7.好きになってしまいます。
温泉からの帰り道。
ディアナの背中側で手綱を引くレオンが、ぽつりと言った。
「……どうするんだ?お嫁さんだなんて、嘘ついて」
ディアナは籠いっぱいの食料品を抱え、くすくすと満足げに笑う。
「いけなかった?」
「嘘はよくない。俺は嘘がつけない性質なんだ」
「でも、よく考えて。あそこを否定したら、どんな会話になるか」
「……はぁ」
「お嫁さんじゃないって言ったら、レオンが行きずりの女を連れ込んだって話になるでしょう」
「!」
「更に根掘り葉掘りされて、ハインツの娘だってバレたら、どうなるか」
「……!」
「だから、さっさと認めてしまうのがベターでしょ?」
馬に揺られ、更にレオンは頭を横に揺らす。
「そうは言うが、イルザ様と連絡が取れ、いざ俺の家から出る時には誤魔化せなくなるんじゃないか?」
「その時は、その時。別れたとか出て行ったとか言えばいいわ」
「……あのなぁ」
咄嗟にそれっぽいことを言ってのけたディアナだったが、内心は違った。
ただただ近所の奥方に、「レオンのお嫁さん」と勘違いされたことが嬉しかったのだ。
ディアナの両脇を、レオンの逞しい腕が挟み込んでいる。
少女は幸せで身悶えしてしまいそうだった。
(この時間が、ずっと続けばいいのに)
昼過ぎにレオンの小屋に到着した。
「ねえレオン。お昼にしましょう」
「お疲れ様。ディアナ、まだ完全に健康になったわけじゃないから寝ていろ」
「今日は私が作るわ」
「だーかーら、ねーてーろっ」
ディアナはレオンを見上げる。
「恩返しなの」
レオンは鈍色の瞳を見開いた。
「あなたが命をかけて私を助けてくれた。そのお返しがしたいの」
彼はふっと力が抜けたように笑う。
「俺は……ハインツ邸で働けたことでもう、既に恩恵は得てますよ」
「まーた敬語が始まってるわよレオン」
「……寝てろよ」
「嫌よ。たらふく食べさせてあげるわ」
「じゃあ、火起こしだけはやるよ」
「ふふふ。お願いね」
レオンが火を起こしている間に、ディアナは牛舎に詰めている牛の乳を搾る。
鍋を火にかけ、小麦粉を油で炒め、牛乳を入れる。更にじゃがいもを投入し、干し肉も入れる。パンも炭火で炙った。
じゃがいものクリームシチューと、焦げ目のあるパン。
久方ぶりの、豪勢な昼食。
二人差し向かいになって、テーブルに着く。
レオンの目が静かに輝いているのが分かる。
「いただきます」
濃厚なミルクがほくほくのじゃがいもにまとわりつき、ただのスープより遥かに腹持ちがする。
村の奥方特製のパンも、麦の素朴な味わいがあった。
レオンは、ひたすら無言で食事をかっ込んでいる。
「……どう?」
ディアナの問いで、ようやく彼は我に返った。
「え?あっ……凄い、美味しいです」
「……敬語」
「美味くて感想言うの忘れてた」
「えへへ」
すぐに食事は終わる。
レオンは食器を持って、井戸へ向かった。ディアナもついて行く。
桶の中で丁寧に皿を洗うのを、ディアナは彼の背後からじっと眺めた。レオンが呟く。
「……料理、上手いんだな」
「うん。お父様が外国から仕入れた食材でコックに作らせるのを、よく眺めてたから」
「そうか。それで……」
沈黙が訪れる。ディアナはレオンの背中が急に恋しくなって、ふと体を寄せた。
がしゃん、と皿を取り落とす音。
「……あっ」
ディアナはどきりとする。
レオンはしばし唸った後、そうっとこちらを振り返って彼女に言った。
「やめて下さい、急に」
ディアナはしゅんとする。
「……ご、ごめんなさい」
レオンは皿を拭いて乾いた桶に戻すと、向き直ってため息混じりにこう言った。
「今の内に言っておきますけど、ディアナ様。男っていうのは非常に単純なんです」
少し予想だにしない話に、彼女の目が点になる。
「余りベタベタ体に触らないで下さい。好きになってしまいますから」
ディアナの目は点どころか、真っ白になった。
「……え!?……え?」
「だーかーら、好きになるからやめて下さい。いいですね?」
レオンは桶を抱えると、押し黙ったまま小屋に戻って行ってしまった。
ディアナはそれを見届けて、顔を赤くする。
「……そ、そうなの?……好きになっちゃうの?」




