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第七章.辺境の宿屋

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75.山小屋への宿泊客

「ソフィア様が妊娠!?」


 驚きを隠せないディアナに、貴族の子女たちは口々に言う。


「あれ?ディアナさん、知らないの?ソフィアは身籠ったのよ。クラウス様は彼女……とそのお腹の子につきっきりで、もうデレデレなんだから!」

「あんなに夫を避けていたソフィアが、山小屋を経験して変わったのよ。何だか目に光が戻って、活き活きしているの」

「何か秘密があるんでしょう?私達も是非あやかりたいわ。疎開すると周囲との繋がりが消えて、どうしても孤独になりがちだし……夫を心から愛せたら、どんなにいいかって思うもの」


 丸テーブルで話を聞いている親族たちは戦慄している。ディアナもしばし情報の整理が追いつかず呆然としていたが、


「別にソフィア様はこの小屋に泊まったわけじゃ……」


と言うレオンの口を、咄嗟に手で塞いだ。


 ディアナの胸が、やにわにざわつく。


 大きな金脈が近づいている──


「待って、皆様。話を整理しましょう。つまり、皆様はこの山小屋に泊ってみたいと。そういうことですね?」


 貴族の子女らは頬を紅潮させて、前のめりに頷いた。


「ならば、こうしましょう。この山小屋に順番に泊まればいいわ。お代は一泊銀貨10枚。これでどうですか?」


 イルザが少し嫌な顔をしたが、あとの貴族らはうんうんと納得の表情で頷いている。


「分かりました。では、一週間後から宿泊予約を受け付けます。今からスケジュールを立てますので、都合の良い日を申告していただいてよろしいですか?」


 ぽかんと口を開けているレオンに、ディアナは囁く。


「私達、もう新しい家に移動するからいいでしょ?この小屋に、最後の仕事をしてもらいましょ」


 レオンは我に返る。


「そ、そっか。あの小屋にはもう誰も住まないんだもんな」

「そうよ。で、貴族に貸してあげてから姉に売りつける、と」

「なるほど。いくらか生活の足しにはなるか……」


 というわけで、親族が見守る中ノートに急遽予約表を作る。


「では、これが宿泊日程の控えになります。これを持って、当日集合して下さい。農園生活をレクチャーします」


 貴族の子女らはほくほく顔で帰って行った。


 ぶすっとむくれながら、隅に追いやられていたイルザが後方からやって来る。


「……折角私も、農園生活を楽しもうと思ったのにぃ」

「お姉様はみんなの宿泊が落ち着いてから、小屋を買い上げればいいわ。この小屋で我々農民の最後のひと稼ぎをさせてくださいな」

「……しょうがないわねぇ。ま、あなたにも生活があるから、無理強いは出来ないわね」


 そう言いながら、イルザはやれやれと言った風にテーブルについた。親族らは彼女の面の皮の厚さに顔を見合わせる。


「まあ!お花のサラダ?とっても可愛いじゃない、ディアナ」

「ええ。ワインビネガーのドレッシングと和えたの。食べていいわよ」

「ふむ……カイワレ風味ね。ちょっとピリっとして大人の味。ところでこのドレッシング、ベリーの味がするわね?」

「キイチゴを少し風味づけに使ったの」

「いいわ、とても料理センスがあるのねディアナは。そうだわ、このドレッシングも売り出しましょうよ」

「あら?お姉様にまでお父様が憑依したのね」

「ふん、腐っても商家の子よ。うふふ、この鶏も柔らかくてとても美味しいわね」


 それを聞くや、フリッツは誇らしげに胸を張った。


「パンは──ああこんにちはゲオルグさん。あなたが作ったのね?思わずお皿を拭きたくなるいいパンね」


 ゲオルグはいつものように無言で目礼する。


「このワインだって極上よ。都会にまで届かない、農園のとっておきなんでしょ?」


 トマスが気まずそうに視線をそらす。


 ハンスがどきどきと緊張しながら待っている。


 それを横目にし、イルザは言う。


「……えーっと、テーブルクロス、とっても素敵ね」


 ハンスはようやく息をひとつ吐いた。


「ディアナは本当にいいご兄弟に恵まれたわ。こんなに素材と土地に恵まれた農家なんか、なかなかいないわよ。ディアナもちまちま花なんか摘んでないで、レストランでもやったらいいのに」


 山から、秋の涼しい風が吹いて来た。


 ディアナは姉に問う。


「……レストラン?」

「そうよ。ただここに来て貰って、食事を振る舞うだけでも立派な商売になりそうだわ」

「なるほど……」

「ああもちろん、あなたのやりたいことも否定はしないわよ?農業体験会を催すって話、貴族の間ではかなり好意的に受け止められているわ。元々ディアナは上流の出身。あなたが思いつく農業というものに、救いを見出している貴族がかなりいるの。農民に農作業をやらせてくれなんて貴族が言えるはずもないし、農民が農業を貴族にやらせてみようなんてことも言えやしないのよ。だから、あなたはこの疎開先で、貴族と農民のいい橋渡し役を務めているの。自覚あそばせ」


 俯瞰で妹を語る姉に、ディアナは改めて思う。


 我々は商家の子だ、と。


 ディアナは山小屋を振り返った。


 そして思う。


 この辺境に、どうやら新しい風が吹き始めている──


「山小屋、農業体験、レストラン、牧場……」


 呪文のようにそう唱えた妻を、レオンは怪訝な顔で見下ろす。


「……おい、ディアナ」

「いっぺんにやれば、ここは一大観光牧場に」

「おーい?」

「でもそのためには、人を雇わねば……」

「ご神託の最中か?」


 そんな時。


 遠くから、更にもう一台の馬車がこの山に向かって来るのが見えた。


 ディアナはその馬車を眺め、意外な乗客に驚き目を丸くする。

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