第3話 企画の提案
ただ無心。無心で自動的にバイト先のコンビニまで向かっていた。
店長にまたネームプレートのことでイヤミを言われたが上の空。
22時にバイトが終わると、フラつきながら自宅であるマンションへ帰って即風呂。
「アンタ。夏休みが終わったらすぐテストなんだからちゃんと勉強して寝なさいよ。自分で勉強も部活もバイトも出来るっていったんだから」
母ちゃんの容赦ない言葉にただうなずく。
こんな状態で何も出来るわけが無い。
無気力、脱力。
自分部屋に入り、ボクサーパンツとシャツ一枚でベランダに出た。
7階の自宅から下を見る。
普段は考えたことないがなんて高さだ。
ここから落ちたら楽になれるだろうな。
友人に裏切られた。一人は恋人にしたかった女友達。
オレが死んだら哀しんだ振りして線香を立てに来るんだろうな。
「はぁ……」
夏の夜空にため息が吸い込まれていく。
「はぁ……」
何度ため息をついてもストレスは抜けないが、出るのはそれしかない。
「はぁ……」
「うるさいよ。アンタ」
それは、横にある隣の家との仕切りの奥から。
安マンションだから、覗くことが出来るなんて珍しい作り。
住んでる人の良心だよりの設計なんて、今のオレには迷惑極まりない。
「はいはい。すいませんね」
「謝って済むなら警察はいらないんだけどゥ」
隣の家は菊地家。声の主は同級生の菊地智絵里。
人に言わせりゃ美少女らしいがハッキリ言って苦手。
つか無い。小学生の頃からの天敵。
そりゃ低学年の頃は一緒に遊んだが、高学年でアイツが学級委員長やら児童会長ともなると目の敵にしてオレを注意した。
中学の頃も生徒会長となり、徹底的にオレをマークし、ブラックリスト入りさせやがったのもコイツ。
おかげで何度先生に怒られたか……。
高校へは智絵里は進学校に行ってようやくコイツの魔の手から逃れたと思ったのに、何の因果か部屋が隣あわせ。
ほぼ毎日ベランダで顔をあわせるようになっていた。
「はぁ……」
今度はこの傷心の中に智絵里がいることにため息をついた。
「何なの? さっきからハァハァって」
そう言って智絵里はベランダから身を乗り出してこちらを覗き込んだ。
「え? て言うかアンタ、パンツ一丁じゃない。汚らわしいわね。あっち行ってよ。シッシ!」
「はぁ……」
「ハアハアって変な想像してるんじゃないでしょうね?」
全く以てデリカシーも遠慮もない。
こんな時くらいそっとしておいて欲しい。
もう智絵里はいないものとする。
「はぁ……」
「だからなんなの? 女にフラれた?」
直撃ーーーッ!
いないと思ったらレーザーでぶち抜かれた。
当方の被害甚大ナリ。
「うぅ。グス……」
「え? マジ?」
「ひでぇ。そっとしといてくれよォ」
「プ。アンタ真面目に? アンタみたいなのでもフラれるんだね。メモメモ」
ホントにムカつく。
オレは部屋で一人寂しく泣くことにした。
今度は母ちゃんが入って来そうだが。
部屋への戸を開けると、智絵里の声が追いかけてくる。
「ちょっと待ってよ。何よ。お姉さんに聞かせてご覧」
なにがお姉さんか。同級生のくせに。
そうやって昔からオレの上に立とうとする。
だけど、今のこの苦しい想いは誰かに打ち明けたい。
それで少しでも解消したいと思い、もう一度ベランダにでて、仕切りのフェンスを挟んで話し出した。
今までの恋心。
それが呆気なく砕かれた。
そして、金だけは吸い取られた。
オレは話の途中で泣いていた。
「ふーん」
「クソォ。悔しいよ」
「そりゃ相手も悪いけど騙されたアンタも悪いよ」
やっぱりコイツ、ムカつく。
言うんじゃなかった。
「もーいーよ」
「え? お芋?」
「もーいーよって言ったの!」
「お芋買いに行ったの?」
どんな聞き間違えだよ。
思わず噴き出した。鼻水まで。
「わ。汚い」
「うるせーわ!」
「ワルシャーワ? 条約?」
なんだそりゃ。はじめて聞く言葉出て来たぞ?
「え? ナニソレ」
「不勉強だな。マーくん」
久しぶりの呼ばれ方。
小さい頃はよく、その愛称で呼ばれてたっけ。
仕切から顔を覗かせた智絵里と目が合い、しばらく全て忘れて大爆笑。
二人で笑い合っていた。
「ああ。笑った」
「よかったじゃん」
「よくはねーわ」
「あらら」
何があららだよ。
「しょうが無い。お姉さんが一肌脱ごう」
「は? どういうこと?」
「私が彼女になってやろう」
「は、はぃぃいい??」
突然の申し出に顔が赤面する。
つーか、智絵里が彼女?
ないない。毎日怯えて暮らすだけだよ。そんなの。
「ただし表向きね。そして有料。期間限定」
「は?」
「一万円で夏休みの間、彼女。どう?」
ガッカリだ。どいつもこいつも。
しかもそれ犯罪じゃねーのか?
援交みたいなもんだろ。オレはまたため息をついた。
「私はそこそこスペック高いですぜ。旦那」
そりゃ分かるよ。見た目はな。
だけど金で雇うなんてあり得ない。馬鹿にしてる。
オレはため息をついて部屋へと戻っていった。