78.働かざる者食うべからず
いきなり料理の話をもちかけられ、カールはうろたえた。
「急に何を言うんだ!男が料理などするわけないだろっ」
「あら。ここでは何もかもを自分でやらなくてはなりません。料理もその内のひとつです」
「女に交じって料理しろってか?」
「もし料理がお嫌いであれば、畑から食料を調達して下さいませ。ああ、山に入ってもいいんですよ?」
「……どれも嫌だな」
「ではお料理教室には参加せず、昼食は女性から施して貰って下さいね。横取りしても構いませんわ」
「ぐっ……」
カールはじっと何事か考える。その背後で、カタリナはさも面白そうに肩を震わせ、夫の慌てる様子を笑顔で眺めていた。
「なるほど……一杯食わされたな、カタリナめ」
「どうかなさいましたか?」
「……くそっ。畑から収穫して来るか」
のしのしとカールが去り、カタリナがディアナの元へ寄って来る。
「うふふ。カールったら、やっと動き出したわね」
「どういうことですの?カタリナ様」
「いえね。夫は何にもしない人なんです。けど、文句は一丁前で」
「はぁ」
「この宿の話を聞いて、良い機会だと思いまして。自分がいかに恵まれた環境で暮らしていたかを、骨身にしみて分かるといいわ」
いわゆる農作業を懲罰と考えている人だろうか、とディアナは肩を落としかけたが、
「私は本当の貧乏公爵の元に生まれましたの」
カタリナが夫を眺めながら、自分語りを始める。
「やせた土地で農民も少なかったから、自分達で普通に農地経営をしながら暮らしておりました。乳絞りもあの通り、毎日の仕事でした。ですから夫から見染められ、あのドレヴェス公爵に嫁げると決まった時は、家中……いえ、領地中大騒ぎになりましたのよ。私も当初は浮かれてあの人の妻になったところまでは良かったのです。けど──」
カタリナは悲し気に眉を寄せた。
「あの人は自分がいかに恵まれた生活をしているかが分からず、周囲の人間の神経を逆なでしてばかりなのです。使用人から別の領地の公爵に至るまで、誰かの苦労をまるで知らずに育っているのですわ。このままでは公爵として不適格です。だから一度、彼にきちんと世の中の仕組みというものを叩き込まなくてはならない」
その余りにも教育者のような物言いに、ディアナは唾を飲んだ。
「そういう事情が」
「ええ。一応私、両親から夫の言うことには決して逆らわぬよう言われておりますので、彼の前で文句は言いません。両親は現在、ドレヴェスからの施しで暮らしているような立場なので、彼を怒らせるわけには行かないのです。けれど、疎開してからも目に余る行動が多くて。躾けられていない犬の不始末を片しているような毎日に、どうにか見切りをつけたいと常々思っておりましたの。だから、この農場の話を聞いた時には思わず飛び上がりましたのよ。矯正するチャンスだって」
遠くで、カールがどうにか芋をひとつ掘り返している。
「ふふふ。芋っころひとつを取り出すのにどれだけ苦労するか、とくと味わうがいいわ」
食事にありつくために、土を掘る。乳を搾る。
そんなことを一切知らされずに育ったカールは、今日ようやく「事実」に愕然とするのだろう。
馬車から貴族の娘たちが降りて来て、カタリナに群がった。
「どう?カタリナ。山小屋暮らしは」
「ふふふ。見て?」
カタリナが指さす方で芋をひたすら掘り返しているカールを見て、女性たちは嬌声を上げた。
「あのカールが芋を掘ってるわ!」
「凄いわね!一体どんなマジックを使ったの!?」
ディアナは苦笑いを浮かべる。
魔術などない。あるのは「必要に迫られる」という体験だけ。
しかし悲しいことに、彼らは恵まれすぎて必要に迫られる体験をしたことがないのだ。
図らずもこの農園は、彼らを「必要に迫らせる」らしい。
お料理教室が始まった。
本日のお品書きは「じゃがいものピザ」と「ビシソワーズ」である。
ディアナの指示で、まずは収穫をしてもらう。皆カールとは違って、きゃあきゃあとはしゃぎながらの収穫である。
とにかくじゃがいもを収穫してもらい、かご一杯にしてから引き上げる。
井戸で全てを洗い、皮をはいでいく。
そして全てを鍋で煮る。その間に、ピザ生地を練って鉄板に並べる。
ゆでたじゃがいもの半分はピザに乗せ、半分はビシゾワーズ用に取っておく。
ピザの上にベーコンとチーズもトッピングし、炭火のオーブンの中に入れた。
焼き上がるまでにビシソワーズに取り掛かる。じゃがいもをペースト状にマッシュし、先程絞った牛乳に溶かして行く。
その間にエディブルフラワーを収穫し、最後の仕上げ。
香ばしく焼き上がったピザにエディブルフラワーをトッピングし、ビシソワーズにも花を添えれば──
「出来たわ!エディブルフラワーのピザとビシソワーズ!」
調理場で、小さな拍手が沸き起こった。どことなく全身が埃っぽくなったカールは目の前の食事に目を奪われ、じいっと佇んでいる。
カタリナがそばに行って声をかけた。
「あなたも食べましょう。農作業を続けて、お腹が空いたでしょう」
カールはいつもとは違う視線を妻に投げかけると、
「ああ……」
と呟いた。
目に美しい花のピザとビシソワーズは、秋の澄んだ空気の中、野外のテーブルへと運ばれる。皆で円になって、パリパリとピザを切り分け、とろけるチーズを伸ばしながら新鮮な昼食に舌鼓を打った。
「とっても美味しいわ。やっぱり採れたては違うわね!」
「ね、ディアナさん。チーズもここの自家製?」
「はい。村伝統のレンネットを使用してのチーズですわ」
「道理で、どこにもない味だと思った」
「よろしければ、チーズ作りなんかも企画しますか?」
「素敵!ぜひ作ってみたいわ」
「では次回、どうですか?完成にお時間がかかるものですけど」
「あら、それがいいんじゃない!待ち遠しさがあると、毎日が活気づくというものよ」
カールは皆の話を聞きながら、じっと何事か考えているようだった。




