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第八章.農民と王様

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90.王を出せ!

「王を出せ!」


 パブスト村の辺境に、声が轟く。


「王を出せ!」


 その声が波のように寄せては返す。


 どうやら略奪者というよりは、王を追って来た民兵らしい。


 イルザは近づいて来るその怒号に身をすくませているが、ディアナは周囲からかき集めたありったけの皿を用意して、猪肉とじゃがいものシチューを用意する。


 そしてその上から、花の塩漬けをトッピングした。


 目にも麗しい、花のシチュー。


「さて、これを全部持って出ないといけないわねぇ」


 そう呟いたディアナの肩を、レオンは捕まえた。


「ば、馬鹿ッ!今表に出る奴があるか!」


 レオンはこの世の終わりのように顔を青くしている。ディアナは微笑んだ。


「大丈夫よ。いきなり妊婦を撃つ人は、きっといないわ」


 レオンは絶望した。


「彼らは王が狙いなの。だのにもう、あの山小屋を通り過ぎてしまった」


 群衆はてっきり山頂に王が匿われていると思っているらしい。


「王を探しているのなら、いきなり我々を殺す確率は低い。きっと、尋ねて来るはずよ。王の居場所を」

「かもしれないけど……」

「それにもうどうせ逃げ場がないもの。助かる方法をひとつでも試してみましょうよ」


 家の中が静まり返る。


「ディアナ」


 レオンはディアナを抱き締めた。そして、震える唇でそうっとその唇にキスをする。


「君は強すぎる」

「うん」

「それが今、すごく辛い」

「うん」

「……絶対帰って来い」

「分かったわ、行って来るね」


 足がすくむ。


 もちろん怖い。


 けれど、この可能性に賭けよう。


 窓辺で、ダニエルが猟銃を構えたのが分かる。何かあったら、彼も手助けしてくれるだろう。


 イルザは目をぎゅうっと閉じて祈っている。


 ゲオルグは全くの無心で、ワインのコルクを開けていた。


 扉が開かれる。


 炎のような赤毛を結わえ、両手に色とりどりのシチューを持って出て来たお腹の大きな妊婦がひとり。


 どこからどう見ても、全くの丸腰。


 ディアナはにこりと微笑んで見せた。


「こんにちは。一体何の御用ですか?」


 その瞬間。


 民兵は、ぽかんと口を開けてディアナを見つめた。


「お、王を出せ!」


 ひとりが声を上げた。


「王?」


 ディアナはきょとんとする。


「……王などいません。家の中を探してもらっても構いませんわ」


 数人の男が馬を降りて来た。


「ならば、見せてもらおう」

「はい。ですが、中にいる家族に危害を加えるのだけはやめてくださいまし」

「分かった」


 ディアナは背後を振り返らず、ずんずん前に進む。


 それから一番やせている少女の民兵に、シチューをずいと差し出した。


「お腹、空いてるでしょう?」


 周囲がためらっているので、ディアナは毒見とばかりにぱくりとシチューを目の前でひと口、食べて見せた。


「美味しいですよ」


 寒空に、湯気が立つ。


 戦争で、食べるのがやっとの都会民。


 断ると言う選択肢は、ないらしい。


 少女は皿を受け取ると、夢中でシチューをかっこみ始めた。


 周囲はそれを羨ましそうに見ている……


「まだ、お食事はありますのよ。みなさんお腹が空いているでしょう?みんなでシチューを食べましょう」


 すると。


 一斉に皆下馬を始めた。今まで生気を失っていた目はどこか爛々として、家の前はあっという間に人だかりになる。


 ディアナが家に帰って来ると、すぐにレオンが飛びついて来た。


「うわああああ、ディアナ!」

「レオン、ただいま!」

「うわーん、ディアナぁ!」

「お姉様……苦しい」

「おい……こっちを早く手伝ってくれよ」


 ダニエルがシチューをせっせと皿に注ぎながら、忌々し気に言う。


「はいはい、私も注ぐわ」


 皿は二十枚しかないので、皆で回し食べをする。やせ細った都会の民は、みな泣きながらシチューを食べていた。ゲオルグがワインをどんどん皆のグラスに注ぎ、これも回し飲みをしてもらった。


 寸胴いっぱいのシチューは、あっという間に空になった。


 床板をはがしてまで家探ししていた連中がやって来る。


「おい、誰だよここに王がいるって言った奴は。どこにもいねーよ」

「他も当たれ!きっとどこかにいるはずだ!」


 とはいえ、そんな彼らも食欲には抗えないらしく。


「……俺たちの分はないのか?」

「すみません、もう切らしていて。スクランブルエッグとパンであれば、すぐにご用意が出来ますわ」

「おお!じゃあそれ、貰える?」

「喜んで。飢えは本当に辛いですものね」


 ディアナとレオンは台所に立って、一方は卵を焼き、一方は固パンを火であぶる。


 彼らは捜索の手を一旦止め、食事会に現を抜かす。ワインは瓶ごと飲む始末だ。


 ディアナとレオンは彼らをじっと見つめながら、都会の苦難を思う。


「……今、ラトギプはどうなっていますか?」


 男たちは途端に真剣な表情になった。


「地獄だよ。食料は入って来なくなり、女子どもはさらわれ、家はほぼ焼失した」

「これを先導しているのが教皇軍なんだからやり切れん。王軍は肝心の王がいないから、散り散りになった。教皇軍は、国を守るというより奪おうとしているんだ。私利私欲の塊さ。人民が力を合わせてあれを殲滅せねば、ヴェンデルスの未来はない」


 ディアナとレオンは顔を見合わせる。


「だから、王に出て来てもらわねば困るんだ。とっとととっ捕まえて、城に連れ戻さなきゃな」


 どうやら、彼らは王を殺すつもりはなさそうだった。

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