除するとか言わないで……」
こちらを見ない智絵里の方を向いて神に祈るような手つきで懇願。
レンタルでもいい。僅かな時間でも。その間に智絵里と本当の恋人になりたい。もう必死で智絵里に祈り続けた。
「……プ。必死過ぎ。別にいいよう。アンタが雇い主だからね。だけど人前で恋人の振りまでだから。アンタの欲望は叶えられないからね。それにそんなことする人は無いから。嫌い。分かった?」
カウンターパンチ。
無い。嫌い。
うぇ。吐きそう。こんなに智絵里のこと好きなのに、智絵里の中では無い。契約満了を以て二人は完全なる他人。
苦しいよ~。家族にも紹介した恋人に期限が来たらフラれるなんて生殺しだよ~。
なんとか、なんとか、挽回しないと……。
「な、智絵里、明日デートしよ。な、な、な」
「はぁ。別に期間中だからいいけど? 断る理由なんてないし」
素っ気無!
これを回復するのは並大抵のことじゃないぞ。
くそぅ。あの時の自分が悔やんでも悔やみきれないぞ。
デートの約束。でも少しばかり気持ちが重い。
智絵里はもう話すことはないということなのか、そのまま部屋に戻ってしまった。
オレも重い足取りでベランダから部屋へと戻る。
すると、ベランダから死角になっていたところに弟の友貴が立っていた。
「お、おい。お前なにしてんだよ。人の部屋で」
「……いや。糊借りようと思って。別に使ってないからいいだろ? でも部屋随分キレイだな」
「智絵里にやってもらったんだよ。貸してやるからさっさと出てけ」
「雇い主って?」
やっぱり。こいつ智絵里とオレの会話を聞いてたんじゃねーか?
たぶん智絵里に惚れてやがるから妨害してくるかもしれねぇし、智絵里だってコイツのほうに惚れるかもしれねぇ。ムカつく。せっかくデートするのに、智絵里ともっと親密になりたいのに、智絵里にはその気は無いし、友貴は敵対心丸出しだし。
「期間中ってなんなの?」
「せーな。バイトのことだよ。雇い主も期間中も。それでデートがなかなか出来ないっつーことだよ。さっさと出てけ」
「ふーん。オレはまたチエさんが兄ちゃんから金で雇われて恋人を演じてるのかと思ったよ。でなきゃ兄ちゃんなんかに。スペックが違いすぎるでしょ」
「マジうるせぇ。テメー」
オレは友貴の背中を押して部屋から出した。
そして大正解。なんだアイツの勘は。
つーか、会話のほとんどを聞いてたってことかもしれねぇ。
外の会話だからそう簡単に聞こえるとは思えねぇけど、部分部分を拾って結合して推理したってことだよな。
うー。前途多難。って思ってるのはオレだけか。智絵里はただ契約してるだけだし。
友貴とくっついたほうがいいのかな……。
いやなんで智絵里の気持ちもわからねぇのに身を引くこと考えてんだよ〜。
クソ。オレのクソ。