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【書籍化】没落令嬢の幸せ農場〜最愛の人と辺境開拓スローライフ〜  作者: 殿水結子@「娼館の乙女」好評発売中!
第八章.農民と王様

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83.招かれざる客

 辺境に、次々建物が建つ。


 ウォールナット色の小屋、モスグリーンの家、白い土壁のホテル、レンガの豪邸──


 一方、ディアナの家の前では石だらけの土地を、人足たちが人海戦術で掘り返している。


 新しい畑を作っているのだ。


 通常の二倍の金額で土地を売った。その金で、これだけの人手を雇えたのだった。


 ディアナは二階の窓から慌ただしい辺境を眺めた。


 家に吹き込む風はすっかり冷たくなっている。


 この寒さで、ディアナ達の以前の住まいである山小屋に泊りたいと言う貴族は、徐々にいなくなっていた。


 けれどあの小屋を利用した人は皆、ディアナに感謝の言葉を述べた。


 やはり鍵はあのシングルベッドと農作業にあるらしい。


 人は、ものを持てば持つほど感覚が鈍り、周囲の人間との関係を壊して行くものらしい。


 何もなく、いちから作り上げることは、彼らにとって全くない経験だったのだ。


 ディアナは山小屋脇の小さな畑に目を移す。エディブルフラワーの畑には、まだまだ花が咲いている。


 冬にも咲く花があるのだ。


(今度の花は、どんな味がするのかしら)


 冬に入ったので、どうしても調理は煮込み料理が増え、花の出番は少なくなっていた。


 冬は食材が限られるため、お料理教室は一旦中止にした。


 冬は、みんなで編み物をしようということに決めたのだ。


 その講師は──




「これ、ここで一段飛ばしてすくっている。だからなわ模様がずれて来てしまったんだ」


 低い声でそう言って、クラウスが貴族女性から作りかけのフィッシャーマン・ニットを取り上げる。


 女性はぽーっと赤い顔で初老の紳士を眺めた。


「私が前の段までほどき直そう。君は待っていたまえ」


 クラウスはするすると毛糸をほどき、その指さばきに全女性が虜になる。


 その隣では少しふっくらしたソフィアが、赤い毛糸でひざ掛けを編んでいた。


 ディアナは一階へ下りて行き、ソフィアの横に椅子を引く。


「……いいのかしら。公爵様にこんなことをお願いしちゃって」

「ふふふ。いいんですよ。彼、海軍時代は航海中、ずーっとニットを編んでいたって言うんですから」

「こんなこと、知りませんでしたねぇ」

「私も初めて聞いたわ。あんな素敵な特技があるなら、早く教えてくれれば良かったのに」


 海の男は、皆等しくニッティングの達人であるという。


「誰も彼も暇を持て余しているのよ。何もしないより、ニットでも出来上がっていた方がいいわ」

「本当ですね。ところでソフィア様、体調はどうですか?」

「すこぶるいいわ。だってほら、見て」


 ソフィアがドレスの裾を上げると、分厚いニットの靴下が現れた。


「まあ!」

「クラウスが作ってくれたの。冷えるといけないからって」


 ソフィアはもう、クラウスを「おじ様」と言うことはなくなっていた。


 ディアナは目を細める。


「……もう、お子様の動き、感じます?」

「ええ、たまにぐるんっ、と」

「へー、すごい!」


 と。


 小屋の扉がどんどんと叩かれた。


「ハイ」


 ディアナは声を出してから、玄関へ向かう。


 扉を開けるとそこには──


「あら、ロベルト村長。今日はどんなご用件ですか?」


 ロベルトは屋内を見渡してから、


「いや、ちょっと工事の偵察にね。これから──そうだ、この教室が終ったら、ちょっと話がある」


と少し困ったような顔で言う。


「お話なら、今して下さっても構いませんのに」

「うーん……」


 二人の問答を眺め、クラウスが言った。


「そろそろ昼だ。ディアナも立て込んでいるようだし、今日はここまでにしよう」


 機転を利かせてくれたのだ。レッスン生たちは頷き合うと、そそくさとロベルトに見送られながら家を出た。


「ディアナ、また来週に来る」

「ありがとうございます、クラウス様」


 マクガレン公爵夫妻も、既に建設済みの別荘へと帰って行った。


「あれっ……村長」


 彼らと入れ替わるようにして、畑からレオンが帰って来る。


「村長もニット教室に来てるんですか?」

「あ、いや……ははは」

「レオン。村長がね、私達に話があるんですって」

「ふーん……」

「ちょっと待っててくれ。今客人を連れて来る……」


 ロベルトは玄関の外を眺め渡すと、馬車までひとっとびして誰かに何事か告げている。


「お客様ですって?」


 ディアナとレオンは顔を見合わせた。


 馬車から降りて来たのは、ローブを被った一人の老人。


 彼を招き入れると、ロベルトは用心深く玄関の戸を閉めた。


「ど、どちら様で……」


 ロベルトはディアナに歩み寄ると、必死の形相でその両肩を掴んだ。


「……君に頼みがある!」


 ディアナは目を丸くした。


「頼み?」

「ああ……この国の運命がかかっているんだ!」

「大袈裟ですね」

「……冗談を言っている場合ではない」


 ローブの老人が歩み出て、そのフードをぱさりと外した。


 ディアナは固まった。


 そこにいた人物には、見覚えがあった。


 ヴェンデルス王国の王、ヘンドリック四世。


 その瞬間。


 ディアナの脳内に、炎が巻き起こった。


「……いやっ」


 ディアナは叫ぶ。異変を察知したレオンが、ディアナをロベルトから引き離す。


「どうした?」

「いや、いやああああああ!」

「落ち着け、ディアナ」


 レオンは取り乱す妻を抱き締めながら、恐る恐る老人を振り返る。


「おい、あんたは一体……」


 老人は、その重い口を開く。


「ヘンドリック四世だ」


 レオンは全てを理解した。途端に、その鈍色の瞳は深い憎悪を帯びる。

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