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第一章.ふたり暮らし

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7.好きになってしまいます。

 温泉からの帰り道。


 ディアナの背中側で手綱を引くレオンが、ぽつりと言った。


「……どうするんだ?お嫁さんだなんて、嘘ついて」


 ディアナは籠いっぱいの食料品を抱え、くすくすと満足げに笑う。


「いけなかった?」

「嘘はよくない。俺は嘘がつけない性質たちなんだ」

「でも、よく考えて。あそこを否定したら、どんな会話になるか」

「……はぁ」

「お嫁さんじゃないって言ったら、レオンが行きずりの女を連れ込んだって話になるでしょう」

「!」

「更に根掘り葉掘りされて、ハインツの娘だってバレたら、どうなるか」

「……!」

「だから、さっさと認めてしまうのがベターでしょ?」


 馬に揺られ、更にレオンは頭を横に揺らす。


「そうは言うが、イルザ様と連絡が取れ、いざ俺の家から出る時には誤魔化せなくなるんじゃないか?」

「その時は、その時。別れたとか出て行ったとか言えばいいわ」

「……あのなぁ」


 咄嗟にそれっぽいことを言ってのけたディアナだったが、内心は違った。


 ただただ近所の奥方に、「レオンのお嫁さん」と勘違いされたことが嬉しかったのだ。


 ディアナの両脇を、レオンの逞しい腕が挟み込んでいる。


 少女は幸せで身悶えしてしまいそうだった。


(この時間が、ずっと続けばいいのに)




 昼過ぎにレオンの小屋に到着した。


「ねえレオン。お昼にしましょう」

「お疲れ様。ディアナ、まだ完全に健康になったわけじゃないから寝ていろ」

「今日は私が作るわ」

「だーかーら、ねーてーろっ」


 ディアナはレオンを見上げる。


「恩返しなの」


 レオンは鈍色の瞳を見開いた。


「あなたが命をかけて私を助けてくれた。そのお返しがしたいの」


 彼はふっと力が抜けたように笑う。


「俺は……ハインツ邸で働けたことでもう、既に恩恵は得てますよ」

「まーた敬語が始まってるわよレオン」

「……寝てろよ」

「嫌よ。たらふく食べさせてあげるわ」

「じゃあ、火起こしだけはやるよ」

「ふふふ。お願いね」


 レオンが火を起こしている間に、ディアナは牛舎に詰めている牛の乳を搾る。


 鍋を火にかけ、小麦粉を油で炒め、牛乳を入れる。更にじゃがいもを投入し、干し肉も入れる。パンも炭火で炙った。


 じゃがいものクリームシチューと、焦げ目のあるパン。


 久方ぶりの、豪勢な昼食。


 二人差し向かいになって、テーブルに着く。


 レオンの目が静かに輝いているのが分かる。


「いただきます」


 濃厚なミルクがほくほくのじゃがいもにまとわりつき、ただのスープより遥かに腹持ちがする。


 村の奥方特製のパンも、麦の素朴な味わいがあった。


 レオンは、ひたすら無言で食事をかっ込んでいる。


「……どう?」


 ディアナの問いで、ようやく彼は我に返った。


「え?あっ……凄い、美味しいです」

「……敬語」

「美味くて感想言うの忘れてた」

「えへへ」


 すぐに食事は終わる。


 レオンは食器を持って、井戸へ向かった。ディアナもついて行く。


 桶の中で丁寧に皿を洗うのを、ディアナは彼の背後からじっと眺めた。レオンが呟く。


「……料理、上手いんだな」

「うん。お父様が外国から仕入れた食材でコックに作らせるのを、よく眺めてたから」

「そうか。それで……」


 沈黙が訪れる。ディアナはレオンの背中が急に恋しくなって、ふと体を寄せた。


 がしゃん、と皿を取り落とす音。


「……あっ」


 ディアナはどきりとする。


 レオンはしばし唸った後、そうっとこちらを振り返って彼女に言った。


「やめて下さい、急に」


 ディアナはしゅんとする。


「……ご、ごめんなさい」


 レオンは皿を拭いて乾いた桶に戻すと、向き直ってため息混じりにこう言った。


「今の内に言っておきますけど、ディアナ様。男っていうのは非常に単純なんです」


 少し予想だにしない話に、彼女の目が点になる。


「余りベタベタ体に触らないで下さい。好きになってしまいますから」


 ディアナの目は点どころか、真っ白になった。


「……え!?……え?」

「だーかーら、好きになるからやめて下さい。いいですね?」


 レオンは桶を抱えると、押し黙ったまま小屋に戻って行ってしまった。


 ディアナはそれを見届けて、顔を赤くする。


「……そ、そうなの?……好きになっちゃうの?」

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