72.宴会
三日後。
燻製小屋にレオンと共に来たディアナは刮目する。
ソフィアがクラウスを連れて来たのだ。
しかも、二人を包んでいた例の刺々しさは抜けていた。
この三日の間で二人の間に何かが起こったらしい。しかしディアナはそれが何なのか掴みかねていた。
「あら、お二人で燻製を取りに来たのですか?」
探るようにディアナが声をかけると、
「ええ。私から誘ったの」
とソフィアが顔を赤らめ、少し恥ずかしそうに吐露する。
レオンとディアナはぽかんと口を開け、顔を見合わせた。
クラウスが進み出る。
「ディアナ、君はソフィアに色んなことを教えてくれたそうだね」
ディアナは頷いた。
「はい、三日前には釣りを。今日はそこで釣れた鱒の燻製を取りに来ようというわけなんです。折角ですから出来た燻製をみんなで食べましょう。先日とある村人と、マトンのベーコンを鱒と交換する約束もしているんです」
クラウスはそれを聞いて破顔する。
「ほー。マトンのベーコンは食べた事がない」
「是非みんなで……あら。みんな、やって来ましたわ」
ディアナが指さす川の下流から、村の男たちがやって来た。
その男たちの背後に、見慣れた男が二人。
「……あそこにいるのはゲオルグにフリッツじゃない」
不愛想なゲオルグとは対照的に、フリッツはにっこり笑って手を挙げて見せた。
「兄貴たちは何をしに来たんだ?」
「うーん。ゲオルグには鱒を分ける約束をしていたからだけど、フリッツはよく分からないわ……」
「あのう、ディアナさん、あっち」
ソフィアの指さす方を見れば、上流側からはトマスがやって来る。
「あっちは、釣り竿を返す約束をしていたから来たのね」
図らずも燻製小屋で村人大集結ということになってしまった。村人たちは互いに期待の目配せをすると、ゆっくりと燻製小屋を開けた。燻製の香りが燃え立つように周囲に漂う。
村人が言った。
「ほれ、早く籠を持って来い。鱒を入れてやる」
ディアナが籠を手渡すと、吊るしてあった鱒をまとめて村人が手渡して来た。
香ばしい燻製の香りが野天に立ち上り、ディアナ達は胸いっぱいそれを吸い込む。
「おう、フリッツ。お前はこれだったな」
フリッツの持つ籠に、村人が何かをころころと入れる。ディアナは籠を覗き込み、目を輝かせた。
「あら、これは……燻製たまごね!」
「へへっ、いいだろー、燻たま。何ならこれも物々交換する?」
その間にマトンのベーコンが取り出され、それぞれの籠に三種類の燻製が出揃う。
さて、まずは協力者に鱒を分けなければならない。
トマスは籠から突き出している鱒の数々を眺めると、目を丸くした。
「おいおい!大漁だな。さすがにこんなには食べられねーよ」
トマスは他の燻製を眺め、ディアナに言う。
「せいぜい三匹ぐらいだろうって高をくくってたから、俺は三匹でいいや。あとは──」
彼はふいとディアナから去り、木箱を抱えて戻って来た。
「……ベーコンもいただこうかな」
トマスはそう言いつつ、がばんと木箱の蓋を開ける。そこにはきっちりと紅白のワインが入っていた。やにわに村人がざわついた。
「おー!ワインじゃないか!」
「おう親父さん。そのベーコン一本とワイン一本を交換しないか?」
「いいねえ!」
ディアナの目の前で、物々交換会が始まった。燻製小屋の前は急に活気づき、なんと村人たちはそこにどかりと座って早速ワインを開け出した。ディアナとソフィアは唖然とするが、ふいに村人はこちらに視線を向けた。
「おい、そこの。何ボーっと突っ立ってるんだよ。お前らも飲もうぜ」
と。
クラウスが銀貨を握り、トマスに歩み寄る。
「私も赤ワインを一本いただこう」
ソフィアはぽかんとしたが、遠くから見ていた御者が気を利かせてマクガレン公爵関係者にピクニック用のグラスを差し出す。
「どうだ、ソフィア達も飲むか?」
ディアナは戸惑いながらも頷いた。
ちゃっかり輪に加わったゲオルグとフリッツも含め、燻製小屋の前に集った連中で突然の宴会が始まった。
御者が注いでくれたワインを飲みながら、ディアナはほくほくの鱒の燻製に舌鼓を打つ。
「んー!おいひいー」
ディアナが叫ぶと、懐に燻たまが飛んで来た。あっちでフリッツとゲオルグが笑っている。おすそ分けらしい。早速燻たまにかぶりつくと、中から煮凝りのような黄身が現れた。
「まあ、美味しそう」
そう呟いたソフィアに、フリッツがそうっと燻たまを差し出す。
「ちょっと、扱いが違い過ぎない?」
ディアナが言うと、男たちは酒の勢いも手伝ってどっと笑う。
クラウスは全てを物珍しそうに眺めていたが、
「あんた、マクガレン公爵なんだってな?」
村人のひとりにそう尋ねられると、ゆっくりと頷いた。
「マクガレン公爵にはあんたと同じ歳くらいの妻がいたはずだが……あれは娘か?」
「いや、妻だ」
「というと後妻か?俺と同じぐらいの歳でもそんなに若い嫁をさっさと充てがわれるとは、さすが公爵様だな」
「……」
「いいなぁ、俺も若い嫁さんに取っ替えたいよ」
下卑た笑いがこだまし、思わずディアナは顔をしかめた。すると。
「簡単に、取っ替えたなどと言わないで下さい」
毅然とした態度でソフィアが言い放ち、場が静まり返る。
「私は両親と再三に渡って話し合い、この結婚を了承したのです。桟橋の金具のように何の脈絡もなく取っ替えられたわけではありません。我々は対等です。若い娘だから従わされ、結婚させられたのだろうなどと勘違いされては困ります」
ディアナは心の中で拍手した。そうなのだ。皆、大抵は家柄の釣り合いと天秤にかけながら、それなりにお互いを良い人だと思って結婚するのだ。……結果、気が合うかどうかはともかく。
「……そうだな。ソフィアの言う通りだ」
クラウスはグラスの中身を喉へ空けると、嬉しそうに笑った。
「私はソフィアに選ばれた立場の男だ。今は私が必死にすがりついているのが実際のところで……」
公爵の言葉に、村人たちが笑った。
「公爵様といえど、嫁の尻に敷かれているのか!」
「俺たちも一緒だぞ!さぁ飲め飲め」
ディアナとソフィアは目配せして笑い合う。
村人たちに取り囲まれているクラウスを眺め、ディアナは彼女に問うた。
「……お二人の関係、この三日間で随分変わりましたね」
ソフィアは微笑んでワインを飲み下す。
「そうね。私、少し自分に自信がついたみたい」
ディアナは頷いた。ソフィアは続ける。
「だから、もう自分を欺かなくて良くなったの。やっぱり私、おじ様を嫌いになれない。昔からずっと、憧れの男性のひとりだったというのもあって」
「……そうだったんですね」
「深い関係になったらもっと傷つくって思ってたけど、本当は逆だったみたい。腹を割って話し込んでみたら、話し込むほど安心出来たの。今はなるべく、どんな些細なことでも話し合おうって二人で決めたわ。そしたら」
「そしたら?」
「……ううん、何でもない」
ソフィアは秘密を誇示するように、クスクスと笑っている。
ソフィアは燻たまをかじりながら、
「こんなに食事を美味しく感じたのは初めて」
と青空を見上げた。




