表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】没落令嬢の幸せ農場〜最愛の人と辺境開拓スローライフ〜  作者: 殿水結子@「娼館の乙女」好評発売中!
第八章.農民と王様

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/97

87.あンのクソジジィ

 一方その頃。


 女たちはディアナの家で暖炉に火をくべ、ゆったりと編み物に精を出していた。


 そこに、新聞を手にしたイルザがやって来る。


「大変よ!ヴェンデルスの王が行方不明ですって!」


 ソフィアは怪訝な顔をし、ラウラは声に気づかず、ディアナは椅子から飛び上がるほど驚いた。


「あら、そんなことがあるのかしら」


 手を休めずソフィアが言う。


「誘拐されたのかしら?それとも逃亡?まさか、暗殺……」

「王が逃亡して何が解決するって言うのよ。きっと誘拐だわ。何でも、今ラトギプでは国王派と教皇派、更に民衆も加わって、兵隊同士で争ってるらしいじゃないの。王を誘拐して現場を攪乱しようとする層がいるのよ」

「あら、じゃあアイゼンシュタットの犯行ってことも」

「可能性としてはあるのかしらね?ディアナ」


 水を向けられ、ディアナはうろたえた。


「あい……?はひっ」

「どうしたのディアナ。具合が悪いの?」

「……いっ、いいえ」


 ディアナは棒針に目を落とす。


 多分、姉の推理は外れている──


 あの愚鈍な王はきっと、ただ単純に、何の考えもなしに、自分の身の安全だけを考えて田舎へ逃げたに違いないのだ。


 ロベルトが困り果てていたのも、そういうわけなのだろう。


 あの王はこれからどうするつもりなのだろうか。新聞にまで書かれたということは、見つかるのは時間の問題だ。王宮周辺があそこまで混迷を極めると、帰るのも難しい。


 しかし帰らねば、敗走とみなされ自動的にヴェンデルスは敗戦。


「困りましたねぇ」


 ソフィアが言う。


「どっちに転んでも、ヴェンデルスの負け確定ですわね」


 イルザが苛立たし気に応えた。


「それは前から分かっていることだわ。問題は、負け方よ。負け方によって、民衆がどのように助かるかが決まるわ。降伏宣言をちゃんと出していただかないと、戦乱は終わらず混乱が尾を引くわ。陛下にはさっさと王宮に帰って欲しいものね」

「でもイルザさん。王宮にいたらいたで、誰かに殺されるかもしれませんのよ。今は逃げるのも、案外そう悪くない選択かもしれません。みんなが落ち着いたら──」

「どうやって三つ巴の荒くれたちを落ち着かせられるって言うのよ!ああ、やきもきするわ……」


 一番王のことでやきもきしているのは、ディアナかもしれない。


 ロベルトに匿われ、落ち着くのを待っていては、いつまで戦乱が長引くか分からない。


 街の住民は飢えていると聞く。


 このまま放置していたら、大規模な内乱にも発展しかねない。


 内乱が発生したら──


 ディアナは腹をさする。


(この子は、産まれた時から辛い情勢にさらされるかもしれない……)


 まだ、いまいち反応のないディアナの腹の中。


 けれど確実に腹は膨れ、今までの服は入らなくなって来ている。たまに腹がぽこっと張るし、いるのは間違いなさそうだ。


「内乱が始まったら私、ここにはいられないわ」


 ソフィアが大きなお腹をさすりながら言う。


「動ける内に、逃げた方がいいかしら……」


 ディアナはどきりと顔を上げた。イルザが嬉々として応える。


「そうねぇ、ことによってはそれがいいわ。アイゼンシュタットなら、まだ食糧難ではないらしいし」


 ディアナの頭の中が、ぐらぐらと煮えて来る。


「そうだわ。ディアナも一緒にアイゼンシュタットに逃げればいいわよ」


 ディアナはがたん、と椅子から立ち上がった。


「……ディアナ?」


 戸惑う姉に、ディアナは言う。


「私、この土地を見知らぬ誰かに蹂躙されたくない」


 家の中は水を打ったように静かになった。


「逃げたら、畑が荒れ果ててしまう。せっかく私たち、ここまで頑張ったのに──」


 イルザは表情を曇らせた。豊かな生活をしていた彼女には、想像もつかないことだったらしい。


「……そうよね。牛も畑も、放置したら死んでしまうものね」

「ディアナさんは頑張ったもの。ここまでにするのに、どれだけの苦労があったかって思うわ」


 慰められると同時に、ディアナはぶるぶると震え出した。


「あンのクソジジィ……」

「……ディアナ?」

「何でもないわ……私、ちょっと休むわね」


 ディアナは作りかけのひざかけを置くと、二階の寝室へと上がって行った。腹を立てると、頭がくらくらする。


 ベッドに横になっていると


「ただいまー」


 レオンが帰って来た。狩猟は終わったのであろうか。


「あら、レオン。ディアナなら二階……」

「また具合が悪いんだな?ちょっと行って来る」


 夫のいつもの足音。ディアナは布団から顔を出した。


「おーい、ディアナ……ああなんだ、起きてたのか」


 レオンがベッドに近づいて来ると、ディアナはぐっと彼の腕を引き寄せた。


「何だ?」

「レオン、新聞見た?」

「うち、新聞なんか取ってないだろ」

「ついにバレたわ。ヘンドリック四世の逃亡が」


 レオンは目を丸くしてから、声を潜める。


「村長の家はバレてないのか?」

「それはまだみたい。でも時間の問題だわ」

「この国はどうなるのかな……」

「さっきそれを姉たちと話していたの。内乱状態にでも陥ったら、私たちこの土地を追われるかも……」


 レオンは真面目な顔で言う。


「もう、最悪それでも構わない。子どもとディアナが助かれば」

「でも、牛も馬も鶏も……畑だって、ようやく大きくしたのに」

「あんまりそういうことを考えるなよ。いざという時、身動きが取れなくなる」


 ディアナはしょぼくれた。それを眺め、レオンが言う。


「分かるよ。ここはディアナが作り上げた理想郷なんだ。腐っていた俺を引っ張って、アイデアでどうにか金を稼いで、物凄く頑張って作ったんだ。けど、そういうのをぶち壊すのが戦争なんだよ、悲しいけど」

「……ヘンドリック四世を説得出来ないかしら」


 レオンは固まった。


「……ディアナ?」

「私、あの臆病者の王なんかのために自分の理想郷を手放したくないわ」

「おい」

「どうにか城に押し込むいい方法はないかしら」

「今回ばかりは言わせてもらうぞ。余計なことはするな、本当にやめろ!」


 レオンはディアナを抱きすくめる。ディアナは首を横に振った。


「私、王に直談判するわ。城に帰れって」

「おい、母親の自覚を持てよ。今まではそれでもよかったけど、もう駄目なんだよ。ディアナのその衝動は、未来の子どもを危険に晒す」

「私の子どもだから、きっと分かってくれるはず──」

「寝言はよせ!ディアナの子どもは俺の子どもでもあるんだよ!」


 レオンは震える手でディアナの両肩を押さえた。


「……もう、家から出るなよ」

「レオン」

「今日から外出禁止!どうせそろそろ雪の季節だ。収穫もないし、牛の世話だけだ。ディアナが外へ出る理由がない」

「レオン……でも」

「駄目だ!駄目だ、駄目……」


 レオンはそう言うと、声も出さずに泣き出してしまった。ディアナが呆然としていると、レオンは息も絶え絶えに訴える。


「か、必ず安全に産んでくれ。産んで死ぬのだけは、絶対──」


 ディアナは殴られたような衝撃を受けた。


(そうだった……レオンの母親はレオンを産んですぐに……)


 ディアナはガタガタ震えている夫の背中に腕を回し、抱き寄せる。


「ごめん、ごめんねレオン。分かったから、泣かないで。私、もう家から出ないよ」


 レオンは自らの頬をこすりながら震える声で問う。


「……本当か?」

「うん、約束する」


 守らなければならないものは、土地だけではなかったのだ。


 伴侶の心。


 この世で一番身近にあって、尊いもの。


(まずは無事に産んで、レオンを安心させてあげなければ……)


 ディアナはレオンの頬にそっと自らの頬を寄せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

没落令嬢の幸せ農場〜最愛の人と辺境開拓スローライフ〜
↓Amazonリンクに飛びます↓i629006
アース・スターノベル様より好評発売中!
― 新着の感想 ―
[良い点] まじに尊かったです……!m(_ _)m それにしてもあんのジジイ……!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ