第18話 僕の夢
マンションに帰り、家のドアを開ける。リビングから母の声。
「──おかえり」
なぜか暗い。気になって部屋を覗くと、母ちゃんは俺たちが子どもの頃の動画を見ていた。
「あんた智絵里ちゃんと別れたんだって?」
「ど、どうしてそれを?」
「智絵里ちゃんに会ったときに聞いた」
「な、なんて? 智絵里、なんて言ってた?」
「事件のトラウマで男の人怖くなっちゃったってさ。だから昔の夢叶えられそうもありませんって。まぁあんなことあっちゃねぇ……」
「夢? 夢って?」
「……あんた憶えてないの? はぁ~まぁ子どもの頃だからねぇ」
母ちゃんはそういいながらテレビを指差す。そこには、俺と友貴、そして智絵里が仲良く遊んでいた。ぴょんぴょん跳ねたり、歌を歌ったり。子どもは無邪気だ。自分のことながらかわいい。そして智絵里も。この時は嫌な女だなんて思わなかったもんな。
動画の中から、若かった母ちゃんの声が流れる。
「はいはーい。みんな将来は何になりたいのかな?」
一番近くにいた友貴がカメラ目線で真面目ぶって答える。
「お医者たん」
4歳くらいか? まだ変声期を迎えていない可愛らしい声。そういえばアイツ、栄夢高にいって医者を目指すって言ってたな。
そこに、俺と智絵里。仲良く遊んでいたが友貴に続いてカメラにやって来て答える。
「あのね、あのね、ボクね。んーとね。んーと。お巡りさん!」
小学一年生くらいだな。そーか。俺はこの頃お巡りさんになりたかったんだ。近所の警察のお兄さんに憧れてたのかもしんねぇ。まあ思い付き甚だしい感じだけどな。
そこに母ちゃんの声。大人しく自分の順番を待っていた智絵里に話し掛けた。
「チエリちゃんは?」
「わたし、お巡りさんのおよめさん!」
そういって、ニィッと笑い俺の頬にキスをした。
動画を見ながら俺は自分の頬を押さえる。
動画の中の母ちゃんは言葉を続けた。
「そーなんだ。じゃマー君がちゃんとお巡りさんになれるようにチエリちゃんがマー君の悪いところを注意してあげないとね」
智絵里はその言葉に小さな頭を縦に下げる。小さいころの俺は楽しげにぴょんぴょんと跳ねていた。
すべてが繋がった──。
俺はバカでマヌケだった。智絵里はこの動画の約束をいつまでも憶えていて、それを履行しただけに過ぎない。なのに俺は──。
「うるさい女──」
「うるせえなぁ」
智絵里を傷付けた。
期間限定彼女なんてつまらないことやらせた。
俺のせいで事件に巻き込まれた。
彼女以外の女を好きになっていってしまった。
「マー君のこと、嫌いじゃないけど、好きでもないよ」
だけどまだ嫌いになってくれなかった。
俺はしばらくそこに立ち尽くしていたが、荷物を床に投げ出して制服のまま外に飛び出した。
行き先は当然隣の家。
呼び鈴を鳴らすと、インターホンに智絵里の母ちゃんの声。カメラには俺の姿が映ってるハズだ。
「おばさん、俺、隣のマサタケです」
「あらマー君じゃない。いつもどうもね」
「あの、智絵里は──。智絵里さんは?」
「いるゥ──、いないって」
「“って”ってなんすか? いるんでしょ? お願いしますよ。会わせてください」
しばらくボソボソとやってる感じが聞こえてきていたが、そのうちに玄関の扉が少しだけ空いて、そこには智絵里の顔があった。
「……なんのよう?」
「俺、智絵里に謝りたくて。ゴメンって。今までも悪かったって。それから俺の夢も」
小さい隙間の奥に見える智絵里の瞳に俺が映ってる。彼女は真剣な表情のまま少しだけ扉を開けた。
「俺今から必死に勉強するよ。お巡りさんになるんだ。でもそれには俺の力だけでは難しいんだ。智絵里にお願いしたい。付き合ってなんて言わない。ただ勉強教えて欲しい。俺がダメなところを注意して欲しいんだ!」
智絵里は玄関の扉を開けて、背中で寄り掛かりながら扉を閉める。赤い顔して口を尖らせて、俺から視線をそらすものの、怒ってはいないようだ。
「私、うるさいよ?」
「そうだ。それが智絵里だって分かったんだ。そこが好きだ!」
「ウソだよ。エッチなことしか考えてないし」
「いや、真面目になる。そしてお巡りさんになった暁には──」
「……なによ」
彼女はこちらに顔を向けた。赤い顔したままで。
「智絵里を逮捕しにやって来るから」
いいきった。智絵里の顔は真っ赤に沸騰しそう。ようやく口を開いた。聞こえるか聞こえないくらいの声で。
「なんにも……。悪いことしてないもん」
「いいや。金で恋人の役を演じたな。立派な犯罪だ。逮捕して檻に入れてやる。終身刑だ。毎日、俺の飯を作らせるからな」
俺が冗談交じりに笑いながら言うと、智絵里はモゴモゴと口を動かして、目は潤ませていた。
「……しょうがない。逮捕させてやるか」
そういうと泣き出した。ご近所に聞こえるくらい大きな声で。
俺は契約期間のときと同じように彼女を抱き締める。智絵里は俺の胸の中に顔を埋めた。
「私も。ゴメン。素直になれなくて。マー君に好きって言われてホントは嬉しかったんだ。だけどそれは違う。中身がない好きだって思ったの。マー君が昔の約束思い出してくれると信じてた。ありがとう。ありがとう」
彼女の本心。智絵里の思い続けた心に決めた人は、彼女の思い出の中の俺だったんだ。そいつは深い深い絆を持っていたんだ。
俺は昔の記録動画を見るまで思い出せなかったけど、ちゃんと智絵里のところへ戻ることができた。本当によかった。
智絵里は俺の胸から顔を上げる。
「そうだ」
「どうした?」
「ちょっと待ってて」
智絵里は一度家の中に引っ込んで紙袋を持って、また出て来た。
「ホントに素直になれなくてさ。ホントは契約期間満了したら、自分からこれを渡して告白するつもりだったの。マー君から貰ったお金と自分のお小遣いで買ったんだ」
そこには──。
俺が欲しがっていた、秋物のコートが入っていた。
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