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第六章.ディアナのお店と偏屈貴族

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73.私の癒し

 夕暮れの中、意気投合した村人たちからいろんなお土産を貰うと、ソフィアとクラウスは燻製小屋から離れて馬車に乗り込んだ。


 別れ際、ディアナはソフィアにこう言った。


「ソフィア様、また何かあったら癒しを求めに山まで来て下さいね」


 癒し。


 確かに今までのソフィアは、あの山に癒しを求めに行っていたのだ。


 けれど、今は──




「他人と話してあんなに笑ったのは久しぶりだな」


 馬車の中で、クラウスはワインの余韻もあってか、ソフィアの隣でゆったりと語る。


「右も左も分からない土地で、手荒に扱われるのもいいものだ。どうしても逃げて来た手前遠慮があったが、あっちはそんなことはつゆも気にしていないらしい」

「そうですね」

「……あの鱒、はらわたを取ったのはソフィアか?」

「はい。私あの時、初めて魚のはらわたを出しました」

「そりゃいい。ソフィアは私が考えるより、器用で勇敢な女のようだ。私も海軍時代はよく釣りをしてね……」


 ソフィアはその無防備な姿が急に愛おしくなり、そっとその手を握った。


 するとクラウスもその手を握り返し、ソフィアを愛おしそうに覗き込んで来る。


 その瞬間、ソフィアの胸は絞られるように締めつけられた。


「あの……」


 震える唇で、彼女は御者に気づかれぬよう夫の耳元に囁いた。


「おじ様、今日の、夜は……」


 クラウスはそれを聞くや、途端に目を見開いた。


「……また君を傷つけることになるかもしれないが、いいのか?」


 ソフィアは頷いた。


「あの、私」

「……」

「私……最近は、あなたになら傷つけられてもいいと思えるようになりました」

「ソフィア……」


 クラウスがソフィアを抱きすくめる。ソフィアはいつになくどきどきと胸を鳴らした。


(心が通じ合っていると、何だかこのまま溶けてしまいそう)


 氷どうしがくっついて、じわじわと溶けて行くように。


 ふたりの心の氷が夕暮れに溶けて消えて行く。




 パブスト村の宿屋に帰った二人はベッドで山での会話を反芻しながらまどろみ、何とはなしに唇を重ね合う。それからクラウスが急に、ソフィアの体のあらぬ方向に手を伸ばして来た。


 あの初夜とは全く違った流れにソフィアは内心驚いた。双方があんなに避けていたしとねのはずなのに、こんなに何の準備もきっかけもなくずるずると始められてしまうとは。


「……お、おじ様。今日は、ちょっと違いますわね……」

「何が?」

「ちょっとどころか、その……前と、色々、かなり違いますけども」

「おじ様ではなく、名前で呼んでくれないか」

「ク、クラウス……」


 何の遠慮もなく、クラウスがソフィアの喉元の結び紐に手を伸ばして、それをスルスルと器用にほどいて行く。その時ソフィアはただ単純に、夫が長らく既婚者だった過去を思い出していた。


 遠慮のなくなった瞳が、腕が、簡単にソフィアの深い部分を押し開いて行く。


 ソフィアはおっかなびっくり受け入れながら、今までのことを思い、少し鼻をすする。


「……どうした?」


 異変を察知したクラウスが問いかける。ソフィアはひーっと喉を絞り上げた。


「な、何でも」

「……泣いてるじゃないか。やっぱり嫌か」

「ち、違います」

「……ならば、なぜ」

「……嬉しいんです」


 それを聞き、クラウスは微笑んだ。


「……愛してる、ソフィア」

「い、……今そんなこと言うのはずるいです、おじ様」

「……名前を」

「う……クラウス」

「そう。いい子だ。あとは?」

「……愛してる……」

「そうだ、それでいい」

 

 ソフィアはクラウスに組み敷かれ、そのちっとも遠慮のなくなった重みに心を震わせる。


 ずっとソフィアが求めていた「重さ」がそこにあった。


 寄りかかられる喜び、実体のある温度、互いの鼓動。全てが押しとどめられず、暖かく積み重なって行く。


(私……)


 声には出さなかったが、ソフィアは夫の青い瞳を間近に見つめながら、心の中で呟く。


(本当はずっと昔から……この人を好きだったのかもしれない)




 その夜、ソフィアはクラウスから初めて優しい傷をつけられた。


 その瞬間、心の傷は静かに闇に溶けて行った。


 きっともう、ソフィアはひとりきりであの山小屋に癒しを求めに行くことはないだろう。


 ソフィアは隣で寝ているクラウスの体に、自らの体を寄せて考える。


(今までの悩みは何だったのかしら。こんなにあっさりと繋がれるだなんて思いもしなかった)


 あの時はお互い探り探りだったし、クラウスの方も色々こんがらがったのかもしれない。今ならそんな風にも思えるのに、なぜあの時のソフィアはそう思えず追い詰められてしまったのだろう。


 ソフィアが考えあぐねていると、クラウスの手が彼女の心を落ち着かせるように、その金糸の髪を撫でて来る。


 ソフィアは仔犬が母犬に甘えるように、夫にすり寄って目を閉じた。


 難しいことを考えるのはもうやめだ。


 辺境には、魔法があった。ただそれだけのことなのだから。

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