5.許します。恩返しもします。
「ほんっとうに申し訳ありませんでした!」
小屋に入るなりレオンが土下座して来たので、ディアナは思わず飛び上がって驚いた。
「へ!?」
「三男のトマスがディアナ様に無礼な真似を……」
「レ、レオン落ち着いて」
「あろうことか村人までもがディアナ様からの略奪品を得意げに山分けだの売り分けだの……」
「あのう」
「お嬢様が望めば全員ブチのめしますんで、ここはどうか……!」
「いいのよいいの、お願いだから顔を上げて!」
レオンは蒼白になった顔を上げた。
「お嬢様……」
「そ、その……もう、いいの。そんなことしたって、街並みや両親が帰って来るわけじゃないもの……」
ディアナの言葉に、彼は吊り上げていた眉を八の字にした。
「すみません……」
「ううん。むしろ私、ようやく元気が出たの。あんなに砂糖が買えたんだもの!」
彼女の腰まである大きさの樽が三つ。
中を開けると、さらさらの白い砂糖がぎっしり詰まっていた。
「甘いもの、食べたかったのよね」
ディアナは砂糖を指ですくって舐めた。
「うん、甘い」
レオンは不思議そうにそれを眺めている。
「……あ、そっか。特に説明していなかったわね。勿論、私が全部食べるわけじゃないのよ。この砂糖、そのまま分けて売ってもいいし、保存食としてもいいし、加工して売ってもいいかなって思ったの」
レオンは、ようやく腑に落ちたような顔をした。
「なるほど。お嬢様なりに、用途の計画があったんですね」
「ええ。だって……もっといい生活をして、いいものが食べたいじゃない」
レオンはうなだれた。
「……申し訳ありません」
「いいのよ、私がそうしたいだけなんだから。ところでデニスさんみたいな行商人の人、定期的にこっちに来たりするの?」
「あの温泉は一種の集会場を兼ねているので、毎日何だかんだ人はいますよ」
「そうなの!?もっと行ってみたいわ」
「でも……大丈夫ですか?」
「何が?」
「多分、これからひっきりなしにラトギプ市街の盗品が集まりますよ」
「……」
「私は、お嬢様にそういうものは余り見て欲しくないんです」
ディアナはしゃがんでレオンの目線に合わせると、こう告げる。
「俺、でいいわよ」
レオンは目が点になった。
「なんか、俺と私で一人称がバラバラになってるから、いつも通りでいいわよ。あと、敬語とか、その、お嬢様って呼ぶのもやめて」
「いや、でも……」
「ほら。ディアナ様って呼んでたら、周囲に私がハインツ商会の娘だってバレるじゃない。そうなったら色々たかられたりして面倒になるかもしれないから、呼び捨てにして。そこらへんの娘扱いでいいわ」
レオンはしばらく考えてから、立ち上がって頷く。
「確かに……そうですね」
「だから、ほら」
「はい、おじょう……じゃなくて、ディアナ」
ディアナも立ち上がると、呼び捨てのくすぐったさに身もだえした。
「そう、私はただのディアナ。しばらく、そうしましょう」
「はい。ところでディアナ」
「なあに?」
「これからの計画なんですが」
ディアナは少し身構える。
「まだ戦況は落ち着かないらしい。落ち着いたら、隣国に嫁がれたイルザ様に手紙を出しましょう。きっとディアナを助けてくれるはずですから」
ディアナはあからさまに肩を落として見せた。
「手紙って……何を書くの?」
「そりゃ、あちらに住まわせてもらうんです。こんな辺鄙な山小屋じゃ不便ですし」
「ふ、不便じゃないけどな……」
「それにディアナは年頃だから、イルザ様がいい縁談を用意してくれるかもしれないし」
呼び捨てでこの話題を持ち出されてしまい、ディアナは内心深い傷を負った。考えないようにしていたのに、あっさりとこうもナイーブな話を突っ込んで来るとは。
「とにかく、こんなムサいところなんか、早く出るに限りますよ」
「ム、ムサくなんか……むしろいい匂いで」
「それまでの我慢です、ディアナ。とにかく何かあったら俺に言ってください。出来る限りのことはすると約束します」
「……ありがとう、レオン」
この人はとても優しい。
でもちょっと、鈍い人みたい。
炎の中、命を助けてくれた恩人。
(ここにいる間に、何か彼に恩返しが出来るといいんだけど)
ディアナは砂糖の樽を眺めてから、近くの山の斜面に目を移した。
美しい藤の花が目に入った時、ふと彼女はあることを思い出した。
「ねえ、レオン」
「何です、ディアナ」
「ちょっとお願いがあるの」
「はあ」
「あの藤の花、取って来てくれる?あと、柑橘類があったら持って来て欲しいの」
レオンは彼女の急な要請に眉根を寄せた。