83.招かれざる客
辺境に、次々建物が建つ。
ウォールナット色の小屋、モスグリーンの家、白い土壁のホテル、レンガの豪邸──
一方、ディアナの家の前では石だらけの土地を、人足たちが人海戦術で掘り返している。
新しい畑を作っているのだ。
通常の二倍の金額で土地を売った。その金で、これだけの人手を雇えたのだった。
ディアナは二階の窓から慌ただしい辺境を眺めた。
家に吹き込む風はすっかり冷たくなっている。
この寒さで、ディアナ達の以前の住まいである山小屋に泊りたいと言う貴族は、徐々にいなくなっていた。
けれどあの小屋を利用した人は皆、ディアナに感謝の言葉を述べた。
やはり鍵はあのシングルベッドと農作業にあるらしい。
人は、ものを持てば持つほど感覚が鈍り、周囲の人間との関係を壊して行くものらしい。
何もなく、いちから作り上げることは、彼らにとって全くない経験だったのだ。
ディアナは山小屋脇の小さな畑に目を移す。エディブルフラワーの畑には、まだまだ花が咲いている。
冬にも咲く花があるのだ。
(今度の花は、どんな味がするのかしら)
冬に入ったので、どうしても調理は煮込み料理が増え、花の出番は少なくなっていた。
冬は食材が限られるため、お料理教室は一旦中止にした。
冬は、みんなで編み物をしようということに決めたのだ。
その講師は──
「これ、ここで一段飛ばしてすくっている。だからなわ模様がずれて来てしまったんだ」
低い声でそう言って、クラウスが貴族女性から作りかけのフィッシャーマン・ニットを取り上げる。
女性はぽーっと赤い顔で初老の紳士を眺めた。
「私が前の段までほどき直そう。君は待っていたまえ」
クラウスはするすると毛糸をほどき、その指さばきに全女性が虜になる。
その隣では少しふっくらしたソフィアが、赤い毛糸でひざ掛けを編んでいた。
ディアナは一階へ下りて行き、ソフィアの横に椅子を引く。
「……いいのかしら。公爵様にこんなことをお願いしちゃって」
「ふふふ。いいんですよ。彼、海軍時代は航海中、ずーっとニットを編んでいたって言うんですから」
「こんなこと、知りませんでしたねぇ」
「私も初めて聞いたわ。あんな素敵な特技があるなら、早く教えてくれれば良かったのに」
海の男は、皆等しくニッティングの達人であるという。
「誰も彼も暇を持て余しているのよ。何もしないより、ニットでも出来上がっていた方がいいわ」
「本当ですね。ところでソフィア様、体調はどうですか?」
「すこぶるいいわ。だってほら、見て」
ソフィアがドレスの裾を上げると、分厚いニットの靴下が現れた。
「まあ!」
「クラウスが作ってくれたの。冷えるといけないからって」
ソフィアはもう、クラウスを「おじ様」と言うことはなくなっていた。
ディアナは目を細める。
「……もう、お子様の動き、感じます?」
「ええ、たまにぐるんっ、と」
「へー、すごい!」
と。
小屋の扉がどんどんと叩かれた。
「ハイ」
ディアナは声を出してから、玄関へ向かう。
扉を開けるとそこには──
「あら、ロベルト村長。今日はどんなご用件ですか?」
ロベルトは屋内を見渡してから、
「いや、ちょっと工事の偵察にね。これから──そうだ、この教室が終ったら、ちょっと話がある」
と少し困ったような顔で言う。
「お話なら、今して下さっても構いませんのに」
「うーん……」
二人の問答を眺め、クラウスが言った。
「そろそろ昼だ。ディアナも立て込んでいるようだし、今日はここまでにしよう」
機転を利かせてくれたのだ。レッスン生たちは頷き合うと、そそくさとロベルトに見送られながら家を出た。
「ディアナ、また来週に来る」
「ありがとうございます、クラウス様」
マクガレン公爵夫妻も、既に建設済みの別荘へと帰って行った。
「あれっ……村長」
彼らと入れ替わるようにして、畑からレオンが帰って来る。
「村長もニット教室に来てるんですか?」
「あ、いや……ははは」
「レオン。村長がね、私達に話があるんですって」
「ふーん……」
「ちょっと待っててくれ。今客人を連れて来る……」
ロベルトは玄関の外を眺め渡すと、馬車までひとっとびして誰かに何事か告げている。
「お客様ですって?」
ディアナとレオンは顔を見合わせた。
馬車から降りて来たのは、ローブを被った一人の老人。
彼を招き入れると、ロベルトは用心深く玄関の戸を閉めた。
「ど、どちら様で……」
ロベルトはディアナに歩み寄ると、必死の形相でその両肩を掴んだ。
「……君に頼みがある!」
ディアナは目を丸くした。
「頼み?」
「ああ……この国の運命がかかっているんだ!」
「大袈裟ですね」
「……冗談を言っている場合ではない」
ローブの老人が歩み出て、そのフードをぱさりと外した。
ディアナは固まった。
そこにいた人物には、見覚えがあった。
ヴェンデルス王国の王、ヘンドリック四世。
その瞬間。
ディアナの脳内に、炎が巻き起こった。
「……いやっ」
ディアナは叫ぶ。異変を察知したレオンが、ディアナをロベルトから引き離す。
「どうした?」
「いや、いやああああああ!」
「落ち着け、ディアナ」
レオンは取り乱す妻を抱き締めながら、恐る恐る老人を振り返る。
「おい、あんたは一体……」
老人は、その重い口を開く。
「ヘンドリック四世だ」
レオンは全てを理解した。途端に、その鈍色の瞳は深い憎悪を帯びる。




