67.野天の昼食会
ハンカチを刺繍したあとはレンガを積んだだけの簡易コンロを使い、ディアナは貴族の子女たちと共に料理をすることにした。
まずみんなを畑に連れ、サラダ菜の収穫をしてもらう。それからエディブルフラワーの畑に向かい、好きなように花を取らせた。
それからドレッシングを作る。ワインビネガーに油と砂糖と塩を加え、しっかり混ぜ合わせると甘酸っぱいドレッシングが出来上がった。
サラダ菜とスライスした新玉ねぎをドレッシングでさっくりと和え、エディブルフラワーを散らす。世にも珍しい花のサラダに、女たちはうっとりと嘆息した。
最後に、フライパンでガレットを作る。ガレット生地の中央に卵を落とし、薄い生地でもってそろそろとその目玉焼きを包む。
可愛らしい黄身を備えたガレットを囲むように花のサラダを盛りつければ、目にも口にも美味しいワンプレートが完成した。
「わあああ、可愛いいいい」
貴族の子女らはきゃっきゃと盛り上がった。
ソフィアも頬を紅潮させている。
「素敵。お料理なんて初めてしたけど、こんなに楽しいものなのね」
ディアナは笑顔で頷いた。
「これだけじゃ終わらないわよ?みんな、飲み物も用意して下さいな」
牛追いからようやく帰って来た乳牛の乳をみんなできゃあきゃあと搾り、自らの手で配膳して行く。
全てが彼女たちにとって未経験のことだった。
青空の中、搾りたての牛乳と作りたてのガレットがてらてらと光を反射する。
山の手入れを終えて下りて来たレオンは、紫陽花の花束をテーブルの中央に活けて見せた。
ディアナも二人分のワンプレートをこさえ、レオンも合わせ五人での昼食会が催された。
やはり外で食べる食事はひと際美味しかった。山の芳香が食事と混ざり合い、言葉には言い表せない清々しさを味あわせてくれる。
心なしか棘のある顔をしていた貴族の子女たちも、自然と子供のような笑顔を浮かべていた。
「ああ、なんて素敵なの」
ソフィアはうっとりと宙を眺めた。
「自分で作る食事って、こんなに美味しいのね」
ディアナは頷いてみせる。
「そうなの。みんなに是非、この感覚を一度でも味わって欲しくて」
「……私、ちょっとディアナさんに懐疑的だったの。本当は辛くてしょうがない貧しい生活を送っているのに、好きな人と暮らすために日々痩せ我慢をしているんだと思ってたから」
あとの二人の貴族の子女たちも頷く。ディアナは驚いた。
「!そんな……」
「でも、ここに来て、あなたの言うままに何でも自分でやってみたら、楽しいったら。私気づいたの。何でも雛鳥みたいに口を開けて待っていては駄目ね。自分の手足を動かさなければ、幸せになんてなれっこないのよね」
丘の上の辺境には、おんぼろの山小屋がひとつ。
きっと、遠くから見たら何もないように見えたのだろう。
けれど、誘われるままに飛び込んでみたら、そこには貴族には想像もつかない世界が広がっていた。
ディアナはナイフとフォークを握り、思い切って彼女たちに告げる。
「私、新しくここでお店を始めようと思っているんです」
それを聞いて、ふわりと彼女たちの顔が明るくなった気がした。
「今まで作っていたものを販売するのというのと、今日みたいに小さなイベントを催すのと、二本柱でお店をしようと思うんです。今日は体験会ということで特に料金はかかりませんが、次回からはきちんと材料費をいただいて、もっと大掛かりなことに挑戦しようかと」
子女らは紅潮する顔を見合わせた。
「素敵な試みね。次があったら、是非参加したいわ」
「友人にも声をかけてみようかしら」
ディアナは目を輝かせた。
「ありがとう、みんな……」
「ディアナさんのところへ行くとなれば、夫も文句は言わないもの。私達も新しい行楽先が増えて嬉しいわ」
貴族の子女らは外出の際、文句を言われているのか……と信じ難く思うディアナだったが、なぜか自分だけは彼らに信用されているようなので安堵する。
「まだ、お店は建ってないのね?」
「ええ。だから今は、晴天で暖かい時期しかイベントを催せません。お店が出来れば、天候も気温も気にせずみんなで集まれますね」
「お店が出来る日を楽しみにしているわ」
「秋には、何とか……」
昼食が終わると、貴族たちは興奮冷めやらぬまま、馬車に乗って帰って行った。
再び山に静寂が訪れる。
レオンはディアナと共に彼女たちを見送りながら、ふと呟いた。
「みんな……いい顔してたな」
「ええ」
「あの日宿で会ったのと同一人物とは思えないぐらい、いい笑顔になってた」
「ふふふ……そうね」
「ところで、今日はもう仕事はおしまいか?」
ディアナが頷きつつもきょとんとした顔を上げると、レオンはねだるようにディアナの額に頬を寄せた。
「じゃあ、今日はこれからずーっと一緒にいられるわけだ」
「……うん」
「早く店、出来るといいな」
「もう、レオンったら」
レオンはディアナを引き寄せると、唇を重ね合わせる。互いの汗ばんだ頬が引っつき、二人は笑い合った。
宴の後。
井戸端で夫婦は花にまみれた皿を洗う。
白い皿が光を反射し、きらきらと輝いた。
何もかもが美しい午後。
一方その頃──
馬車に乗り、ソフィアは夫クラウスの待つパブスト村の宿に帰って来た。
彼女は愛用の白レースの巾着の中から、〝K〟のアルファベットを刺繍したハンカチをそうっと取り出す。
そしてそのまま、夫の部屋へと直行した。
重たい扉を開ける。
クラウスは小説を読んでいたが、妻の気配に気づいて顔を上げた。
「……どうした?ソフィア」
ソフィアの顔は、何かの決意に満ちていた。




