63.誤解
「ああ、ディアナ。紹介が遅れたね。こちらがマクガレン公爵だ」
ハンスはドレスを抱えながら二人の前に進み出る。
ディアナはマクガレン公爵と向き合い、じっとその風貌に目を光らせた。
ロマンスグレーの豊かな髪と口ひげ。歴代のマクガレン公爵が軍人公爵であった伝統をうかがわせる、背筋のすらりと伸びたしなやかな体。確かに今は老いているとはいえ、かつては目も覚めるような色男であっただろう。
公爵はすぐに膝をついた。
「私の名はクラウス・フォン・マクガレン。君の名前は妻からよく聞いている」
ディアナはぽーっとクラウスを眺め、彼はその手の甲に軽く接吻した。
レオンがずいと前に進み出る。
「……夫のレオンだ」
クラウスは立ち上がった。レオンに負けないぐらいの上背がある。
レオンは公爵の顔を覗き込むようにする。ディアナは我に返って夫の袖を引いた。
「ちょ、ちょっとレオン……」
「ふーん。ハンスが言うよりはいい男だな」
「何言い出すのよレオン!」
突如弟に名前を出されたハンスが恐る恐るクラウスを見上げると、彼はこらえるように笑ってこう言った。
「ほう。陰であのジジイ、とでも言っていたのかな」
「そんな!滅相もございません!ただ……」
「ただ?」
「クラウス様とソフィア様は随分歳が離れていると、そう義妹に話したことがあったんです」
「なるほど。そういうことか……」
その時、ふと彼が寂しそうな笑みを浮かべたのをディアナは見逃さなかった。
「あの、クラウス様。今日はソフィア様とご一緒ではないんですか?」
ディアナの問いに、公爵は頷いて見せた。
「ああ。来たくないと言い出したのでね」
「な、なぜでしょうか……」
「さあ。あいつは気まぐれなところがあるからな」
ディアナは胸にため込んでいた言葉を、ふいに吐いた。
「別の女性のところへ行くから、ですか?」
店内が、水を打ったように静かになる。今度はレオンが慌てる番だった。
「馬鹿っ。ディアナ、急にそんな話……!」
すると。
くっくっく。
クラウスが、さも楽しそうに笑い始めたではないか。
「ディアナ、君は一体ソフィアから何を吹き込まれたんだ?」
「だ、だってソフィア様がそうおっしゃるから……!」
ディアナはあわあわと言い訳する。クラウスは少し首を傾げると、こう問うた。
「ああ、今から別の女性のところへ行くよ。ついて来るか?」
ぽかんと口を開けているディアナから、ハンスが布見本を取り上げた。
「全く……とんだお嫁さんだな、君は!」
すっかりシーツのことは忘れて、ディアナとレオンはマクガレン公爵の馬車に乗り合わせていた。
クラウスは農民夫妻を見比べる。
「ソフィアとディアナは、友人同士なのかい?」
ディアナは首を横に振った。
「いいえ。友人と言うよりは私が店主で、彼女がお客様という間柄ですわ」
「ほう。君は店を持っているのか?」
「ええっと、これから店を建てる予定なんです。今は移動販売を主にしておりまして」
「なるほど。君が作ったティンクチャーを、彼女はとても気に入っていてね」
「あら、恐れ入ります」
ふと公爵はドレスの入った箱に目を移す。
「そう、気に入っている……まるでそれにしか興味がないみたいに」
農民夫妻は息を止めるようにして公爵を見つめる。
彼の方にも、何か大きな苦悩がありそうだ。
馬車はパブスト村のはずれに止まった。遠くに一軒、家が建っている。
「あそこがきっとソフィアの言う、別の女性の家だ」
ディアナとレオンは夏の熱風に吹かれながら、その家を眺めた。
「……ここは、メリッサの家だ」
レオンがそう呟き、ディアナは怪訝な顔をする。
「メリッサさん?」
「ああ。普通のおばさんだけど、刺繍の名人なんだ」
ディアナは首を傾げながらも、公爵の後ろをついて行く。
彼が小屋の戸を叩くとがちゃんと大きな音が跳ね、扉が開けられた。
「あらまあクラウス様。もうお品物、出来てますよ」
「今日はそれを引き取りに来た」
「待っててちょうだい。今、ご用意いたしますね」
そう言うと、メリッサはいそいそといっとう良い食器を出して来て、茶の用意を始めた。
クラウスが窮屈な上着を脱ぐと、メリッサはかいがいしくそれをハンガーにかける。
「暑くなって来たな」
クラウスは喉元のタイを緩めた。
「ええ。でもミントティーを飲めば、暑さは和らぎますよ」
「ブルーの絹糸は足りているか?ハンカチに名前を刺繍して欲しいんだ」
「あら、夏用にご用意するのですか?ハンカチの素材はリネン?」
「よく分かったな。そろそろ木綿をやめて、リネンにしようかと思っていたところだったんだ」
「また町へ買い出しにでかけますか?」
「そうだな。メリッサの目があれば、いいリネンが見つかりそうだ」
ディアナは彼女と談笑するメリッサを眺め、腑に落ちる。
おばさんと言えど、彼女はクラウスより少し年下だ。しかも、割と美人の部類である。
(まさかソフィア様……)
「結構仲いいな。あれじゃ誤解されてもしょうがない」
同じことを思ったらしいレオンが、苦笑気味に呟いた。
「もう、ソフィア様ったら人騒がせね」
「うーん。でも、一緒にふらふら町へ行っているのは見過ごせないな。多分あの親父は昔相当モテただろうから、女に構われるのをまるで警戒していないところがある」
「それは確かにそうね」
「こういうことは男と女、壮年と若年で感覚が違うから、ちゃんと教えてやらなきゃだめだな」
ディアナは、次第にじわじわと胸を熱くした。
マクガレン公爵が意固地な老人ではなく、きちんと向き合えば話を分かってくれそうなおじさまだったので安心したのだ。
「きっとあのハンカチも、ソフィア様にあげるのね」
「ああ。けど、そこにすれ違いの根源が隠れていそうだな」
レオンの言葉に、ディアナは首を捻った。
「だって俺、ディアナにモノなんかあげたことなんかほぼないよ。でもディアナは俺を好きになってくれたんだ。そうだろ?」
ディアナは唸るようにして腕を前に組んだ。




