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第六章.ディアナのお店と偏屈貴族

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65.若い男のような愛し方は出来ない

 ディアナがサンプラーを完成させた頃には、もう夕闇が迫って来ていた。


 メリッサの家を出た三人が馬車に乗って、ハンスの店まで帰る道すがら。


 夕焼けの中、サンプラーを胸に、ディアナはじっと考え込んでいた。


(少女のような美しさを備えたソフィア様と、ダンディなクラウス様……とてもお似合いなのになぁ)


 やはり、山小屋を貸し出すべきだろうか。


 けれどイルザの時とは違って、それだけで解決とは行かないだろう。


 ソフィアは愛人をどうにかしたくて、小屋を貸せと言い出したのだ。愛人などいなかったと判明した今、小屋はいらなさそうだし、第一彼女は二人の関係を深くしたいから貸してくれと言ったわけではないのだ。


「あの、クラウス様」


 ディアナは思い切って尋ねた。


「ソフィア様のこと、どう思ってます?」


 レオンが口を尖らせ、うんざりしたように窓の外に目を移す。


 クラウスはその青い瞳を細めてディアナを眺めた。


「そうだな……娘のようだと思っている」


 意外にも、彼は何も隠すことなく正直なところを伝えて来た。ディアナは彼の瞳の奥の誠実さに当てられ、じんわりと汗をかく。


「……む、娘?」

「ああ。見ての通り、我々夫婦は四十ほど歳が離れているからな」

「妻ではなく、娘ですって……?」

「君がどこまで事情を知っているかは分からないから先に言っておくが、私はソフィアが産まれた時のことを知っている。その成長も、ことあるごとに間近で見て来たのだ」


 その話には、ディアナもレオンも目が点になった。


「おや?……ソフィアは一番難儀なところを言わなかったのか。ソフィアの母は、私のいとこだ。我々は親族間同士の結婚だった」


 内情を暴露しに来ているところを見るに、クラウスは何かをディアナに話したがっている。


「その時私にはまだ妻がいてね」


 馬車の音が、からからとどこか空しく響く。


「その妻は子供をもうけることなく、今から五年前に、病で死んでしまったのだ。だから親族間で話し合って、ソフィアを私にあてがおうということになってしまい──」


 その口ぶりは、何かを悔いているようだ。


「……今思えば、そんな話、断ってしまえばよかった。うら若い彼女にこんな老いぼれた夫など、どう考えてもかわいそうじゃないか」


 いたたまれない空気が流れ、ディアナは足元に視線を移す。


「ディアナ。君が急にあんなことを尋ねたのは、きっとソフィアが、君に何か言ったからなのだろう。ええと……愛人がいる、などとね」


 ディアナは隠し立てせず頷いた。


「はい、ソフィア様は私に言いました。愛人とクラウス様を引き離したいと」


 すると、クラウスは嬉しそうに笑った。


「……それを聞いた時、ね」

「はい」

「嬉しかったんだ、凄く」


 ディアナは思わぬ言葉に顔を上げる。


「ソフィアが私を夫と認識しているのだと、嬉しくなった」

「……」

「年甲斐もなく、少し浮かれてしまった。困ったものだね」


 ディアナはそのえも言われぬ暖かな眼差しに、顔を真っ赤にした。それをちらと眺めてから、レオンが公爵に言う。


「モノをあげるのなんか、もうやめたらどうですか」


 クラウスが真顔でレオンを見る。


「もっと、やるべきことがあるような気がするんですけど」


 彼らはこの件について、どこかひりついた感情を共有しているらしい。クラウスは少し侮るようにレオンを見やると、半分当てつけるように、半分諭すようにこう言った。


「君みたいな若い男のような異性の愛し方はね、私のような老体ではもう出来ないんだよ」


 静けさが戻って来た。


「だからせめてもの罪滅ぼしに、豊かな生活だけは維持してやろうとこうして方々を渡り歩いている。若い君にも、いつか分かる時が来るだろう」


 夕日が落ちて来ている。彼は人生の斜陽を迎えているのだ。燦々と輝く妻を眺めながら、没して行くしかない。


「でも」


 レオンは視線を苛立たしげに斜め下に落として反論した。


「……ソフィア様を見るに、今の愛し方は多分、間違ってると思います」


 クラウスは若輩者の意見を遠ざけることなく、受け入れるように無言で頷いた。


 一方、ディアナは落ち着きなくサンプラーを揉みながら、どきどきと胸を鳴らす。


 先程のクラウスの、あの暖かい眼差し。


 ディアナはあの眼差しを知っている。


 果たして、公爵をなじったレオンは気づいているだろうか。


(クラウス様は、誰よりもソフィア様を愛している)


 レオンは幾度となく、妻のディアナにあのような眼差しを投げかけてくれた。暖かい眼差し。冷たくなった心をほぐしてくれるような──


 あれは、間違いなく愛ある眼差しだった。


(けど、ソフィア様にはそれが分からないのだわ。集まって来るモノだけに視線を奪われて、クラウス様の、あの眼差しが見えていない)


 老いた体で精一杯に発している愛情表現を、ソフィアは全て見落としているのだ。ディアナは思う。


(ソフィア様にお会いして、今日のことを話さなければ……)


 ふとディアナは、オムレットの店で聞いたソフィアの言葉を思い出した。


(そうだ。ソフィア様は職人になってみたいって言っていたっけ)


 ディアナの手元では、絹糸刺繍のサンプラーが夕日を受けて淡く輝いている。


(縫い方を教えるのを口実に、誘い出そう。絹糸と木枠、ハンスの店にも余っていないかしら)


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