ペア結成!
私に声を掛けてきたのは、一年の中でも特別大人しい男の子。
しかし私はその子の名前に興味を引かれていた。綺麗な名前だから。
花瀬 菫。名前だけ聞いたら女の子に居そうな名前。
しかし彼は男子……確かにちょっと可愛い顔はしているが、まぎれもなく男子。
想像してみてほしい。
菫君が社会人になって、ビシっとスーツを着こなして、先輩に「おい、菫」と呼ばれている場面を。
なんか……先輩との新たな展開が芽生えそうで……!
「あの、花京院さん? どうしたの?」
「ぁっ、ごめんなさい。ちょっと考え事してました」
アカンアカン、菫君でBL妄想しそうになってしまったぜ……。
ちなみに今は部室でペアごとに別れ、渡された台本と小説の本文に目を通していた。
ふむぅ、小説は……まあ、なんか先輩方が言ってた通り、エグイ内容だな。最後に男の方死んでるし。
「菫君、全部読みましたか?」
「ぁ、はい。というか……花京院さん、僕の事苗字で呼んでいただけると……」
「菫君? 菫君は、菫君では嫌なんですか? 菫君」
ズイズイっと顔を寄せて尋ねてみる。
むむ、なんだか顔が面白いくらいに真っ赤に……もしかして風邪か? 風邪なのか?
「いや、その、いやっていうか……」
「菫君、風邪ですか?」
そのまま菫君のオデコの前髪を手で上げつつ、自分のオデコをごっつんこ。
ふむ、熱いっちゃ熱い。
「ふぉぁぁぁあ! な、何、何をしますのん!」
「いえ、古来より伝わる確認方法ですが……ご存じありませんか?」
「し、知ってます! だからってやらないでください!」
駄目なのか。私は父に良くこの方法で確認されてたんだが。
というか風邪なら早く帰った方が……
「あの、花京院さん」
「……」
なんとなく、花京院……と呼ばれたので無視してみる。
ふふふ、私の名は菖蒲! 私も菫君の事を菫君って呼ぶんだから、名前で呼びなさい! 菫君!
「……あの、えっと……あ、あやめしゃん……」
「はい、あやめしゃんですよ」
「か、噛んだだけですっ! ごめんなさい!」
噛んだだけか。あやめ“しゃん”って可愛いのに。
「ところで菫君、台本と小説はもう読みました?」
「あ、ごめんなさい……よ、読みました……」
「どうですか? 出来そうです?」
正直……私はイメージが全く湧かない。
これを自分達が演技すると言われても、何をどうすればいいのか全く分からない。
私は演技の才能が無いのか……それともただ頭が追い付いていないだけなのか。
「僕は……男の方ですよね。初めて花京院さん……じゃなくて、菖蒲さんと出会うのは……暗殺しに行ったときですね」
「そこでお互いに一目惚れしてしまうという事ですね。私はまだ一目惚れって経験ないんですが、菫君はありますか?」
「ひぃ! ぼ、ぼくは……あ、あります」
なんと。
菫君は経験者だったか!
よし、その話を詳しく。
「どんな感じですか? 一目惚れって」
「え、えっと……その……」
むふふ、恥ずかしそうに目背けおって!
やばい、なんか楽しくなってきた。菫君の恋物語を……これを機に丸裸に……
いやいや、趣味悪すぎる。あんまり突っ込みすぎると嫌われてしまうかもしれんな……
「そういえば、これ読んでて思ったんですが……私の役の女性は、自分の事を男性だと思ってるんですよね? でもぶっちゃけ気付いてますよね、自分が女だって」
「そ、そうですね。父親の期待に応える為に……なりきってるって感じします」
「でも父親はなんか……息子として育てたのに、今更娘として扱おうとしてる節が……」
「たぶん、自分の奥さんに似てきたって言ってますから……今更罪悪感が芽生えたのかと……」
ふむぅ、なんて勝手な。それなら最初から普通に娘として育てていれば良かったのに。
「でも、僕は父親は娘の事を大事にしてるって……思います。戦に行かせたくないって、今更とは思いますけど……」
「そうですね。でも娘の方は頑なに男性であろうとして……」
つまり私は男でありたい女性を演じよと。
なんだコレ、さらにイメージ沸かん……。
「菫君、私……どうすればいいと思います?」
「へ? え、えっと……カッコイイ女性を演じれば……」
カッコイイとな?
「きっとカッコイイです、この主人公。幼少期に男として育てられて、たとえそれが親の敷いたレールの上だったとしても……自分はこの道を行くって決めて走り抜けて……」
ふむ。なんか菫君……
「菫君、詩人ですね」
「え?! ぜ、ぜぜん! そげなことなす!」
ふむ、君は何処出身なのかな?
「……僕は好きです、この主人公。菖蒲さんにピッタリだと……って、ひあぁぁ! すみません!」
いや、何で謝るん?
「どうしたんですか、菫君」
「な、何でもないです……なんでもないですから!」
ちょっと情緒不安定だな、この子。
まあ、とりあえず私はカッコイイ女性……男になりきってる女性を演じればいいのか。
じゃあもう男として振舞っちゃっていいのだろうか。しかし私の中の男性像といえば……父親しかいない。父親になりきれと言われてもな……
むむ、待て、男性ならここに居るじゃないか。
菫君を参考にすればいいんだ!
「菫君、私、男性の事ってあまり知らないんです。今まで女子ばかりの学校でしたから。なので菫君を参考にしていいですか?」
「え?! ぼ、僕をですか?!」
「はい、菫君を参考にして、男性の部分を演じます。そうします」
「いや、ちょ、僕は……あんまり男らしくないというか……」
ふむぅ、確かに菫君はあまり男男してないな。
でも私は知っている。菫君はいつも真面目に雑用を熟していた。
その真面目さは間違いなくカッコイイ。男らしいとは違うかもしれないが。
「ところで菫君の演じる忍者は……ちょっとしか出てきませんけど、本当に主人公に一目惚れって感じですね」
「そうですね……それに対して主人公は気にはなるけど……それがどんな感情なのか最初は気づいてなくて……」
「つまり鈍感なんですね。人を好きになったかどうかも分からないなんて」
「それはそうなんでしょうけど……なんだか、菖蒲さんに似てますね」
ん? 私に似てる? つまり私は……ザ・鈍感と言う事か。
しかし鈍感って一体何に?
「菫君、私、何か菫君にしましたか?」
「え?! いや、別に特にこれといって……」
「私、鈍感なんですよね。何か菫君に失礼な事をして気付いていないのかと……」
「いや! それはこっちの話で……」
「どっちの話ですか?」
ジっと菫君を見つめてみる。
本当に私が何か失礼な事をしているなら、謝らなければならない。
花京院家家訓、その一。人に迷惑をかけたらちゃんと謝ろう。
まあ、家訓なんて聞いた事ないが、そんなのもあっていいはずだ。
「あの……花京院さんって、好きな人とか……いますか?」
「……はい?」
なんだ、いきなり。
好きな人? んなもん居るに決まってるであろう! とりあえず我が姉上。
双子の姉上は私と瓜二つ。今はお嬢様学校で早速派閥とか作って遊んでるに違いない。性格は最悪だが根はやさしい人だ。たぶん。
しかしなんか違うな。
菫君の言っている好きな人というニュアンスは……そう、例えば恋愛対象にしている人は居るかとかそういう……
ん?
「……菫君? どうしてそんな事聞くんですか?」
「え、いや、その……ご、ごめんなさい!」
そのまま菫君は荷物を纏めて部室から逃げるように……ってー! おい! まだ部活中……私を取り残していくとは何事か!
っていうかさっきの質問の意味は?
まさか菫君は……