第17話 空しさだけが──
智絵里とは完全に切れてしまった。9月1日の日付が変わる時間を持ってトークアプリがブロック。着信も拒否された。
夏休みが終わって学校。梨奈と晴香がやって来て、智絵里と別れたことを慰められた。うらやましい。こっちはトークアプリすらブロックされたのに。智絵里から連絡がいったんだろう。
気持ちは落ち込んだが学校は楽しい。久しぶりの連中とも会えたし、いつもの仲間とのバカ話は心を紛れさせた。
部活の連中は、智絵里と切れたことを知って、慰めてくれるもののざまぁ見ろ感がでててムカついた。
そして、帰宅途中。
呼び止められて後ろを振り返るとそこには美沙がにこやかに立っていた。こちらは笑っていられる状況じゃない。それともまた逆告白の続きでもしようと言うのだろうか?
「久しぶりだね。マサ」
「おう。そっちは? 元気?」
「元気、元気」
なんだ。テンション高ぇ。智絵里にフラれたこと知ってるのかな? だから元気ってことか? だったらムカつくなぁ。
「マサにお金返そうと思って。親戚にいっぱいお盆玉貰ったんだ」
「へー。よかったじゃん」
智絵里が出したのは一万五千円。貸したビキニ代と電車代より多い。
「おい。多いよ」
「違う違う。今まで奢って貰った分も含めて。多分すごく足りないだろうけど気持ち」
たしかに、奢った金額よりは低いけど、それを含めるとは。手切れ。みたいなことか。
「彼女とうまくやりなよ。マサなら大丈夫」
って、智絵里と別れた……いや、契約が切れたこと知らないのか?
そうか。そりゃ知らないよな。梨奈たちとも繋がりなくなっちまったんだし。
「実はその……智絵里とは別れたんだ。──昨日」
「ぅえ!?」
あまりの驚きよう。大きな目をパチクリさせてる。やっぱり知らなかったか。
「あー。そうなんだ。マサってば、そういうのばっかり」
「え? どういうこと?」
「実はね──」
彼女は話し始めた。
俺のことを……。
◇
入学してから、席が近く同士だった私たちは仲良くなったじゃない?
あの頃はよかったな。互いに無害で。
男四人。女が三人。
私と梨奈と晴香で三人の時、こっそり男四人の中で誰が一番好きか話したことあったっけ。
全員マサだったよ。
優しいし、話も面白いし。へんな正義感もキャラにあってるし、顔もいいしね?
でもね。後から聞いたんだけど、それ翔琉も聞いてたみたい。アイツってば男の自信だけはあるじゃない?
だから、プライドを傷付けられてマサを潰しにかかったんだと今なら思える。
マサって分かりやすいくらい、私に気があったじゃない?
だからいつの間にか梨奈も晴香も諦めて私に譲ったの。
私、待ってた時期があったんだ。マサからの告白。そしたらそれ受けようって思ってた。
だけど翔琉は巧妙だったな。口もやり方も。
恋の相談に乗るって言って二人きりで会って。
連れて行く場所も、雰囲気も、服のセンスもよくてさ。顔も声も優しくてイケメンだったよ。
いつの間にか心が傾いてて。
いつの間にか虜にさせられてて。
マサに惚れさせたまま、自分は裏でその女を支配するのがたまらなく好きだったんだろうね。
ホント。マサにはとっても悪いことしたよ。
心の面でも、お金の面でも。
翔琉が智絵里ちゃんにああいう行動に出たのも、マサの好きなものを奪うとか、そういう嫉妬から生まれた行動だと思うんだ。
みんなみんなマサのことが、好きで。
でもそれで翔琉は嫉妬して。
すべてが壊れて。
私の場合は自業自得だけどさ。
でもマサっていつもタイミングがズレてるよ。
さっさと私に告白しておけばよかったのに。
梨奈や晴香でもいいよ。みんな待ってたと思う。
◇
「ってね」
美沙は赤い舌をペロリと出した。
そうだったのか。みんな俺のことが好きで。
でも俺は一人だけ溢れてしまって。
智絵里も俺のこと、好きではなくて──。
「智絵里ちゃんにもう一度、ちゃんと気持ちを伝えたら? 好きなんでしょ?」
「そりゃあそうだけど──」
しかし、智絵里は美沙とは違う。最初から俺のことなんて好きじゃないんだ。
美沙は?
美沙はなんでこんなに元気なんだ?
友情も、恋人も失ったのに。
その時、美沙の後ろに車が止まってクラクション。
運転席にはイケ顔の男。
「あ、迎えが来た。従兄のお兄さんなんだけど、今付き合ってるの!」
え?
美沙はそのまま車に乗り込んで、車内で手を振りながら行ってしまった。
なんと。もう付き合ってる人が。しかも従兄って。すげえ。
俺なんて金返して貰ったって空しいだけだ。
それを、使う相手がいない。
──そうだ。秋物のコート。美沙から返して貰ったお金を合わせれば買えるじゃん!
ここは一つ、自分を慰めるために買おう!
俺は駅中のデパートにある紳士服売り場へ走った。せめてあれだけはものにしないと。
ショーウィンドウに飾られていたセール品の秋物のコート。一万八千円の──。
「……ないや」
そこにはコートを脱がされた男性の白いマネキン。売れてしまった。そりゃそうか。もう秋の入り口だもんな。
美沙の声が聞こえるような気がする。
「マサっていつもタイミングがズレてるよ」
たしかにそうだ。美沙の言うとおり。結果俺には何も残らなかった。
ただ空しさだけが──。




